(山田 珠世:上海在住コラムニスト)

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 中国では1月28日から、春節(旧正月)の帰省のための特別輸送態勢「春運」が始まった。この“民族大移動”ともいわれる「春運」は3月8日まで40日間続き、中国において1年で最も人が移動する時期だ。

 2億人近くいると言われる中国の出稼ぎ労働者は、年に1度の春節に一家団らんで食卓を囲むことを心待ちにしている。出稼ぎ労働者に限らず、すべての故郷を離れて生活している中国人にとって、春節は家族だけでなく親戚一同が集まる貴重な機会でもある。また、都市部に住む中国人にとっては旅行に出かける絶好のチャンスだ。筆者が住む上海市では、春節休暇を海外旅行や国内旅行で過ごす人が年々増えていた。

 しかし、今年、中国では人の移動を極力減らす必要があった。もちろん新型コロナウイルスの感染拡大を防止するためである。

 ふたを開けてみると、春節休暇の帰省者は大幅に減った。今年の春運期間中の帰省客は2020年比で2割減、2019年比では6割減の延べ約11億人になる見通しだという。春節期間の帰省者は、コロナ発生以前の4割までに抑えられた。

 中国は果たしてどんな方法で民族大移動を半数以下に抑えることができたのだろうか?

最高5000元の奨励金

 まず各地方政府は「就地過年(就業地での年越し)」を提唱。強制ではないものの、帰省しない人に補助金を支給したり、企業が特別ボーナスを出す、残業代を増やすなどの施策を企業に奨励した。

「就地過年」が打ち出され始めたのは、春節を2カ月後に控えた昨年(2020年)12月のことだ。中国の複数個所で新型コロナウイルス感染者が再び出現したことを受け、地方政府は春節期間中の移動にリスクを感じたのだろう。

 複数の地方政府が先手を切って提唱し、全国各地に広がったことから、今年(2021年)1月下旬には中央政府が正式文書を出すこととなった。「就地過年」では、省・市または企業によって1人当たり500~5000元(約8190~8万1900円)の奨励金のほか、手当てなどが出されたとされる。

 上海市では、国有企業や市政府系企業に勤める社員にかなり厳しい通知が出たようだ。上海市政府系企業に勤める友人によると、春節休暇中に上海市外に出て、万一新型コロナウイルスに感染した場合、「その結果は自分で責任を持つ」ように言いわたされたという。明示はしていないものの、万一何かあれば処分は覚悟しておけということらしい。

 同じく市政府系企業に勤める別の友人は、「『原則的には上海市外に出ないように』と言われている」と話す。特別な状況の場合は許可が下りるのだろうが、上海市以外の都市の出身者はみな帰省していないという。

「帰省したことで、万一感染でもしたらどうする?」 前出の友人はこう言う。上海市は現在、ほんの一部の社区(コミュニティー)を除き低リスク地域とされているものの、飛行機高速鉄道などの公共交通機関を利用すれば、感染リスクは高まる。また、春節期間中は全国各地から帰省する親戚や友人などに会う機会も多く、どこで何が起こるか分からないのだ。

旅行申請を学校から却下されることも

 上海市の小・中学校、高校は、今年(2021年)1月中旬には期末テストを終え、事実上の冬休みに入っている。子どもを持つ親は一般的に、期末テストの大体の日程が発表される12月の段階で、冬休みの旅行や帰省の計画を立て始めるのだ。そんな中に出された「就地過年」は、帰省自粛でもあり、旅行自粛でもあった。

 最初はどうするか迷っていた友人らが、計画を取りやめざるをえなくなったのは、子どもが通う学校からそれぞれ通知を受けたからだ。

 筆者の子どもたちが通う現地の小中学校では、複数回通知があったものの「不要不急の上海市外への旅行・帰省は自粛」といったわりと緩やかなニュアンスだった。ただ、学校によっては少しずつ口調が厳しくなっていったという。

 また、区や学校によっても上海市外へ出る場合の措置は異なった。筆者の子どもたちが通う学校はそこまで厳しくなく、登記さえすれば問題なく上海を出ることができた。それでも、子どもの名前、クラス、帰省または旅行期間、目的地、親の携帯電話番号、上海の自宅住所などの情報を登記する必要があった。

 ある中国人の友人はもともと、上海から実家のある湖南省に帰省する予定にしており、12月のうちに飛行機のチケットも購入していた。ところが、子どもが通う小学校から、新学期が始まる2週間前までに上海に戻る必要があるとの通知が出て、帰省を断念した。新学期の2週間前に上海に戻るとなると、旧正月を実家で過ごすことができないからだ。

 別の友人は、上海からほど近い浙江省への家族旅行を計画していた。子どもが通う小学校から、上海を出る場合には申請が必要と言われ、申請したところ、却下されたという。

子どもが規制されれば・・・

 上海に出稼ぎに来ている友人で、ギリギリまで迷ったが結局、地方への帰省をあきらめた人もいる。故郷では他都市に出稼ぎに行く人が多く、彼女の高校に通う息子の学校では、他都市から親や親戚が帰省する場合は、登記が必要なのだという。新学期が始まるころに、万一、上海で中リスク・高リスク地域が出た場合、上海で働いている親が帰省中ということで、子どもが学校に通えなくなる可能性もある。

 これらのことからも分かるように、子どもがいる家庭では、学校からの指示を守らなければ、新学期が始まったときに学校に通えなくなる恐れがある。子どもの学校の措置により外出が規制されたりした場合、家族みんなが計画を取りやめるしかない。帰省や旅行が比較的自由であるのは、結婚前の社会人、または子どもがまだ幼稚園に入る前の家庭、子どもがいない家庭ということになる。

 政府からの奨励のみであれば、それを聞かずに帰省することも旅行に出かけることもできる。ところが、子どもの学校がダメだと言えば聞かないわけにはいかない。“奨励”といわれていた自粛も、結果的には子どもを持つ親にとっては“強制”に変化したともいえる。

 今年の春節期間は、中国全土で1億人が「就地過年」を選んだといわれている。来年はみなが家族そろって年越しできますように。

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