2月13日(土)、米下院では証人喚問を全く行わず、週を跨がない超特急の弾劾裁判が実施された。ペロシ下院議長の有罪投票を含めて57対43と有罪多数となったが、規定の3分の2には届かず無罪が確定した。2月10日に弾劾裁判を開始してからわずか4日後の決定だった。

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 無罪確定直後には、ペロシ下院議長やカストロ元住宅都市開発長官(民主党大統領候補)などが憤懣やる方ない表情で批判を繰り返した。しかし、たった10人が並んだだけの記者会見では、唯一、米CNNインタビューで悔しさを滲ませたプラスケット下院議員を除いて、どちらかと言えば予想されたことを受け入れた上でのパフォーマンスという印象が拭えないものだった。

 これに対して、トランプ大統領が出した声明には、自分を中心とした共和党の団結力を見せたいという意気込みがあった。この無罪判決をもって、1月6日以来、逆風にさらされてきた流れが再び反転する可能性を示唆したのである。

 事実、トランプ大統領は、中間選挙に向けた新たな体制を作りつつある。既にアーカンソー知事候補に元大統領報道官のサンダース氏を指名。ミネソタ州とニューヨーク州の候補者指名も間近だと語っており、無罪判決が勢いを付けたことは間違いない。

 それでは、今回の弾劾裁判は今後どのような意味を持つのだろうか。まず、1回目のトランプ弾劾裁判を振り返っておこう。

1回目以上に証拠が薄かった2回目の弾劾裁判

 ニューヨークタイムズ紙に、弾劾のきっかけとなる対ウクライナ外交での電話記録が掲載されたのは2019年7月。その後、(1)権力乱用と(2)議会への冒涜の二つの容疑で、下院が実際に弾劾決議を行ったのは同年12月だった。5カ月をかけた準備したが、1月に入っての上院での弾劾裁判では、事実を知るとされたボルトン元大統領補佐官(国家安全保障担当)を召喚できないなど民主党には不利な展開となり、2月5日の採決で(1)(2)ともに否決された。

 この時には、下院で民主党から(1)権力乱用には2人、(2)議会冒涜には3人の造反者が出た。一方、上院での判決の際には、(1)について反トランプのロムニー上院議員が造反した。

 この1回目の弾劾裁判は、「武器供与と引き換えにバイデンの息子などに関する問題を出せ」とトランプ大統領ウクライナのゼレンスキー大統領に言ったことが問題だとして始まった。ただ、トランプ大統領が取引を持ちかけたと指摘されたタイミングの直後に米軍がウクライナに武器を供与しているなど、物理的な日程において辻褄が合わなかったのが無罪判決の主たる理由だったと言える。

 では、2回目はどうだったか。1月6日トランプサポーターの議事堂乱入事件で怒った議会民主党は、同13日に弾劾決議をさせるという早業を演じた。同時に、ペロシ下院議長は国防省と、トランプ大統領が精神錯乱で核ボタンを押してしまうリスクについて話し合ったと報道された。下院での投票前日には、共和党で下院ナンバー3のチェイニー下院議員など20人弱が造反するとの噂が出るほどの勢いだった。

 ところが、実際には10人の造反に止まった。チェイニー下院議員の造反理由も、「トランプ大統領の問題は暴徒を止めなかったこと」だと発表し、「暴徒を議事堂に扇動した」とする下院民主党の多数意見とは異なるものだった。米国の刑法上、暴徒の扇動と暴徒の不阻止では罪の重さが異なる。

 しかも、トランプ大統領が発言する前から多数の暴徒が議事堂に向かっていたという報告が一般のトランプサポーターからも入っており、1回目以上に有罪を証拠づけるものが手薄だったのも事実だろう。

 その後は、共和党のマコネル上院院内総務が2月まで弾劾裁判をしないと発表するなど、予算法案の成立を急ぐバイデン政権の足元を見た策を取っている。下院決議から3週間以上の時間を取られることになれば、予算に関する長時間審議などが影響して、トランプ弾劾の勢いが削がれる形となるのは間違いない。

 まとめれば、証人喚問もないままに採決が強行され、上院では共和党から当初の見込み通り7人の造反が出ただけ、2回目の弾劾裁判は失敗したというのが事実である。

民主党が弾劾裁判を急いだ理由

 バイデン政権が、1兆9000億ドルのコロナ対策パッケージを満額成立させるために腐心しているのは、2月8日付拙稿「コロナ対策パッケージが映し出すバイデン政権の強さ」で書いたところである。バイデン大統領としては、自政権の浮沈のカギを握るこの重要法案を前に、既に退任していて4年後に立候補するとも表明していないトランプ大統領を、憲法解釈の問題をクリアしてまで弾劾しなければいけない理由は全くなかった。

 一方、ペロシ下院議長以下、1月6日の暴動で感情が表に出てしまった議員たちにとって、弾劾裁判は絶対に無視できない案件である。また、弾劾裁判を予算成立後の3月にやるのでは、退任から2カ月が経ってしまって、それこそ合憲かどうかを最高裁で先に判断すべしとの流れになりかねない。それを避けたかったのであろう。

 ただ、大手メディアも疑問を呈したように、一人の証言者もヒアリングしなかったことには不可思議ではあった。

 民主党関係者の話では、扇動があったかどうかの前に、トランプ陣営からサポーターの不満の源泉である選挙不正について、テレビの前で指摘されることを懸念したらしい。事実、トランプ大統領弁護士を務めたジュリアーニ元ニューヨーク市長はそれをほのめかしていた。

