(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長)

JBpressですべての写真や図表を見る

車載半導体が足りない!

 2021年になって、ホンダ日産自動車トヨタ自動車スバルなどクルマメーカー各社が、車載半導体の供給不足のために、クルマを減産することになった。これは日本だけにとどまらず、米フォードモーター、米ゼネラルモーターズ(GM)、独フォルクスワーゲンなど欧米のクルマメーカーにも車載半導体不足の影響が波及している。

 そして1月24日、独米日など、クルマをその国の基幹産業と位置付けている各国政府が、台湾の経済部(日本の経済産業省のような省庁)に、車載半導体の増産を要請する事態になった(日本経済新聞1月25日)。これは、前代未聞の出来事である。

 車載半導体メーカーとしては、売上高で世界シェア1位にドイツInfineon(インフィニオン)、2位にオランダのNXP Semiconductors(NXPセミコンダクターズ)、3位にルネサスエレクトロニクスがランクされている(図1)。

【本記事は多数の図版を掲載しています。配信先で図版が表示されていない場合は、JBpressのサイト(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63907)でご覧ください。】

 これら車載半導体メーカーは、自社に半導体工場を持ってはいるが、28nm以降の先端半導体ファンドリー(受託生産会社)の台湾TSMCに生産委託している。また、40/45nm以前のレガシー半導体であっても、自社工場の製造能力を超えた場合は、TSMCや台湾UMCに生産委託している(図2)。

 したがって、日米欧の多くのクルマメーカー半導体不足に陥っているということは、先端かレガシーかは分からないが、TSMCやUMCが生産する車載半導体が足りないことを意味している。そして、TSMCやUMCに車載半導体の増産を行ってもらうために、日米欧の政府から、台湾政府へ要請する異例の事態となったわけだが、見通しは暗い。

TSMCとUMCの反応

 TSMC1月29日付の日経新聞で、「車産業に与える影響を軽減することが、当社の優先事項だ」として、「通常の工程で40~50日かかる納期を最大20~25日に半減する“スーパーホットライン”という手法の導入を検討する」と表明した。しかし、これは一時的な応急処置であって、根本的な打開策にはならない。

 そのため、前掲記事には、「半導体不足を解決するには新たな生産ラインを敷設するしかない。そのため、車載半導体の不足解消には最低半年かかる」と記載されている(なお、最後に述べるが車載半導体ラインを新設したら、半年どころか1~2年は最低かかる)。

 また、UMCは1月27日記者会見で、経営トップが「車向けの供給だけを優先するのは無理だ。我々は注文を受けた順番を崩すわけにはいかない」と回答し、車載半導体の増産には応じられない考えを示した。

 このように、2021年は年明け早々、クルマ業界には車載半導体の供給不足という大問題が持ち上がった。そこで、本稿では、なぜ車載半導体が不足するのか、その真相究明を試みたい。

 なお、本稿に先立って筆者は1月17日に『なぜ半導体不足で世界中の自動車メーカーが軒並み減産に? 解消に1~2年かかる可能性』(ビジネスジャーナル)という記事を公開したが、この分析では不十分だった。本稿では、前掲拙著記事と重複する部分もあるが、車載半導体が足りない真の原因を明らかにする。

コロナによるクルマ産業へのダメージ

 図3に、2016~2020年の日本における新車販売台数の推移を示す。新車販売台数は月ごとに大きく変動するが、特に年度末の3月に毎年大きなピークがあることがわかる。2020年クルマメーカーコロナの直撃を受け、多くの工場が減産したり停止したりした。図3を見ても、2020年の新車販売台数が低調であることが見て取れる。

 ここで、2016~2019年の毎月の平均新車販売台数(以下、平均台数)と、2020年の販売台数との比較を行った(図4の上)。そして、この両者の差、つまり2020年は毎月、平均台数に対してどの程度、落ち込んだかをグラフにしてみた(図4の下)。

 その結果、2020年の新車販売台数は3~4月に5万台以上落ち込み、さらに5~6月には8万台以上の減少となっていることが分かった。この減少は7月以降、少しずつ回復していき、10月には平均台数を2.1万台上回り、ほぼ完全回復を遂げたといえる。

 この状況から、日本のクルマメーカーは、コロナの影響でクルマが減産となった3~8月にかけて、車載半導体の発注を大量にキャンセルしたと考えられる。これは日本だけにとどまらず、欧米のクルマメーカーも事態は同じであっただろう。

 それでは、インフィニオン、NXP、ルネサスから生産委託を受けているTSMCの車載半導体の出荷額はどう変化しただろうか?

