理不尽な要求に立ち向かえない、日本の接客業。海外であれば「出ていけ!」の一言で済む出来事が、日本では一大騒動になってしまう。いわゆる「モンスターカスタマー」の無理難題が、接客業に携わる労働者を苦しめている。今回は都内大手飲食チェーン店の店長Aさんから、「犯罪スレスレのトンデモ客」に関するエピソードを伺った。

◆謝ったほうが早い

「なぜ日本の接客業は客に対して弱いかというと、結局は“謝ったほうが早い”という構図があるからです」

 Aさんは話の冒頭で、筆者にそう断った。

 日本人の誰しもがその名を知る大手飲食チェーン店の店長。しかもAさんは、都内にある店舗に勤務する。故に新型コロナウイルスの蔓延で閉塞感に陥る人々の本性を、否が応でも目の当たりにしてしまう。

「我々の店はアルコールも提供しています。従って、店内で酔い潰れたり酒乱を起こしたりする人も当然出てきます。その客が“店員の態度が悪い!”と騒ぎ出したら、こちらとしてはまず謝ります」

 酔っ払いが店員に突っかかったら、とりあえず謝罪する。理不尽なように思えても、この選択肢であれば大抵1時間弱で丸く収まるという。

◆「一筆おじさん」の理不尽要求

「では、毅然と立ち向かった場合はどうなるか。たまたま最近、そういうことがありました。その客もやはり酔っ払っていたのですが、店員の言ったことに対して“その言葉を紙に書け!”と要求してきました。“お前は俺に対して無礼なことを言った。それを文書にしてお前のサインもつけろ! 証拠として本社に持っていく。お前はクビだ、覚悟しろ!”ということです。誇張ではなく、本当にそう言ってました」

 Aさんはこの客を「一筆おじさん」と呼称した。とにかく、どのような返答に対しても「お前の今の言葉を紙に書け!」と要求するからだ。

 その後、見かねた他の客が110番通報。警察官がやって来ると、一筆おじさんの態度が途端に変わる。ここで一時的に低姿勢になった。が、警察官が去るとまたしても高圧的な態度を取る。

「“俺はお前らの会社の株主だ。俺に無礼を働いた証拠を持っていけば、お前のクビなんか簡単に飛ぶんだぞ!”と。結局、このトラブルを片づけるのに半日かかりました。半日ですよ? それだったら徹頭徹尾謝罪して、1時間弱で済んだほうが苦労しない……と思ってしまうのは人の情というものです」

◆出禁までに膨大な時間とマンパワー

 この一筆おじさんは、出入り禁止客のリストに載せたという。警察からも「早いところ出禁にしたほうがいい。日本には不退去罪というものがあるから、ゴネ出したらまた110番しても構わない」とアドバイスされた。

 そもそも、他の客が110番通報するほどのことをやらかした人物である。Aさんは一筆おじさんの「俺を出禁にするなら、お前の名前を一筆書け!」という謎の要求に従ったそう。この紙に書いてあることをSNSで拡散される恐れはないのか……と筆者は考えてしまった。

 もっとも、そうなった場合は一筆おじさんに対する社会的制裁が待っているはずだが。

「このような具合に酔った勢いでとんでもないことを要求する客は複数いますが、立ち向かった例は一筆おじさんのそれだけです。繰り返しますが、立ち向かう選択は謝罪するよりも時間とマンパワーを使います」

◆「客は何をしてもいい」という認識

 日本の接客業は「非常識な客が来たら」ということを未だに想定していない。

 モンスターカスタマーという言葉自体は割と最近のものだが、その現象は何十年も前からある。にもかかわらず、根本的な対策をまったく講じていないチェーン店運営者にも非があるのでは……と感じてしまう。

 無論、それ以上に一筆おじさんを始めとするモンスターカスタマーの罪は重い。彼の行為は明確な業務妨害ではないか? と考えながら筆者は取材を進めていた。「客は何をしてもいい」という認識をどこかで矯正しなければ、こうしたことはなくならないとも感じてしまった。

 いずれにせよ、モンスターカスタマー新型コロナに苛まれる飲食業者をさらに追い詰める存在である。<取材・文/澤田真一>

【澤田真一】
ノンフィクション作家、Webライター1984年10月11日生。東南アジア経済情報、最新テクノロジーガジェット関連記事を各メディアで執筆。ブログたまには澤田もエンターテイナー