新型コロナウイルスの感染が急拡大していることに加え、海外で感染力の強い変異株が確認されていることから、政府はようやくビジネス関係者らの入国を制限することになった。「政府はなぜ海外からの入国を制限しないのか」という強い声に押し切られた格好だが、なぜ政府は入国制限に対して頑なまでに消極的だったのだろうか。

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 一部の論者は中国や韓国などに遠慮した結果だとして、政府を強く批判しており、一部のメディアも近い論調で記事を掲載している。だが、単純に中国や韓国からの要請で入国制限を実施しないというのはどう考えても不自然であり、もう少し突っ込んだ考察が必要である。

(加谷 珪一:経済評論家

「経済優先」という分かったような分からないような理由

 政府は新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年2月以降、海外からのウイルス流入を食い止めるため、日本への入国を制限する措置を行ってきた。一方で政府は、1回目の緊急事態宣言解除後、6月に入って「国際的な人の往来再開に向けた段階的措置」を打ち出し、ビジネス上必要な人材については例外的な枠を設け、入国制限を緩和する措置を進めてきた。

 国内の感染が再拡大し、状況が深刻になってきた2020年11月以降も、政府は緩和策を続けており、年が明けて緊急事態宣言を再発令する事態になっても政府の方針は変わらなかった。緊急事態宣言の発令で、国内の事業者には休業要請やテレワークの呼びかけを行っているにもかかわらず、海外からの入国を制限しない政府の対応に、各方面から疑問の声が上がった。

 政府は1月13日になってようやく重い腰を上げ、これまで続けてきた入国緩和政策を一時停止すると発表したが、決断が遅すぎたというのが大半の国民の見解だろう。

 政府が入国制限に消極的であることはハッキリしているが、なぜ入国を制限したくないのかという理由については「経済優先」といった抽象的な理由だけで報じられることが多かった。確かに、外国との行き来があった方が経済的には望ましいだろうが、とりあえずモノの輸出入が存続していれば、経済活動の大半は維持できる。感染拡大のリスクを考えれば、天秤にかけるような話ではないだろう。

 あらゆるリスクを引き受けてでも、緩和策を維持する必要性は薄く、その意味ではメディアの報道も「なぜ?」という国民の疑問を解消する内容とは言い難かった。一部の論者は中国や韓国など、特定の国を名指しした上で、政府がこうした国々に対して遠慮していると厳しく批判していた。だが、政府がこれらの国に遠慮し、あえて入国制限を実施しないというのは少々考えにくい。

 特定の国のせいにすることは、ストーリーとしては分かりやすいのだろうが、このロジックはあまりにも短絡的で幼稚だ。政府が明確に理由を示していない以上、推測するしか方法はないが、統計から判断する限り、政府が入国制限に消極的な理由はハッキリしている。

ビジネス上の往来の実態は技能実習

 出入国在留管理庁の統計によると、一連の入国緩和措置を使って12月(11月30日から12月27日)に入国した外国人のうち、もっとも数が多かったのは中国人で1万5109人だった。次いで多かったのはベトナム人(1万4432人)、その次はインドネシア人(2991人)となっている。入国者の総数は約4万5000人なので、この3カ国で全体の70%を占めていることが分かる。

 入国者の資格を見ると、ベトナム人のうち65%が、インドネシア人のうち62%が技能実習となっていた。中国人は留学というケースも多く、技能実習は全体の4割程度だが、それでも比率はかなり高い。つまり緩和措置で入国した人の7割は3カ国に集中しており、しかもその大半は技能実習生である。

 ここまで来れば、もはや詳しく説明する必要はないだろう。

 ビジネス上の往来というのは、いわゆる国際的なビジネスではなく、入国制限の緩和は、低賃金労働に従事する外国人を確保する目的であったことが分かる。中国や韓国に遠慮しているのではなく、国内産業の事情で入国制限を実施できなかったというのが真相である。

 外国人技能実習制度は、新興国の外国人を対象に日本の企業で働きながら専門的な技術や知識を習得するための制度である。だが現実には、安い賃金で外国人労働者を雇用する制度として機能しており、一部の事業者は、賃金の未払いや過重労働、劣悪な宿舎など、労働法制を守っていないと指摘されている。

 日本は外国人労働者の受け入れについて「高度な専門知識を持つ人材に限る」としており、単純労働者は受け入れないというのが従来からの方針だった。国内世論も外国人労働者を拒絶する風潮が根強かったが、これはあくまで建前に過ぎない。企業の現場では単純労働に従事する外国人がいないと業務が回らないというのが現実となっており、政府は矛盾した状況に対応するため、技能実習という制度を設け、あくまでも“実習”という名目で単純労働に従事する外国人を受け入れてきた

生産性が低い社会は低賃金労働が温存される

 この制度については、海外からたびたび奴隷労働の温床になっていると批判されており、下手をすると日本が人権抑圧国家と指弾されかねないリスクを抱えている。それにもかかわらず、この制度が継続され、今回のような非常事態においても入国制限を実施できないのは、多くの業界が低賃金労働に依存する構造から抜け出せないからである。

 日本が低賃金労働の温床になっているのは、国内企業の労働生産が極めて低く推移していることが原因である。

 日本生産性本部のまとめによると、日本における2019年の労働生産性(時間あたり)は47.9ドルとなっており、主要先進国では最下位である(統計を遡れる1970年以降、日本はずっと最下位となっている)。日本の生産性は米国やドイツフランスの約6割しかなく、同じ金額を稼ぐためには1.5倍も長時間労働しなければならない。

 マクロ経済的に労働生産性と賃金は比例するので、日本の賃金も低い水準で推移している。もっと分かりやすく言えば、日本企業は儲かるビジネスができていないので、生産性が低くなり、長時間労働と低賃金が常態化しているという話だ。

 国全体でこうした状況である場合、相対的に付加価値が低い業界は、さらに低賃金にしないと利益を確保できなくなる。結果として一部の企業は、技能実習生など不当に安い労働力に頼る結果となってしまう。仮に日本全体が諸外国並みの生産性を実現できていれば、低賃金でわずかな利益を上げるよりも、他の事業に転換した方が有利になるので、結果的にこうした低賃金労働は消滅していく。

 これは国をあげて改善すべきテーマであり、付加価値の引き上げが実現できていれば、非常時に国民を危険に晒す必要もなくなってくる。産業の付加価値を上げるためには、ビジネスモデルを時代に合わせて常にシフトしていくという地道な努力が求められるが、残念なことに日本はこうした努力をおざなりにしてきた。

 今回の一件は、緊急事態の対応力というのは、日常的な努力の延長線上に存在するという当たり前の現実を、再度、私たちに知らしめている。

【訂正】2020年12月に入国した外国人(中国人、ベトナム人、インドネシア人)の人数を修正しました。(2021年1月25日

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