旧ソ連スターリン体制下で生きる人々を描き、第70回ベルリン映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した映画『DAU. ナターシャ』より、本編映像が解禁。本作の舞台となる秘密研究所で行われる、仰天の人体実験シーンを収めている。

【動画】秘密研究所で行われる“人体実験”を捉えた『DAU. ナターシャ』本編映像

 本作は、ロシアの奇才イリヤ・フルジャノフスキーによる「ソ連全体主義」の社会を完全に再現する“前代未聞のプロジェクト”から創出された映画化第一弾。ソ連の秘密研究都市にあるカフェで働くウェイトレスナターシャの目を通し、独裁の圧制のもとでたくましく生きる人々と、美しくもわい雑なソ連の秘密研究都市の様子を描く。そして、当時の政権や権力がいかに人々を抑圧し、統制したのか、その実態と構造をつまびらかにし、その圧倒的な力にほんろうされる人間の姿を生々しく捉えていく。

 スターリン体制下の1952年。秘密研究施設にある生化学研究所では、研究者達が“諜報部員訓練装置”の開発に挑んでいた。この研究を取りしきるブリノフ実験部長は、諜報部員たちを集めて実験にあたっての説明を始める。“諜報部員訓練装置”とは、諜報部員やパイロット、戦車兵や機械操作員が疲れることなく長く任務に就き、膨大な作業を行うことができる…つまり、国家の安全により貢献できる人間を作るための装置なのだという。この実験のために、長年フランスでこの分野の研究を行ってきた高名な科学者リュックも招かれていた。

 今回解禁されたのは、秘密研究所でこの“諜報部員訓練装置”の開発のために行われる仰天の人体実験の様子を捉えた本編映像。全裸の諜報部員が、正三角形の摩訶不思議な装置の中に入り実験が行われる。ブリノフとリュックは、装置から出て来た部員から、中で感じた現象を細かく聞き取りする。「特徴としては、温かいシャワーにだんだん包まれるようでした」と語る部員。その内容から装置内では“オルゴン”という生命エネルギーが出ており、被験者達がみな同じ反応を示していることが分かった。どうやらこの実験は成功したようだと、ブリノフは興奮気味に結果を語り、ふたりは顔をほころばせて固い握手を交わす。

■キャストは本物の化学者・医師を起用 実際に研究テーマを巡って派閥も

 本作のキャストたちは、自身の経歴をもとにキャスティングされており、実際にノーベル賞を受賞した者やさまざまな分野の学者、宗教者たちが本人役で出演。リュックを演じるリュック・ビジェは実際に酸素学を専門とする生化学者で、ブリノフを演じるアレクセイ・ブリノフもかつては医師という経歴の持ち主だ。

 本作の撮影場所は、かつてはソ連の重要な知性・創造性の中心地で、フルジャノフスキー監督が「最もソヴィエト的な都市」であると考えたウクライナの大都市ハリコフ。欧州最大のセットが作られたこの場所で、研究者達は撮影の有無に関わらず与えられた役割を担い続け、実際に研究テーマを巡って派閥まで生まれたという。
 
 フルジャノフスキー監督は、この壮大なプロジェクトの中から生まれた表現の形として、劇映画や配信作品、インスタレーションなどといった芸術分野のみならず、学術的なレクチャーまで誕生したことを明かしている。つまり、このシーンで描かれるナチス優生学にも通じる恐ろしい人体実験は、撮影を通じてこの時代に引き戻された彼らが実際に行っていたものなのかもしれない。

■すごすぎる徹底ぶり! キャストだけではなくスタッフも「セットでは常にその時代の衣装と化粧」「まるでタイムマシン」

 共同監督のエカテリーナ・エルテリは、撮影現場の様子について「セットに入る人は、監督も含め全員が常にその時代の衣装と化粧をしていなければ、入場を許可されませんでした。ケーブルを持った電気技師、検診に来た医者、トイレの修理を依頼された配管工、VIP ゲストなど、全員が例外なく同じ手順を踏んでいます。必要とするすべての人に個々に処方された度入り眼鏡を提供しました。まるでタイムマシンに入るようなものです」と明かす。

 続けて、研究所に長く滞在するキャストへの待遇については「衣装を選び、スーツケースに詰めて参加者に渡したので、彼らは自分で何を着るかを選ぶことができました。喫煙者は自分の好きな種類のタバコを尋ねられ、自分の好みに合うようにタバコを巻いてもらいました。スーツケース、財布、ペン、新聞など、研究所内に滞在していた期間中、すべての小道具と衣装が彼らの持ち物になったのです。女性には口紅チューブとパウダーパフが提供されました」とコメント。出演者のみならず観客もソ連時代にタイムスリップさせる本作を作り上げた、製作陣の徹底的なこだわりが伺えるエピソードだ。

 映画『DAU. ナターシャ』は2月27日より全国公開。

映画『DAU. ナターシャ』場面写真 (C) PHENOMEN FILMS