
2021年3月、韓国の大韓商工会議所会長にSKグループの崔泰源(チェ・テウォン=1960年生)会長が就任する。
韓国で、「4大財閥」のオーナー会長が主要経済団体のトップに就くのは2000年代に入ってからは初めてだ。
2021年2月1日、ソウル商工会議所の幹部会議が開かれた。サムスン、現代自動車、LGグループの副会長、社長など13人が出席し、次期会長に崔泰源氏を推挙することで一致した。3月に会長に就任する。
ソウル商工会議所の会長が大韓商工会議所会長を兼務することが慣例になっており、崔泰源氏が大韓商工会議所会長に「内定」したことになる。
4大財閥総帥初の商工会議所会長
崔泰源氏はこの日、SKハイニックスの半導体新工場の竣工式セレモニーにリモート方式で出席した後、「会長推挙に感謝します。商工会議所と国家経済のために何ができるのか、じっくりと考えてみたい」とのコメントを出して、就任に意欲を示した。
オーナー家以外のSKグループ会長が全国経済人連合会(全経連)会長を2000年代前半に務めたことはある。
だが、サムスン、現代自動車、SK、LGの4大財閥のオーナーが韓国の主要経済団体のトップに就任するのは、崔泰源氏の父親である崔鍾賢(チェ・ジョンヒョン)氏が全経連会長を1993~98年に務めて以来のことだ。
また、4大財閥総帥が大韓商工会議所会長に就任するのも初めてだ。
どうして崔泰源氏は引き受けたのか。どうして商工会議所なのか?
1960年生の崔泰源氏は、2020年に満60歳になった。いまの4大財閥トップの中で最も早く「代替わり」している。
代替わりを重ね財閥総帥も親密に
創業者、2代目の時代までは、財閥総帥はお互いにライバル意識が強かった。
サムスンが現代の牙城だった自動車事業に進出したり、現代が逆にサムスン追撃を狙って半導体事業に進出したりと、事業を拡張する際に「領域」を巡って激しく争った。
総帥同士が個人的に親しく付き合うことはほとんどなかった。
ところが3代目、4代目となりこうした関係は変わった。今の4大財閥総帥は個人的に親しい関係で、ホスト役が持ち回りの会食を定期的に開いている。
ある財閥幹部によると、「4人にはいくつか共通の悩みがある。韓国で急速に広がった反大企業、反財閥の風潮や政府との関係は最も頭の痛い問題だ」という。
さらに技術、サービス革新のスピードがさらに速まり、グローバル市場での企業間の競争も熾烈になっている。規制緩和や新規分野の支援など政府との連携や協力も重要になっている。
にもかかわらず大企業から見れば、政府は規制強化や成長より分配を重視していると見えなくもない。
4人の中で崔泰源氏は最年長だ。「4人で話を重ねるうちに、兄貴分である自分がまず、企業人、大企業を代表してきちんと声をあげて、必要なら政府や様々な利害関係者と意思疎通をしないといけないとの思いを強くしたようだ」
崔泰源氏をよく知る産業界関係者はこう話す。
父親である崔鍾賢氏は、がんが発覚した後も「IMF危機」と言われた経済危機対応のために全経連会長として活動し、当時の金泳三(キム・ヨンサム)大統領に直言していた。
こんな姿を見ていた崔泰源氏も、思うところがあったという。
経営権継承前後に苦労も
この崔泰源氏とはどういう人物なのか。
1998年に父親の突然の死去で急遽、後継準備を進め、2004年にグループ会長に就任した。オーナー経営者としての最大の実績は、半導体事業への進出だ。
現代グループとLGグループの半導体メーカーを起源とするハイニックスを買収してSKハイニックスとした。
大胆な投資を続けていまやグループ最大の収益源となった。
父親の死去から20年以上、グループ会長になって15年以上経過した。SKグループをさらに成長させ、高収益の財閥として定着させた。こうした実績が自信を生んでいる。
崔泰源氏は、裕福な家庭に育った。高麗(コリョ)大物理学科を経て米シカゴ大では大学院で経済学を学んだ。
1988年には当時の盧泰愚(ノ・テウ=1932年生)大統領の長女と結婚して、華麗なる血縁を築いた。留学先の米国で知り合ったという。
帰国後、経営者としての経験を積み始めたが、IMF危機という未曽有の経済危機のさなかに父親が死去して人生の大きな転機を迎える。
グループ会長は暫定的に番頭格の専門経営者が就任したが、そのもとで経営権継承作業を急ぐことになった。
