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英国で渇望されていたステーションワゴン

text:Martin Buckleyマーティン・バックリー)
photo:Olgun Kordal(オルガンコーダル)
translationKenji Nakajima(中嶋健治)

 
メルセデス・ベンツW123に、ステーションワゴンの追加が決まる。「右ハンドル車が必要か、工場から確認がありました。簡単に売れると考えましたが、上司のマネージング・ディレクターの答えは、必要ないでした」。と振り返るジョナサンアッシュマン。

ドイツの人で、ステーションワゴンに乗るのは、長い荷物を積む職人だけだと考えていたようです。英国でのメルセデス・ベンツのイメージを下げることにつながると。英国としては欲しいと夢見ていたクルマでしたから、納得できませんよね」

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メルセデス・ベンツ230 TE(W123型/1980〜1986年

最終的に、市場調査報告での結果で判断されることになる。「素晴らしい決定でした。調査では、高級エステートという市場が存在することがわかったんです」。その結果をもとに上司へ直訴。W123の右ハンドル・ステーションワゴンの導入が決定した。

アッシュマンが続ける。「サルーンを超えるプレミアムモデルとして、モデルラインと価格を決める必要がありました。取締役会では、240 TDと250 T、280 TEの3グレードと価格が承認。しかし200 Tは装備が見直され、価格が大幅に引き下げられました」

結果として、英国はステーションワゴンの最大市場の1つになった。「生産台数は当初から少なく、数を大きく変えることは難しい。英国での需要は大きく、他の右ハンドル市場からクルマを回してもらうこともありました」

全体では、ボルボシトロエンプジョーといったメーカのステーションワゴンより、20%から65%高い価格で英国では販売された。その中で200 Tは安価な目玉商品。2.8Lのフォード・グラナダGL V6と同程度の金額で買えた。

Gクラスの英国導入も先導

当時の量産ステーションワゴンで最速の地位を掴んでいたのが、280 TE。最高速度194km/hが与えられ、多くの英国市民の支持を集めた。価格は200 Tの2倍近かったにも関わらず。

「200 Tはベーシックな仕様な一方で、280 TEは価格が高く、上司が売れるか心配していたことを覚えています。しかし、その市場の人々はフル装備のクルマを選び、英国では高い金額を支払うこともいといません」

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メルセデス・ベンツ230 TE(W123型/1980〜1986年

「オプションを省いて、3000ポンド安く売る必要はないんです。後日、当時の30%のユーザーが、わたしが当初標準装備に提案したオプションを選んでいたこともわかりました」

アッシュマンは、1984年までメルセデス・ベンツでマーケティング業務を務めた。Gクラス、ゲレンデを英国へ導入したのも彼だ。「オーストリアでGクラスを試乗しました。280 GEを試算すると、レンジローバーの約2倍の金額になり驚きましたよ」

初のGクラス英国導入に当たり、アッシュマンはランドローバーとレンジローバー、ランドクルーザーを手配し、ディーラーの営業マンをオフロード走行の研修へ向かわせた。「オフロードコースは、どんなクルマでもクリアが難しいものでした」

「一番長い距離を走れたのが、ゲレンデヴァーゲンでした。ここまで売れるとは、夢にも思いませんでした」

1984年メルセデス・ベンツは英国事業の方針を転換する。それに同調できなかったアッシュマンは、1984年からトヨタのセールスディレクターに就任。さらにルノーの経営へ関わろうとしていた矢先、RACのモータースポーツ部門の責任者へ選ばれる。

状態の良いW123型230 TEは5万ポンド

ルノーが提示していた金額の3分の2程度の報酬でしたが、わたしがするべき仕事だと考えました」。と認めるアッシュマン。

今もメルセデス・ベンツとの絆は保っている。過去には、古いメルセデス・ベンツを専門とするガレージオーナーのマーク・コソビッチに、280CEを提供してもいる。今回、撮影車両の230 TEを持ち込んでくれた人物だ。

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メルセデス・ベンツ230 TE(W123型/1980〜1986年

そのコソビッチは、欧州ならどこででも目にすることができる「T」ステーションワゴンの大規模なミーティングを昨年開催した。アメリカ市場で売られた300ターボから、オプション満載の280 TE、走行距離3万kmほどの230 TEまで、そうそうたる顔ぶれになったという。

今回ご紹介する1台は、その230 TE。コソビッチ自慢のステーションワゴンだ。「年配の女性が息子へ、ガーデニングのために購入したようです」。新車のようなW123は、5万ポンド(700万円)もの値段で売られていたそうだ。

近年、W123型の見られ方も大きく変わったのだろう。筆者が15歳の頃は、500ポンドから1000ポンドくらいで購入できた。まだまだ現役状態のワゴンが。

メルセデス・ベンツといえども、ステーションワゴンは耐久消費財。昔は主要な部品が壊れると、別のワゴンに買い直されていた。洗練されていたが道具的なクルマでもあり、「クラシック」とみなされることは最近までなかった。

2021年になり、最も新しいW123型のステーションワゴンでも生産から35年が経つ。高く取引されるようになって来たとはいえ、Tのレストアは商売にならないという。

今でもベストなステーションワゴンの1台

クルマとして複雑な構成を持つため、パゴダルーフのSLの方が安く簡単にレストアできるという。近年はメルセデス・ベンツの古い部品も、価格が跳ね上がっている。フロントグリル中央の小さなアルミニウム部品1つだけで、40ポンド(6000円弱)もするらしい。

とはいえW123の230 TEは、動的性能と洗練度、経済性と実用性との天秤で、最良のバランスを備えていると思う。現代のクルマの基準で判断しても、総合点はかなり高い。

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メルセデス・ベンツ230 TE(W123型/1980〜1986年

走りは静かで滑らか。エンジンは活気に溢れ、運転席からの視界も良い。小回りも効き、速度抑制用のスピードバンプを超えても、フラットにいなしてくれる。スポーティなハンドリングがすべてだと考える21世紀の人々へ、別の姿を啓示するかのようだ。

ステーションワゴンのTにはセルフ・レベリング機能が付いています。それがクルマの弱点にもなっています」。と話すコソビッチクローム仕上げのバンパーにルーフレールが付き、見た目の雰囲気はW123のサルーンよりクラシカルだ。

細部の仕上げや搭載された技術、ソリッドなクルマの質感を理解すると、当時の販売価格は充分に納得できる。むしろ、控えめな設定だったと感じるほど。

コソビッチは、仮にくたびれたW123のワゴンを見事な状態に仕上げるなら、5万ポンド(700万円)では足りなかっただろうと考えている。優雅な佇まいと内容を知れば、W123のTは今でもベストなステーションワゴンの1台だと考えて良さそうに思える。


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