朝ドラ”こと連続テレビ小説「おちょやん」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか※土曜は1週間の振り返り)第9週「絶対笑かしたる」は、千代(杉咲花)が道頓堀に戻って、新しい喜劇劇団に所属することに。以前の道頓堀編に登場した星田英利(旧芸名・ほっしゃん。)や板尾創路が再登場し、貫禄の演技を披露した。2人のお笑い芸人の魅力をフリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆する木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)

【写真を見る】一見なんの変哲もない背広だが…驚きの“早着替え”ネタが仕込まれている万太郎(板尾創路)の洋服

杉咲花成田凌の前に立ちはだかる星田英利と板尾創路

「おちょやん」第9週では、千代が鶴亀興行の社長(中村雁治郎)に映画女優より舞台女優のほうが向いているのではないかと言われ、新たな喜劇劇団に入るため、4年ぶりに道頓堀に戻った。

古巣の芝居茶屋・岡安のひとたちは、ご寮人さん・シズ(篠原涼子)をはじめとして皆、千代を大歓迎。だが、芝居茶屋は流行らなくなっていて経営が苦しそう。新劇団も、座長になった一平(成田凌)に反発して、人気俳優の須賀廼家千之助(星田)が入団を渋り、前途多難だ。

千代が千之助を説得しに行くと、笑わせたら考えると言う。猫、鶏、タコ、スルメと様々な生物の鳴き真似や形態模写をして見せる千代。杉咲花の芸の幅広さに目を見張らされた。

杉咲も主役として立派に役割を果たしているし、一平の成田凌朝ドラヒロインの相手役に珍しい屈折した青年を味わい深く演じていて、見応えがある。

とはいえ、9週は、そんな彼らの前に、デーンッと立つ高い壁のような役割で、先輩俳優を演じている星田英利と板尾創路が、若い千代や一平にはない凄みと深みとノイズを放ちまくって、圧倒的なおもしろさだった。

松竹新喜劇の旗揚げをした人物たちをモデルにしたドラマにもかかわらず、なぜかいまのところ吉本新喜劇の芸人たちが目立っていることも注目の的だ(松竹新喜劇の渋谷天外や渋谷天笑も出ています)。

板尾創路朝ドラシュールにする

星田演じる千之助と板尾演じる万太郎は、かつては一緒に劇団をやっていたものの袂を分かったという設定。

別々に活動することになると、万太郎の一座は大人気劇団になり、万太郎は喜劇王と呼ばれる。その一方で千之助は一緒にやっていた天海天海(茂山逸平)が急死したことでくすぶっている。

板尾創路はさほど出番がないにもかかわらず、ちょっと出てきただけで、視線を集めてしまい、喜劇王の役割を存分に果たしている。

第43回では、洋服を付き人が左右からはいで(舞台の早替えふう)、ふんどし一丁のハダカになってから浴衣に着替えるという登場シーンで「なんやようわからへんけど すごいな」と千代を圧倒する場面に妙な説得力があった。

それをやる必要があるのかないのかわからないが、短いシーンにもかかわらずしっかりハダカになっていたことも立派だなあと思う。

板尾はそこに立っているだけでシュールな雰囲気が出る稀有な芸人であり俳優だ。

「まれ」では主人公・希(土屋太鳳)の最初の就職先・役所の上司・紺谷課長役で、やっぱりシュールなところを担当していた。

忘れられないのは第37回。希が辞表を出すと、課長が彼女のまわりをぐるぐるまわりだし、「すみません、まわらずに話を」と言いながら希も一緒にまわる。

ふたりはぐるぐると1分間近く、速度も上げながらまわるという、謎の場面。ストーリーとは関係なく、その瞬間がとてもおもしろかった。

余談だが、2月11日公開の映画「ファーストラヴ」(堤幸彦監督)に殺されるお父さん役で板尾が出ていて、死に顔が不謹慎ながらものすごくインパクトがある。彼のその顔を見るだけでも価値がある。

■「カーネーション」での星田の存在感はすごかった

お笑い芸人は芝居も巧いものでドラマや映画によく起用される。星田は朝ドラ「カーネーション」では笑い要員ではまったくなく名優の域で、ドラマに陰影をもたらした。

主人公・糸子(尾野真千子)のビジネスパートナーの北村役で、彼は決して糸子にとって協力的なだけの存在ではない。いじましいところもたくさんあるにもかかわらず人間関係は続いていく。

糸子との丁々発止の会話も小気味よく、彼らは朝ドラにしては爽やかでないという印象をもつ視聴者もいたが、反面、人間描写に深みがあると満足を感じる視聴者もいた。

「おちょやん」でも、眉間にしわを寄せ、口角を下げ、滅多に笑わない人物を演じているが、いざ舞台に上がれば、徹底的に面白いことをやり、観客を笑わせる。

老舗の飲食店の頑固親父のようなこだわりの職人のような風情を見せる。「おちょやん」は久しぶりに、人間の猥雑さや苦味を描くドラマになっていて、星田や板尾がそれを底上げしている。

そんな板尾と星田が、第44回では、回想場面として千之助と万太郎が人気を得た伝説の公演も演じた。レストランでお皿をじゃんじゃん割っていくドタバタな劇中劇を、板尾と星田がメリハリを利かせた芝居をして見どころがあった。

この手の劇中劇は、どうしてもとりあえずやりましたという感じになりがちなのだが、笑いの間をわかったふたりがやっているとホンモノ感があった。彼らを見ていると、出番の長短は関係なく、演者の魅力がドラマを面白くさせるのだと感じる。

(左)須賀廼家万太郎(板尾創路)、(右)須賀廼家千之助(星田英利)/(C)NHK