IMF危機後の様々な後処理と継承作業が重なっていたこところへ、ファンドがグループ企業の株式の買い占めに動いた。
様々なことが重なり無理が生じたのか。グループ企業で粉飾会計が起きた。横領などの容疑で崔泰源氏は有罪になり、収監生活を送った。
さらにもう一度不正資金問題が発生して有罪判決を受け、2度目の収監生活を送っている。人生で最悪の時期だったはずだ。
2015年の夏に朴槿恵(パク・クネ=1952年生)大統領(当時)から「特赦」を受けて経営に復帰する。
ESG経営に舵を切る
これを機に、崔泰源氏は、「ESG(環境、社会、支配構造)経営」や企業の社会的に責任に大きな関心を示し、グループ全体での実践を繰り返し強調することになった。
韓国紙デスクはこう説明する。
「2度の収監生活、特に2度目の収監を機に崔泰源氏は大きく変わったとの見方がグループ内に多い。どうしてこういうことが起きたのか。何が問題なのか、毎日、深く考えたようだ」
こうした点も、財界トップを引き受ける背景にあったようだ。
日本の場合、名のある経営者が経済団体のトップの座を争ったりする例がある。名誉や勲章のためとも言われたが、崔泰源氏の場合、いまさら大韓商工会議所の会長になることが「名誉欲」のためとは思えない。
目立つことのリスクも大きいし、SKグループ会長としても十分に活動できるからだ。
4大財閥のトップは1990年代までは交代で財界トップを引き受けたこともあった。その場合、全経連の会長に就任することが慣例だった。
全経連こそが、韓国の産業界の声を代弁する組織だったのだ。
ところが、朴槿恵政権時代に起きた不正資金問題で状況が一変してしまった。
財閥が、朴槿恵氏と長年の知人である崔順実(チェ・スンシル)氏からの要請で文化、スポーツ財団への資金を拠出した際、全経連が「集金窓口」の役割を果たしていた。
全経連は「政経癒着の温床」として強い批判を浴び、4大財閥は全経連から脱退することになった。
2017年5月に発足した文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)政権は、産業界の代表としての全経連の役割を認めない立場だ。
歴代の政権は、大統領の外遊や、産業界との行事の際に全経連を窓口にして参加メンバーの人選などを進めた。これが「癒着」を生んだという批判から全経連との接触を基本的には避けている。
全経連に代わって産業界を代表する組織として浮上したのが大韓商工会議所だ。
今の会長は斗山グループの会長だった朴容晩(パク・ヨンマン=1955年生)氏。
大統領が参加する行事などに参加し、産業界の声をそれなりに伝えてはいた。だが、「窓口」としての役割は果たしたが、発言力には限界があった。
斗山グループが経営難に陥り、政府系の金融機関の支援を仰いでいた。「産業界を代表する」にも迫力不足になるのは致し方なかった。
そういう意味で産業界では、崔泰源氏の大韓商工会議所会長就任への期待はある。
一方で、4大財閥に去られた全経連はかつての影響力はない。最も困っているのが「会長候補探し」だ。
全経連は2021年2月に設立60周年を迎えるが、迷走が続いている。
今の会長は2011年に就任したGSグループの名誉会長だ。就任10年目になるが本人が望んでこうなったわけではない。誰も会長を引き受けてくれないのだ。
4大財閥が抜け、政府からはにらまれている。会長選びが難航するのも当然だ。
さすがにGSグループの名誉会長に10年も会長を務めさせて申し訳ないという雰囲気があって、今回は交代するとの見方もあるが、崔泰源氏が大韓商工会議所の会長に就任することで誰が全経連会長を引き受けても存在感が高まる期待感は薄い。
SKグループの特徴は…
SKグループは独特のグループだ。その成長過程をみると、どの政権との良好な関係を維持してきたことが分かる。
SKグループの前身は繊維関係の企業で「鮮京(ソンギョン)」といった。崔泰源氏の父親の兄が創業し、1973年に実弟の崔鍾賢氏が継承した。
崔鍾賢氏の時代にSKグループ(1998年にグループ名変更)は飛躍的に成長した。
最初の景気は1980年の大韓石油公社(油公=いまのSKイノベーション)買収だ。巨大国営企業の買収で一気に「財閥」の仲間入りをした。
