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◆世界の大問題を解決する能力
 料理研究家の土井善晴氏が、私たちに「世界の大問題を解決する能力がない」とツイートし、多くの賛同を得ています。具体的には「地球環境のような世界の大問題をいくら心配したところで、それを解決する能力は一人の人間にはない」とのツイートです。

 しかし、これは事実に反する「呪いの言葉」です。小中高で社会科・公民・政治経済を教える教員、大学で社会科学を教える教員からすれば、社会的な影響力を持つ人がこのように発言し、それに多くの人々が賛同することにショックを覚えるでしょう。学校・大学で教えている事実に真っ向から反する考え方です。

 なぜならば、少なくとも日本国籍を有する人は、参政権という「世界の大問題を解決する能力」を持つからです小学校社会科中学校の歴史・公民、高校の現代社会政治経済という科目は、そのことを様々な面から教えています。憲法や政治の仕組みについて、必ず学んでいるはずです。政治体制の変化を中心に歴史を学ぶことも、現代の民主主義がどのように成立してきたを学ぶのです。

 子ども日本国籍を有さない人であっても、当事者性という重要な政治上の役割を有しています。有権者でないからといって、日本社会の一員であることが否定されているわけではありません。社会の矛盾やひずみがしわ寄せされやすいそれらの人たちの意見を社会に反映させることについて、既存の主権国家システム1648年に起源をもつ古いシステム)と折り合いをつけるための方法を、私たちが確立していないだけです。

 加えて、個人の選択や努力、創意工夫によって、参政権にとどまらない力を発揮する人々もいます。国連などの国際機関で働く国際公務員、国や自治体公務員、投資先・融資先を持続可能性で判断する金融機関の社員、環境負荷の低い製品・サービスを開発・提供する企業の社員、持続可能な社会を模索する研究者、地球環境などの社会問題を伝える教育者・ジャーナリスト持続可能な社会づくりに取り組みNGOスタッフなど。例を挙げれば、キリがないほどです。

 最大の問題は、私たちが「世界の大問題を解決する能力がない」と思い込むことで、行動を諦めることです。なぜならば、私たちの「世界の大問題を解決する能力」は、多くの人々が力を合わせることで発揮される力だからです。それ故に、土井善晴氏のツイートは「呪いの言葉」を自己成就させる危険をはらむのです。

◆日本の有権者総数を100人として考える
 安倍・菅政権で様々な不祥事が頻発してきたものの、与党の自由民主党にはそれを反省する様子が見えません自民党から多額の資金が投入された選挙における河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反事件ですら、自民党としての問題でなく、河井夫妻の個人的な問題と認識しているようです。実際、当時の総裁であった安倍晋三議員、幹事長の二階俊博議員、特別なテコ入れをした菅義偉首相のいずれも、河井事件における責任を取っていません。

 同様に不祥事が頻発した1990年前後、自民党内で反省と激論が交わされ、その後の自民党分裂と政治改革に至った状況と、極めて対照的です。解決策として実行された選挙制度改革が適切だったか否かはさておき、少なくとも中堅・若手議員を中心に、有権者から見限られるとの強い危機感が共有され、派閥の領袖たちを厳しく突き上げました。

 安倍・菅政権において、自民党の中で危機感が広がらないのは、どれだけ不祥事があっても、議員たちが議席を失わないとの安心感を抱いているからと考えられます自民党副総裁だった大野伴睦の「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人」との言葉のとおり、国会議員、とりわけ自民党国会議員は落選を恐れます。だから、政治改革の変動が起きました。それなのに、なぜ安心感を抱けるのか、例えで説明してみましょう。

 とても大雑把な例えですが、日本の有権者総数を100人とすれば、与党の岩盤支持層が30人、野党の岩盤支持層が20人となります。ここでいう与党とは、自民党公明党ブロック、野党とは立憲民主党日本共産党ブロックです。岩盤支持層とは、晴れても雨が降っても、何があっても投票に行き、支持政党に投票する人々のことです。単純化するために、与野党どちらのブロックにも属さない政党(維新など)は省いています。

 この例えでは、投票率が50%より上がる場合、その分だけ無党派層の投票者が増えることを意味します。ここでいう無党派層とは、与野党どちらのブロックに投票するか、その時々で異なる人々のことです。注意しなければならないのは、自分のことを無党派層(支持政党なし)と認識していても、実際のところ、いつも与党ブロックに投票していれば与党の岩盤支持層、逆ならば野党の岩盤支持層と見なされることです。

 安倍政権の成立後に行われた5回の国政選挙はいずれも55%を下回り、例えでいえば、無党派層50人のうち2~3人しか投票に行っていない状況です2013年参院選は52.6%、2014年衆院選は52.7%、2016年参院選は54.7%、2017年衆院選は53.7%、2019年参院選は48.8%でした。詳しい投票率の推移は、総務省のホームページをご覧ください。

 この間、もっとも高い投票率54.7%を例にして、無党派層5人全員が野党に投票したと仮定しても、与党30人対野党25人で、与党多数となります。実際には、無党派層の全員が野党に投票することはあり得ませんが、最悪ケースを想定しても、与党多数となることがポイントです。

 これは大雑把な「相場観」を示す計算で、現実とは大なり小なりズレますが、少なくとも自民党幹部らが選挙に安心感を持つ理由となります。現実には、衆参ともに小選挙区(1人区)を中心とした選挙制度で、一票の格差が自民党の地盤である地方に有利なため、獲得議席数は与党へ有利に働きます。この選挙制度等のメカニズムについては、拙稿「民意をデフォルメする国会5重の壁」で解説しましたので、ご覧ください。

