(福島 香織:ジャーナリスト

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 カナダ下院が2月22日新疆ウイグル自治区で継続している民族迫害をジェノサイド(民族大量虐殺)と認定する動議を可決した。法的な拘束力こそないが、この結果は比較的親中派のトルドー大統領の今後の言動に大きく影響を与えるだろう。

 ウイグル問題に「ジェノサイド」という言葉を使い始めたのは、おそらく共産主義犠牲者記念財団・中国研究上級フェローのドイツ学者、エイドリアン・ゼンツだった。今年(2021年1月19日には、米トランプ政権のポンペオ国務長官が初めて米政権を代表してウイグル弾圧をジェノサイド、反人類的犯罪と認定した。その後を継いだバイデン政権のブリンケン国務長官も同様の立場を唱えた。

 BBCウイグル人権問題をかなり初期から取材し、強制収容所でウイグル女性に対する組織的なレイプ犯罪が行われていたという証言をスクープした。しかしBBCを擁する英国では、ボリス・ジョンソン首相がジェノサイド認定を“法律問題”だとして拒絶し、英国下院も中国を対象としたとみられるジェノサイド修正法案を否決した。

 一方、フランスではジャーナリストで作家のマキシム・ヴィヴァスが『ウイグルフェイクニュースの終結』というノンフィクションを出版し、ウイグル迫害が全米民主基金会(NED)、世界ウイグル会議、ヒューマンライツウォッチなどの組織が連携して作り出したフェイクニュースだとし、100万人のウイグル人強制収容なども、それらの組織とCIAが関わる“陰謀論”を主張している。これを利用する形で、中国も「ウイグル迫害はフェイクニュース」という大宣伝を展開。2月4日の中国外交部定例記者会見では、汪文斌報道官がBBCの特ダネの強制収容所における組織的レイプ問題を告発した女性の顔写真を掲げながら、彼女の証言がウソであると激しい主張を展開した。

 ウイグル問題は果たして虐殺かフェイクニュースか。この論争は、新型コロナパンデミックの責任は中国にあるのか否か、香港デモの弾圧は暴徒鎮圧なのか人権弾圧なのか、といったテーマと同様、米中の価値観戦争の延長にある。ウイグル問題の「虐殺論 VS. デマ論」の争点を少し整理しておきたい。

厳しいウイグル人管理システムを目の当たりに

 この問題は、2014年から急速に増え始めたウイグル人、カザフ人ら“少数民族”の強制収容施設問題が発端となっている。

 2018年からBBCニューヨークタイムズが、厳しい当局の妨害に遭いながらも果敢な現地取材を行い、また施設からの生還者、その家族などの証言から裏をとり、強制収容施設が洗脳施設であり、ひどい拷問・虐待があったことを報じてきた。

 またラジオフリーアジアなどの在米独立系メディアウイグル人記者たちも、電話やメッセージアプリを駆使してウイグル語で現地の官僚を含む関係者への取材を行い、かなり真相に近いところまで迫っている。内部通達書など証拠となる文字資料、写真資料も多く流出している。

 私自身、在日ウイグル人留学生や社会人を取材し、2019年5月の段階でカシュガル、ウルムチを歩きまわり、1990年代北京五輪前と比較すると格段に厳しいウイグル人管理・監視システムを目の当たりにしてきた。

 自分の見聞と欧米メディアや研究者のリポートには齟齬がなく、少なくとも私は、新疆ウイグルで起きている人権弾圧は21世紀の「ジェノサイド」と呼んでよいレベルだと思っている。詳しくは拙著『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP新書)にまとめてあるので参照いただきたい。

 ウイグル弾圧がジェノサイドではないか、という論が出てきたのは、2020年6月、ドイツ学者のエイドリアン・ゼンツが発表したウイグル女性に対する強制避妊に関するリポートだろう。2014年からウイグル人女性の避妊手術件数が急増していることが明らかになり、2019年ウイグル人に対する避妊手術ノルマが過去20年間分に匹敵する多さであったことなども報告している。