本当にTSMCの車載半導体は供給不足なのか

 図5Aに、TSMC種類別半導体出荷額の割合を示す。TSMCにおいては、スマートフォン向けの半導体50%を占めており、次いで高性能PC用プロセッサや高性能サーバー用プロセッサなどHPC(High Performance Computing)が30~40%を占めている。

 一方、TSMCにおける車載半導体の割合は小さく、最近では2019年第3四半期から2020年第2四半期まで僅か4%にとどまっている。それが2020年第3四半期に2%に半減した。つまり、確かにTSMCにおける車載半導体の出荷額の割合は低下した。しかし、同年第4四半期に3%に回復している。

 これを、出荷額で見てみよう(図5B)。2020年第2四半期の車載半導体の出荷額は4.15億ドルだった。これが同年第3四半期に1.72億ドル減少して、2.43億ドルになった。しかし、同年第4四半期には3.80ドルまで回復した。減少する前の第2四半期との差は、わずか3500万ドルである。

 たった3500万ドルの車載半導体が不足するだけで、日米欧の名だたるクルマメーカーが軒並み減産に陥るものなのだろうか? 筆者は大いに違和感を覚える。日米欧のクルマメーカーが減産しなければならない理由は、別にあるのではないだろうか?

TSMCの先端キャパシテイは奪い合い

 ここで、TSMCの昨今の事情について説明したい。図6に、TSMCテクノロジーノードごとの半導体出荷額を示す。TSMCは、2018年第3四半期から世界に先駆けて7nmの半導体の量産を開始し、2019年には孔系に最先端露光装置EUVを使う7nm+が立ち上がった。2020年には、配線にもEUVを使う5nmの量産が本格化し、同年第4四半期には5nmの半導体が占める出荷額の割合が全体の20%に達した。

 2015年までは世界最先端の微細化を牽引していた米インテルが10nmより先に進めず脱落し、7nm以降をTSMCに生産委託する可能性が浮上している。また、2030年までにファンドリー分野でTSMCに追いつく目標“Vision2030”を掲げているサムスンも、EUVを使いこなしているとは言い難く、TSMCには大きく差をつけられている。

 このように、世界最先端の微細加工技術を開発し続けているTSMCには、Apple、Qualcomm(クアルコム)、Broadcom(ブロードコム)、AMDNVIDIA(エヌビディア)、Xilinx(ザイリンクス)、MediaTekメディアテック)、GoogleTeslaAmazon等、世界中の先端ファブレスが殺到し、生産委託を要請している(図7)。中国のファーウェイが米国による制裁により、TSMCに生産委託できなくなったが、その影響とは全く関係なく、TSMCの先端キャパシテイは逼迫している。

 そして、そのようなTSMCのキャパシテイの争奪戦に、車載半導体メーカーのインフィニオン、NXP、ルネサスも巻き込まれているわけである。車載半導体の最終的な顧客がトヨタ自動車フォルクスワーゲン、GMだからといって優遇される、ということは一切ない。

そもそも車載半導体とは何か?

 図8に、2016年2017年における車載半導体種類別出荷額を示す。出荷額が最も大きい半導体アナログで、この中には電気系統を制御するパワー半導体が含まれる。次いで、マイコンと呼ばれることが多いMCUMicro Control Unit)、ロジック半導体(大規模なものをSOCと呼ぶ)、MOSメモリDSPDigital Signal Processor)、MPU(Micro Processor Unit)等がある。

 ここで、車載半導体として出荷額の規模が大きいアナログMCU、ロジックについて、2019~2020年の毎月の出荷個数をグラフにしてみた(図9)。これら3種類の車載半導体の出荷個数は、2020年3月から5月にかけて、いずれも大きく落ち込んでいる。その後、3種類の車載半導体は全て回復していくが、その回復具合が異なっているように思われる。

 アナログは、2020年9月には、同年3月までの水準を大きく超えて成長している。一方、MCUとロジックは、4~5月に底打った後、回復していくが、2019年のピークには届いていない。ここに、問題が潜んでいるような気がしてならない。

車載半導体の成長性

 図10に、様々な分野の半導体が、2014年から2019年の5年間で、どれだけ成長したかを示す。最も規模が大きい半導体は、高性能サーバー用プロセッサなどを含むコンピューテイングおよび5G通信半導体を含むワイヤレスであるが、それぞれ、1.02倍および1.17倍しか成長していない。一方、車載半導体の規模は4~6位付近であるが、この5年間の成長率は1.6倍と最も大きい。

 次に車載半導体だけを見てみると、その市場は2012年から2019年にかけて1.6倍になり、2020年から2025年にかけて、さらに1.6倍に成長すると予測されている(図11)。

 なぜ、これほど車載半導体市場が成長すると予測されているのか? それは、クルマ産業界が「CASE」(Connected、Automated、Shared、Electric)の大変革期を迎えていることに原因がある。特に、Connectedには最先端の5G通信半導体が必要であり、また、Automated(自動運転)にはやはり最先端の人工知能(AI)機能付きの半導体必要不可欠だからである。

 例えば、自動運転システムの世界市場は、2019年から2023年にかけて2.2倍に成長すると予測されている(図12)。この自動運転システムの中核を担うのが、瞬時にネットにつなぐ5G通信半導体であり、AI機能をもった最先端半導体である。これら5G通信半導体やAI半導体は、図8に示した各種の車載半導体の中では、ロジックに分類される。

