新型コロナウイルス感染症に対応する「感染症法」などの改正案について、自民・立憲民主両党が1月28日、修正で合意しました。入院拒否者への「刑事罰」適用は見送られましたが、修正案には「50万円以下の過料」が盛り込まれました。過料は前科にならない「行政罰」ですが罰は罰です。罰則を科すことが感染者や家族への差別、偏見を助長する事態も想定され、「ハンセン病の反省を生かしていない」との声もあります。

 ハンセン病は感染力が極めて弱く、戦後すぐに日本でも特効薬が使えるようになったのに、国は強制隔離政策を1996年まで続け、官民挙げて患者を見つけ出す「患者狩り」ともいえる事態が各地で起きました。ハンセン病患者の強制隔離の根拠となった「らい予防法」(1996年廃止)は問題のある法律でしたが、今回の感染症法改正案が成立すると「患者に罰則を科す」という点で、らい予防法以上の“悪法”となる懸念がありそうです。

 国の「ハンセン病問題に関する検証会議」で副座長を務めた内田博文・九州大学名誉教授に、今回の法改正について聞きました。

感染者は加害者」意識が強化

Q.感染症法の改正案では、政府案に盛り込まれた入院拒否者への刑事罰はなくなる見込みですが、行政罰は科される方針です。問題ないのでしょうか。

内田さん「問題があります。一番の問題は、感染した人をどういうふうに見るかということです。欧米では『感染した人は被害者』という考え方が圧倒的ですが、日本では『自業自得』『いいかげんなことをしていたから感染したんだ』と、本人のせいにして、『社会に迷惑をかける加害者だ』という意識が強く存在します。

そのため、感染者に罰則を科すことについて『当然だ』という考えが強く、『罰則に賛成』が多数を占める世論調査結果も出ています。それを前提にしたのが今回の法改正です。専門家も『患者』というより『感染者』という点に着目し、『うつす人』という見方で、『うつす人』『うつされる人』という二項対立を生んでいます。多くの人は『感染者から、うつされるのではないか』と思い、敵味方になってしまっているのです。

この問題点は、たとえ刑事罰でなくなり、行政罰になっても変わりません。図式自体を変更させることが大切であり、この改正案では『感染者は加害者』という意識を強めてしまいます。

また、感染症法では入院治療が原則になっているのですが、現在、ホテル療養や自宅療養が各地で行われ、自宅療養のまま亡くなる人が増えています。救急車を呼んでも受け入れ可能な病院が見つからず、たらい回しにされる事態も多数起きています。本当の問題は国が医療体制をきちんと整備していないことであり、本来責められるべきは国なのですが、それを感染者責任転嫁しようとしている点も問題です。

入院拒否の問題でいうと、国際的な原則は過去のハンセン病などの反省を踏まえて、『任意で入院する』が原則です。入院の強制は特段の理由がない限りできません。この国際的な原則からも外れているのが今回の法改正です」

Q.ハンセン病は感染力が極めて弱いにもかかわらず、国が強制隔離政策を続けたことで、患者や家族が激しい差別に遭いました。新型コロナでは既に感染者や家族、医療従事者への差別が生まれています。法改正がその差別に拍車を掛ける恐れはないでしょうか。

内田さん「あると思います。欧米ではあり得ないことなのですが、『感染者は社会の敵だ』と見る人たちがそれに関わる人も差別する、家族もバッシングするというのが日本の風潮です。『連帯責任』という日本の考え方、前近代的な考え方が背景にあります。

感染者を『社会の敵だ』と見て、『家族も同じだ』とバッシングする。これはハンセン病でも見られたことで、今回の新型コロナでも起きています。医療従事者や、感染者と同じ職場の人、子どもさんに対しても差別が起きています。大学生が感染したら、その大学の学生全体がアルバイトを拒否されたという問題もありました。これらの差別が法改正によって、さらに激化することが懸念されます」

Q.入院拒否者に行政罰を科す改正案が成立すると、感染症法が、らい予防法以上の“悪法”になるように思います。

内田さん「私もそう思います。ハンセン病患者を強制隔離した、らい予防法でさえも、入院(ハンセン病の場合は療養所への入所)への拒否に関して罰則はありませんでした。(行政や住民が自分の地域からハンセン病患者をなくそうとする)『無らい県運動』という、実質的な強制力を持つ動きはありましたが、少なくとも法律の中に入院拒否を罰する規定はありませんでした。

今回、当初案の刑事罰から行政罰に『弱くなった』といって、『自粛警察』に頼る風潮が出てしまうことを私は懸念しています。刑事罰導入見送りを報じる新聞の中で『強制力が弱くなった。課題だ』との内容を含む記事もありました」

Q.1月28日自民党立憲民主党の「合意」を見ていて想像したのですが、国はわざと「刑事罰」という高いボールを最初に投げて、「行政罰にとどめた」と「妥協して見せた」ということはないでしょうか。

内田さん「私もそう思います。国会で本質的な問題の議論をしないまま、改正案が成立してしまうことを恐れています。行政罰であっても罰は罰です。行政罰に根拠があるかどうかが重要です。刑事罰でなく、行政罰だから根拠がなくてもいいということはありません」

Q.「感染したかもしれない」と思った人が罰則を恐れて検査を拒否し、かえって感染が広がる事態が起きないか心配です。

内田さん「あり得るでしょう。差別や偏見が家族にまで及び、職場で解雇される恐れがあれば、検査を拒否する人も出てくるでしょう。これはメディアにも責任があります。クラスターの発生の報じ方など、パニック状態を起こすような伝え方があります。感染情報は冷静に吟味して、感染症のまん延防止に必要な情報を伝えていくべきです。

そして、今、一番大事なことは当然ながら、患者の治療です。国がすべきことは医療体制をきちんと整え、誰もが安心して、任意の入院に応じられるようにすることです。新型コロナでの入院に対して国民が持つ危惧や不安を取り除くのが国の役目であり、決して、入院拒否者を罰することではありません」

オトナンサー編集部

感染症法改正案などの修正で合意した自民・立憲民主両党幹部(2021年1月、時事)