 ゼンツは、国連のジェノサイド条約に特定集団内の産児制限を集団虐殺と規定していることから、これはまぎれもないジェノサイドであり、20世紀のホロコーストに匹敵すると非難した。

中国側は「世紀のウソ」と激しく反論

 こうした報道やリポートに対し、中国側は強く反論している。たとえば収容所は強制ではない職業訓練施設だと主張。過激思想に染まったウイグル人を正しい道に戻し、就職をサポートする施設だとし、さらにすでにほとんどの収容者が出所していると主張していた。

 またゼンツの批判する強制避妊問題については、新疆社会科学院のデータをもとに、2017年まで新疆地域の出生率は1.5%前後で推移し、2018年は若干出生率が低下しているが中国全体と比べれば平均的で、ウイグル族の出生率は新疆地域住民の平均出生率より高く、ジェノサイドの指摘は全く当たらないとしている。2018年の全中国平均出生率は1.094%、新疆地域の平均出生率は1.069%、ウイグル人平均出生率は1.19%だったという。

 さらに2020年12月には、フランスの著名ジャーナリストマキシム・ヴィヴァスが『ウイグルフェイクニュースの終結』という本を出版した。在フランスの中国大使館は、この本について「NED(全米民主主義基金)と世界ウイグル会議とヒューマンライツウォッチがいかに先入観に基づいて、切り貼り、断章取義の手段で“ジェノサイド”や“ウイグル100万人の強制収容”といったウソやデマを作り上げて散布してきたかを明らかにしている」と絶賛。中国英字機関紙チャイナデイリーなども、この論法を使って、ウイグル人迫害は米国と西側メディアが作り上げたフェイクニュースだと国内外に発信している。

 2月4日の中国外国部定例会見で汪文斌報道官は、BBCが報じた、新疆の強制収容所でウイグル女性に対する組織的レイプが行われていると証言した女性について、彼女の証言はウソだと断じ、「・・・彼女のウソは見破るには難しくない。BBCのような著名な国際メディアが裏を取らずに報道しウソやデマを散布する道具になってしまうとは」とBBCを嘲(あざけ)った。

 2月19日には外交部の華春瑩報道官がウイグル弾圧報道について、世紀のウソと激しく反論。「ジェノサイド、強制労働など、徹頭徹尾、世紀のウソだ。・・・ジェノサイドカナダ、米国、オーストラリアなどでかつて存在した事実だ。自国のそうした歴史と事実をたびたび無視してきているのに、他国に対しては無意味な非難を繰り返しているのは、おそらくその事実を思い起こさせないためだろう。・・・西側の一部の人たちは高みから人権を語りたがるが、いかなる時代も、いかなる国家も、いかなる社会も、まず保証すべき人権とは、生命権と健康権、各個人の価値と尊厳を守ることだ。衣食に困らず凍えることもなく生活が安定することが、正真正銘の基本的人権だ」と言い放った。

米国議員が北京五輪ボイコットを呼びかけ

 中国が断固としてウイグル弾圧をウソ、フェイクニュースと言い張る理由は、1年後に北京冬季五輪が控えているからだろう。このウイグル問題を国際社会がジェノサイドと認めるようになれば、そんな国で平和とスポーツの祭典が行えるか、という話になる。

 現に米国では下院のマイケル・ウォルツ議員(共和党)が2022年北京冬季五輪をボイコットすべきだという決議案を議会に提出した。すでにヒューマンライツウォッチなど世界180の人権組織が北京冬季五輪ボイコットを呼びかけているが、ウォルツ議員の決議案提出はこれに呼応するものだ。

 決議案は、米国オリンピック委員会に、2022年北京冬季五輪を中国以外のどこか別の地域で行うよう国際オリンピック委員会IOC)に提案するよう促し、もし提案がIOCに拒絶されたら、米国とその他の国は北京五輪に出場すべきではない、としている。