◆政治への失望が自民党政権の継続をもたらすパラドックス
 以上の「相場観」に、先の土井善晴氏のツイートを補助線として当てると、不祥事が起きるほど、自民党政権が継続するとのパラドックスが見えてきます。おそらく、自民党幹部はこうした見立てを持っているので、様々な不祥事に右往左往することなく、開き直った姿勢でいられるのではないでしょうか。

 まず、与野党いずれの岩盤支持層50人は、不祥事の有無に関係なく、投票します。何があっても自民党政権という人も、政権交代を求める人も、自民党不祥事があったからといって、投票しないことはありません。むしろ、そういう時こそ「自民党政権の危機」あるいは「政権交代の機会」として、投票することでしょう。これまでの国政選挙の投票率で、50%弱が下限である理由は、大雑把にはこのように説明できます。

 不祥事を受けて投票しなくなるのは、無党派層の50人です。「政治家は自分の利益しか見ていない」「政治は汚い」「政治には期待できない」「どうせ世の中は政治で変わらない」などと、あたかも土井善晴氏のように「大問題を解決する能力」は自分にないと思ってしまいます。すると、投票を「無意味な行為」と考えてしまいます。

 無党派層の投票者が減る(投票率が低下する)ほど、岩盤支持層の多い与党が有利になります。与党支持者30人対野党支持者20人の選挙に持ち込めるからです。

 以上の「相場観」を自民党幹部から見ると、与党支持層の30人だけを固めて、たまに不祥事が起きて政治への失望が広がるくらいの方が、自民党政権を安泰にできるわけです。安倍・菅政権が「GoTo事業」にこだわるのは、与党支持層を固める政策だからです。河井夫妻事件に代表される数々の不祥事自民党として反省しないのは、投票率を低下させるからです。

◆世界を変える力を証明したアメリカ大統領選挙の有権者
 繰り返しますが、もっとも戒めるべきは、土井善晴氏のツイートに代表されるように、私たちに「力がない」という諦めの刷り込みです。政治への失望とは、投票行動への諦めに他なりません。投票に行かず、土井氏の勧めるように自らの食事を見直しても、社会は良くなりません。それこそ、土井氏の「呪いの言葉」が実現してしまうのです。

 このしばらくの間、最高でも投票率55%ということは、無党派層50人のうち、5人しか投票に行っていないことを意味します。そのときですら、45人は投票していません。

 一方、政治が激動したときは、投票率が65%を上回っています。例えば、非自民勢力が地滑り的に勝利した1989年参院選は65.0%、非自民連立政権が成立した1993年衆院選は67.3%、民主党政権が成立した2009年衆院選は69.3%の投票率でした。

 要するに、50人の無党派層のうち15人が投票に行けば、政治は大きく変わります無党派層の全員でなく、3割が投票するようになるだけで、政治を変えられるのです。もしその15人全員が自民党に投票したとしても、次は野党に投票するかもしれず、自民党幹部は強い緊張感をもって政権運営することになるでしょう。岩盤支持層30人に依拠した、これまでの緊張感のない政治手法は通用しません。

 そして、一人を選ぶ小選挙区を中心とする選挙制度は、多数派に議席ボーナスを与えるため、少しの投票行動の変化が大きな結果の変化を生みます。この議席変化のダイナミズムが、小選挙区を中心とする選挙制度のメリットでありデメリットでもあるのですが、そこは本稿の論点ではありません。大切なことは、現行の選挙制度が、少数の有権者が投票に行くようになることで、大きな変化を生み出せることです。

 このダイナミズムを示したのが、バイデン大統領を生み出す決定打となったジョージア州での選挙結果ですジョージア州知事選で様々な妨害を受け、惜敗した民主党の元州知事候補が、文字どおり地域を歩いてバイデン候補への投票を働きかけ、僅差での勝利を得ました。アメリカ大統領選挙は、州の選挙人すべてを勝者が得るという、実質的に小選挙区と同様の制度となっています。まさに、そのダイナミズムが示された選挙でした。このジョージア州の選挙については、藤崎剛人氏の「トランプを敗北に導いた『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』から学ぶ民主主義のための戦い方」をご覧ください。

 ジョージア州の選挙結果は、文字どおり「地球環境のような世界の大問題」を「解決する能力」が「一人の人間」にあることを示しています。実際、バイデン大統領は就任当日、気候変動の国際条約であるパリ協定に復帰することを決めました。パリ協定だけで地球環境問題を解決できるわけではありませんが、これを批准しなければ解決できないことは必定です。

 そして、次は日本の番です。2021年秋に任期満了を迎える衆議院選挙総選挙)があります。首相と政権を決める選挙です。私たちにも、ジョージア州の人々と同様に「世界の大問題を解決する能力」があることを証明しようではありませんか。

 総選挙では、投票すること自体に大きな価値があります。どの党に投票すべきかということ以上に、一人でも多くの有権者による投票がその後の政権に緊張感を抱かせます。

 この記事を読んだあなたはもちろん、ご家族、ご親類、ご友人、職場の人、その他かかわりのある人、みんなに投票へ行くよう、勧めましょう。投票の促進は、選挙管理委員会も行う公益活動であって、党派活動ではありませんから、ハードルも低いですよ。ですので、ぜひ!

<文/田中信一郎>

【田中信一郎】
たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu

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