さらに第2の飛躍となったのが、1990年代の携帯電話サービスへの参入だった。いまのSKテレコムだ。
国営企業の払い下げと電波の割り当てという政府の意向が決定的な意味を持つ機会をつかんで成長を果たした。
ハイニックスについても政府の影響が強い銀行管理下にあった企業の買収だった。
2つの大型買収と携帯電話サービス進出は、いずれも別の政権の時に実現した。
特定の政権とだけべったりでは、政権交代があると報復されかねない。粉飾会計事件などで苦労はしたが、「どの政権ともうまい具合に距離を取る」ことにたけたグループだ。
文在寅政権との関係も良好だ。
文在寅大統領は、2020年7月にSKハイニックスを訪問したのに続き、2021年1月にはSKバイオサイエンスを訪問した。
大型投資と雇用拡大という成長戦略やワクチンの受託生産という新型コロナ対策についての政府の強い意欲と政策を打ち出すための訪問だった。いずれも崔泰源氏が同行した。
財閥トップのサムスンが何かと「反財閥」の象徴として標的になるのに対して、うまい位置にあるともいえる。
どこまで声をあげられるかは未知数
韓国の財閥や大企業、さらに産業界全体には、崔泰源氏の大韓商工会議所会長就任に対して期待感はそれなりに強い。
労組や様々な市民団体の声がどんどん大きくなる中で、産業界はここ数年、守勢続きだった。4大財閥のトップが、自分たちの考えを発信することへの期待があるのは当然だ。
とはいえ、実力者で企業の社会的責任やESGに精通する崔泰源氏にしても、産業界を代表してどれほど声をあげられるか、また、それが社会全体で聞き入れられるかは不透明だ。
新型コロナの流行は、経済格差をさらに拡大させている一面がある。半導体関連や輸出比率が高い大企業は空前の業績を上げているが、観光、サービス業や中小零細企業は「不況」の直撃を受けている。
格差拡大で、財閥や大企業への風当たりはさらに強まっている。国会には、財閥や大企業の規制を強める法案が次々と提出されている。
労働時間の短縮や賃金上昇など今の政権が進めた政策で産業界はすでに少なからぬ影響を受けているが、「反大企業」の雰囲気は弱まる気配はない。
2022年3月には大統領選挙もあり、「政治の季節」に入れば、「大企業叩き」は強まるとの懸念もある。
また、財閥から中小企業まで幅広い会員企業を抱える商工会議所を財閥総帥がまとめられるのかという指摘もある。
大韓商工会議所会長の在任期間は「1期3年、2期まで」となっている。だが、異例の人事が続いている。
いまの朴容晩会長は、2013年に前任の孫京植(ソン・ギョンシク=1939年生)CJグループ会長が任期途中で退任したことで急遽就任した。
前任者の残りの任期は「計算外」で、朴容晩氏は、この期間とは別に2015年3月から2期6年間会長を務めた。実際は8年間会長だった。
CJグループのオーナー会長が脱税などで拘束され、グループが非常経営体制に入ったことから孫京植氏は財界活動から身を引いた。
この孫京植氏も、その前の朴容晟(パク・ヨンソン=1940年生)斗山グループ会長(当時)が急遽退任したことを受けて登板した。
斗山グループでオーナー兄弟間の内紛が起き、不正資金問題が表面化したため、朴容晟氏がグループ会長と大韓商工会議所会長を退任することになった。
韓国では、いまもサムスングループの総帥である李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)サムスン電子副会長が収監されている。
大韓商工会議所の歴代会長人事を見ても、いったいどうしてこんなにオーナーの犯罪が多いのか驚かされる。
さらに、どうしてその後、何事もなかったかのように「復権」するのか?
単純に経営者の犯罪が多いということなのか?
にもかかわらず、オーナーはオーナーだから復権するということなのか?
あるいは、人気取りのために金持ちの財閥やオーナーを叩く無理な捜査と判決が多いということなのか?
「一度懲らしめる」が目的だから、事件が片付けば復権にも寛大なのか?
こんな状況で、あえて経済団体トップを引き受けたことそのものを評価する声も少なくない。
崔泰源氏にとっても、まずは無事に任期をまっとうすることが何よりも重要なことになる。
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