 またウォルツは次のように中国を非難している。

「中国は組織的に新疆で暴行を継続し、香港市民の自由を踏みにじり続け、信仰の自由を残酷に迫害し、新型コロナ肺炎を世界に蔓延させた。中国が2022年の冬季五輪を行うことは不道徳であり、倫理を欠いた過ちである」
「(北京五輪に参加することは)独裁者を奨励する悪行だ」
習近平の無謀な非人道的な行動を褒め称えるよりもさらに悪い」
「中国が民族と宗教を理由に数百万人の公民を監禁していることや、世界でパンデミックを引き起こしていることが正常な行為だと言っているに等しい」

 中国の新疆における人権問題を長らく何度も批判してきたリックスコット上院議員(共和党)も、早々にこの決議案を推している。「北京がすぐさま、この深刻かつ大量の人権侵害問題を解決しない限り、2022年冬季五輪は北京以外の国家で開催すべきだ」と主張している。英国、カナダオーストラリアなどの政治家もボイコットの可能性に言及。中国は、ボイコットすれば報復と息巻いているが内心気にしているようで、国連人権理事会で王毅外相は2月22日ウイグル人弾圧に関する国連の調査団を受け入れる用意があると言明した。調査団が受け入れられたとして、ジェノサイドの疑惑が晴れるかどうかは別だが、北京冬季五輪開催の可否論は少なくとも調査結果を待つことになろう。

2008年北京五輪が中国にもたらしたもの

 個人的に思い返すのは2008年北京夏季五輪のことだ。この時、私は北京駐在記者であった。その年の3月、チベットでは宗教弾圧に端を発するチベット騒乱が起き、チベット人、漢族ともに多数の死傷者を出した。私は、現地の旅行社に勤務するチベット人の知人から、最初の発端が僧侶や尼僧に対する虐待と暴力であったこと、チベットの若者が理由もなくかたっぱしから連行され、その後も行方不明になったことなどを、ショートメッセージリアルタイムで聞いていた。

 漢族の一般人チベット暴徒に焼き殺されたという中国報道もある一方で、現地のチベット人に対する激しい弾圧の話を彼女たちから聞いた。またその後、外国メディアと情報交換をしていた青海日報の女性記者が逮捕され、性器に電気棒を突っ込まれるなどの拷問を受けたことも人づてに聞いていた。

 現場に外国メディアは入れず、情報が制限される中で裏の取れない話も多い。ただ、現地チベット人と連絡を取り合っていた私に対して、その後、国家安全部から日本大使館を経由してきわめて厳しい警告があり、私はこの件に関する取材から外れることになった。

 チベット騒乱を受け、2008年北京五輪では、人権意識が高い一部国家で聖火リレーの妨害が起きた。だが、ボイコットの機運は高まらなかった。私自身、北京五輪は成功してほしいと思っていた。なぜならまだその時、多少、中国に期待していたのだ。五輪のホストとして国際的な平和とスポーツの祭典を主催し、中国の普通の人々が国際社会の人々と交流し、西側社会の普遍的価値観に触れれば、中国人もきっと民主と自由と法治の意義を知り、価値観を共有できるようになるのではないか、と。周りの中国人知識人や中国人記者の中には、本気で中国が少しずつ民主と自由と法治を手に入れるようになると信じている人も少なくなかった。五輪を経験した独裁体制はその9年後に崩壊する、という五輪ジンクスなるものを信じたい気持ちもあった。

 だが2008年北京五輪がもたらしたものは何だっただろうか。中国の抑え切れない大国意識、世界覇権への野望ではなかったか。振り返れば、あの時、北京五輪に反対しておくのが正しかったのではないか、と今は思う。

 だから今回は、新疆地域の再教育施設・強制収容所を即刻すべて閉鎖しウイグル人弾圧に対して真摯な反省を見せ、香港の国家安全維持法を撤回しない限り、北京冬季五輪は第三国の代替地で行うか、さもなくば、ボイコットすべきだという立場を明確にしたい。

 日本は隣人として中国と末永く付き合っていきたいと願うならば、むしろ五輪の成功よりも、中国で現在とらわれの身にあるウイグル人、人権派弁護士ジャーナリストら「良心の囚人」や香港の自由を望んでほしい。冬季五輪の成功はおそらく、中国を今より残酷な国にするだけだろう。

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