アナログ、MCU、ロジックの長期的トレンド

 各種アナログ半導体の過去10年間の推移を見ると、自動車用においては2018年以降(2020年第2四半期の落ち込みを除けば)ほぼ横ばいである(図13)。

 MCUの過去10年間の推移は、2010年から2018年にかけて上下動しながら成長してきたが、2018年中旬以降、横ばいになったように見える(図14)。

 一方、各種ロジック半導体の過去10年間の推移を見ると、自動車用は、市場規模こそ小さいものの2016年以降に急成長している(図15)。これは、前述した通り、ネットConnectedした上で、Automated機能を行う車が増えたことに起因すると考えられる。

 ところが、自動車用ロジック半導体は、2019年第4四半期10.7億個から出荷個数が減少し、2020年第2四半期に9.2億個まで落ち込んだ。同年第3四半期に10.2億個まで回復したが、過去4年間から続く増加のトレンドから言えば、12億個以上(グラフを外挿すると約15億個)必要になっているのではないだろうか。

 すなわち、今年2021年になって顕在化した車載半導体の供給不足の正体は、最先端ロジック半導体が全く足りないことによるものと考えられる

レガシーではなく最先端半導体が不足している

 その1つの証拠を図16に示す。図16Aは、2020年におけるTSMCテクノロジーノードごとの四半期別出荷額である。図16Bは、2020年第1四半期のそれぞれの出荷額を「1」と規格化した時の出荷額の変化を示す(5nmだけは第3四半期の出荷額を「1」とした)。

 2020年第3四半期に「1」以下になっているテクノロジーノードは、90nm、65nm、40/45nmがある。しかし、65nmは第4四半期に1を超えて回復し、40/45nmも0.98と「1」に近づいている。90nmだけが0.82と回復が遅い。しかし、この90nmの半導体が足りないために、世界中のクルマメーカーが減産になっているとは考えにくい。

 それよりも、28nm、16/20nm、7nm、5nmなど、先端ファブレス等と製造キャパシテイの奪い合いとなっている最先端半導体が不足していると考える方が理にかなっている。要するに、TSMCは、最先端の半導体を増産しているのだが、先端ファブレスの需要があまりにも大きいため、一旦キャンセルされた車載半導体に戻す余裕が無いと考えられる

車載半導体の供給不足はいつ解消されるか

 日米欧の政府からの要請に対して、UMCは「すぐに車載半導体の増産には応じられない」と回答した。また、TSMCは「通常の工程で40~50日かかる納期を最大20~25日に半減する“スーパーホットライン”を検討する」と述べたことを冒頭で説明した。

 しかし、“スーパーホットライン”は応急処置でしかなく、根本対策にはなり得ない。したがって、車載半導体専用の量産工場を建設するしか解決手段は無いと思われる。そして、工場建設、各種製造装置の導入、各種の車載半導体プロセス移管には1~2年程かかると思われる。

 その際、最も厄介なのが車載半導体特有の『ライン認定』である。車載半導体は、一般の半導体に対して、極めて高水準の信頼性を要求される(表1)。その信頼性を担保するため、1000工程からなる車載半導体を開発した場合、そのプロセスで半年~1年程度、安定して完全動作する車載半導体ができることを立証し、その工場を『ライン認定』する。

 そして、一旦『ライン認定』された1000工程のプロセスについては、原則として製造装置やプロセス条件の変更ができなくなる。

 半導体工場としては、他製品との兼ね合いや他工場との生産計画の調整、または微細化の推進、歩どまり改善、スループットの向上などのために、製造ラインを変更したい、設備を変更したい、プロセス条件を変更したいと思っても、発注者である上位メーカーがそれを許可しないのである。

 その背景には、もし装置を変更したり、プロセス条件を変更して不良が発生し、その結果として自動車事故が起きたら、「いったい誰が責任を取るのか」という極めて保守的な思想が存在している。

 以上から、車載半導体の供給不足を完全に解消するには、早くて1年、場合によっては2年以上かかるかもしれない。

トヨタがTSMC詣でをする日

 かつて、車載半導体と言えば、40/45nm以前のレガシープロセスが標準だった。しかし、100年に一度といわれるCASEの大変革が起きつつあるクルマ産業界においては、5G通信用半導体や自動運転用AI半導体など、最先端半導体必要不可欠になってきた。その製造のボトルネックになっているのが、TSMCである。

 2017年頃、データセンターに必要なサーバー用の最先端DRAMが不足したため、クラウドメーカーAmazonMicrosoftGoogleが揃ってSamsung詣でを行った。今後は、CASE用最先端半導体を求めて、トヨタ自動車フォルクスワーゲンゼネラルモーターズなどのクルマメーカーTSMC詣でをすることになるのかもしれない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  中国でテスラの前に現れた意外すぎる強力ライバル

[関連記事]

習近平を悪党と呼んだバイデン政権の対中戦略詳解

中国SMICは命拾い?米国の輸出規制はザルだった

(写真はイメージです/写真AC)