 また、議事堂への暴動で告発されているのは176人だが(参考資料:Arrested in Capitol Riot: Organized Militants and a Horde of Radicals)、仮にトランプ陣営が一人ずつ調べて代表者を証言者に呼ぶことになった場合、暴動の背景に焦点があたり、万が一にも証言者が公聴会中に泣き出すことがあると世論の雰囲気が変わりかねない、との不安もあったらしい。

 このため、1月13日の下院での決議からは様相が変わり、まずは弾劾裁判を実施したという事実を重視することにしたのであろう。そして、同時並行的に進んでいるジョージア州でトランプ大統領を訴える動きにつなげ、同前大統領に対する訴えは司法に任せるという発想に変化した。ジョージア州では、トランプ大統領が州務長官に自身に有利になるように票を数えるよう電話で迫ったことについてトランプ大統領を訴える動きがある。

 もっとも、1月6日から何度も繰り返された暴動のシーンを短く編集して見せたとしても、それを理由に批判を受けてきた共和党議員の心を動かすのは容易ではない。このため、議会の予算を使って無駄なことをしたという感じは否めず、下院民主党としては、振り上げた拳を下ろすための方策が弾劾裁判だったということになってしまったのかもしれない。

なぜ最高裁主席裁判官は議長職を「欠席」したのか?

 二度目の弾劾裁判で、「前職となった大統領を議会で弾劾するのは合憲か」という問題は、最初から最後まで尾を引いた。

 まず、本来なら上院での弾劾裁判で議長を務めるはずの最高裁首席裁判官が、早くから欠席すると上院に報告していた。ロバーツ首席裁判官は理由を明確にしていない。また、その場合に代理をする副大統領(上院議長)も欠席だった。「バイデン政権のプライオリティーは別のところにあり忙しい」というのがハリス副大統領の理由である。

 このため、上院の多数派を握る民主党で議員歴が最長のリーヒー上院議員が議長を務めた。ただ、彼も弾劾裁判直前に心臓発作で病院に担がれるなど、証人喚問などの理由で弾劾裁判が長期化したならば、議長職は波乱含みだっただろう。

 なお、全米で1万人を超えると言われる憲法学者のうち、2月5日付の声明文で144人が二回目のトランプ弾劾裁判を合憲だとしている。ただ、この背景にも様々な議論があったらしく、当初の証明人数より減っている。

 共和党議員の中には、最高裁首席裁判官が欠席するのはトランプ弾劾裁判が違憲だからだとする者もいたが、その理由はわかっていない。一方、ハリス副大統領の議長としての出席がなかったこともあり、「有罪の確証がない弾劾裁判にバイデン政権は冷やか」という雰囲気が出たのは事実である。ハリス副大統領2月10日インタビューでも「政権と議会のやるべきことは違う」主旨の発言をしている。

 大統領選挙における選挙の不正を陰謀論だと片付ける人は、米国にも日本にも少なくない。もちろん、事実がわからないのも確かだ。チェイニー下院議員の造反も注目すべきことが、既述のように、彼女は「暴動を扇動した」とは言っていない。そこには共和党内での配慮が見え隠れする。

 新党結成を噂されていたトランプ大統領は、共和党の中で次を考えることができるようになった。選択肢が増えたのである。子供たちの政界入りのほか、本人も何かを考えているかもしれない。まずは、中間選挙の結果がどうなるかだろう。

 一方、バイデン大統領は、弾劾裁判で無罪が確定した後、トランプ大統領の問題は明らかだとした上で、この裁判によって不安定になった米国の民主主義を立て直すことが急務と発表した。最初から負けはわかっていて混乱が増しただけだと言わんばかりだ。ただ、それは共和党民主党内の諍いという以前に、コロナ禍で大変な思いをしている労働者層への配慮だと考えるべきだろう。

 既に、ゲームストップ株を巡る攻防を見ても明らかなように、持つ者と持たざる者を分ける株式市場に対して、攻撃を仕掛けようとする若者も表れており、民主主義資本主義の根幹が壊されかねない状況なのだ。結局、弾劾裁判は終わってみれば、共和党の不満分子をおびき出したと言える。

トランプ新党ができた場合に意味すること

 ただ、造反者の中には、中間選挙で結果が出て4年後の選挙で勝てる可能性が高まれば元の鞘に戻る議員も少なくないと思われ、トランプ大統領とともに共和党で戦おうと考える流れができる可能性もある。雨降って地固まるのは、果たして共和党かもしれない。

 事実、全国共和党委員会はそれを呼びかけるメッセージを出した。トランプ大統領がまだ訴追される可能性があると共和党のマコネル上院院内総務が話したのも、彼一流の逆説的な話で、それが終われば政界に戻るという意味があると考えておいた方がいい。

 共和党として注意すべきは、仮にトランプ新党ができるとすれば、それは共和党をほぼ丸ごと飲み込むものであり、その時には共和党マイナーな小政党になるというリスクである。ただ、それによって得をする政治家はいないであろう。とすれば、ここは、反トランプの流れを利用した共和党崩壊という陰謀論に振り回されずに、米国政治を見て行く必要がある。

 米国の再生、民主主義の再生を求め続けているバイデン大統領も、それは望んでいないだろう。むしろ正々堂々と中間選挙を戦いたいはずだ。

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