急速な社会変容や消費者の行動変容への対応が迫られるニューノーマルの時代において、どのように消費者を理解し、エンゲージメントを構築していくべきなのか。パルコのオムニチャネル戦略をリードしてきた株式会社パルコ執行役員の林直孝氏と、「IBM Future Design Lab.」を運営する日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)の戦略コンサルティング&デザイン アソシエイトパートナーの髙荷力氏の対談からは、ニューノーマルな社会において企業が取るべき戦略のヒントが見えてきた。
ニューノーマルに向けて変化する消費者の動向
――日本IBMのIBM Future Design Lab.では、デジタル・トランスフォーメーション(DX)に対する消費者の態度を診断する調査を行ったそうですね。
髙荷力氏(以下、髙荷) 新型コロナウイルスの感染拡大防止のために2020年4月に緊急事態宣言が発出され、リモートワークが私たちの生活の中に入ってきました。その後、飲み会や習い事にも浸透し「デジタルツールは使えない」とは言いにくい、デジタルを使いこなす生活スタイルにシフトしました。これが一過性のものなのか、継続していくものなのかを知るために調査を行いました。
発見は「デジタルによるサービスの高度化」を受け入れる人が多かったことです。DXによるサービスの高度化を受容する人は43.1%に上り、拒否する人はわずか12.5%でした。44.4%の保留層についても、使い勝手の配慮や個人情報提供の警戒を解くことで受容層に変化することが予想され、DX浸透の可能性の大きさを確認できました。
――コロナ禍によって消費動向も変化したのでしょうか。
髙荷 ECの経験度が全体的にアップしたと思います。日用品を買うのもECへとシフトしていました。ネットで買物をすれば、自宅まで届けてくれますし、買い物自体もストレスなくできることを学習した人は、高齢の方中心に増えたようです。
その一方で、リアルの重要性も増したと感じています。特に、気軽に会えなくなった4月の緊急事態宣言以降、若い世代でもリアルなコミュニケーションを重視する傾向が高まっています。
――こうした変化はパルコでもあったのでしょうか。
林直孝氏(以下、林) コロナ以前からデジタル、つまりネットで買い物をするのが便利だと気づいていた人は多かったと思いますね。それがコロナ禍で買い物にいけなくなったことで、実際に体験する人が大幅に増えました。
パルコのオンライン・ストアは、緊急事態宣言で店舗を2カ月休業した際に、それ以前と比較すると売上が4倍になりました。増えたのは、日本のお客様だけではありません。感染症が世界中に広がり、海外からのお客様も日本に観光や買い物に来られなくなりました。そんな中でも渋谷PARCOで売っている商品が欲しいと思ってくれる海外のお客様がいらっしゃいました。そんな想いに応えようとSaaS型のサービスをすぐ導入して、4月の緊急事態宣言が出てから10日後には多言語対応しました。現在では、実に30カ国以上のお客様にご利用いただいています。
顧客体験を向上させるオンラインショップ
――パルコではコロナ以前からオンラインショッピングに力を入れていたのでしょうか。
林 2019年11月に旗艦店である「渋谷PARCO」をリニューアルオープンしました。新型コロナが出現する以前でしたが、当時のコンセプトの5つの柱のひとつが「TECHNOLOGY」でした。デジタルで顧客体験を向上させることを目指したからです。
例えば、5階にある「PARCO CUBE」では店頭販売とECを併設し、リアルとオンラインの良さを融合させました。11のショップがコンパクトに出店し、店舗スタッフが大型サイネージとタブレット端末を使って新しい買い物体験を提供しました。運営視点でも、商品管理の負荷の極小化を狙って、リアルな在庫は減らしてオンライン在庫を活用して頂きました。
――通常のネットショッピングとはどう違うのでしょうか。
林 ショップの販売員が店舗の商品だけでなく、サイネージやタブレット端末も活用して、お客様との会話を広げられます。もし、気になった商品があったら、画面に表示されたQRコードを読み込んで、自分のスマホに情報を取り込むこともできます。
こうすることでオンラインストアの在庫が店舗在庫として利用できるので、お客様にとっても販売員にとっても便利です。また、難しいと使ってもらえませんので、操作方法もできるだけ簡単にしました。
この11のショップは新型コロナの影響で休業していた時もオンラインストアがあったので販売を継続できました。一方で、これまでECに対して消極的なショップもありましたので、ここでもSaaS型の代行サービスを導入して、越境ECのしくみを簡易化し利用をお勧めしました。いまは、70以上のショップが参加していますが、コロナ以前からの取り組みが功を奏したと言えますね。
デジタル化が進むことでリアルでも変化が起きている
――消費者の行動にはどんな変化が起きているのでしょうか。
林 コロナの影響で私たちもお客様も経験値がアップして、オンラインチャネルを使いこなすようになったと感じています。
髙荷 テスラの自動車の販売方法にも、そうした流れを感じます。テスラは販売と生産をシームレスに統合する新しいタイプの自動車メーカーですが、販売においてもカーコンフィギレーターを活用してオンライン上で完結しようとしていて、お客様も受け入れていますよね。
テスラが仕掛けていることと、「PARCO CUBE」で、林さんが仕掛けられたことは似ていると思いました。「PARCO CUBE」は、いわばライフコンフィグレーションを核に、デジタルでフロントエンドとバックエンドを連携させて顧客体験を向上させていますね。
林 はい、デジタル化が進み、リアルでの販売方法も変わっていくと思います。象徴的なのがコロナの影響下で行われた「心斎橋PARCO」のオープニングです。
渋谷PARCOの約1年後の11月20日に開業したのですが、心斎橋PARCOでは、渋谷PARCOで見られたような入館待ちの行列はありませんでした。 密を避けるためにオープンから4日間はネットの事前予約のみに限定して、予約時間に来ていただき、検温と手指消毒をした上での入館をお願いしたためです。
お客様には入館する人が少ない分、安心してゆっくり買い物を楽しむことができたと好評でした。実際にお買い上げ率もアップしました。通常のお買い上げ率は全国のPARCOの平均は入館する人の約50%なのですが、約80%にもなったのです。これは大きな成果です。
販売員も丁寧な接客ができていて、良い買い物体験を提供できました。これまで大量生産大量消費の流れの中でなおざりになっていた部分があったのかもしれませんが、本来のサービスとはそういうものです。
質の高いサービスを提供して良い商品に出会える確率を高めて、満足してお帰りいただくというのが、ニューノーマルの時代の小売業のショッピングのあり方ではないでしょうか。一人ひとりに違う手法を提供するという意味でも、今後もリアルの売り場の価値は高めていけると思います。
髙荷 価値を届けるプロセスが大事なんだと思います。コロナ禍で、販売のプロと一緒に買物をする価値が顕在化してきているというのは、なんとも未来的です。店頭を舞台に、リアルとデジタルの融合で選択肢が広がり、互いの経験値が上がることで買い物行動自体がますます進化していく気がします。
コミュニケーションのための現場主導のデジタル活用
――販売する側としてはどんなことに気をつけるべきでしょうか。
林 今は、コロナの影響でオンラインという手段がクローズアップされていますが、ツールや仕組み主導ではなく、販売員のみなさんのお客様に良いものを届けたいという想いが重要なんだと思います。実際にZoomやInstagram、LINE、Twitterなど販売員はいろいろなツールを使って想いを伝えようと努力しています。
これまではデジタル推進サイドからの押しつけ的なところがありましたが、今はサービスの現場からこのツールを使いたいという声が届くようになりました。本質的なイノベーションとはそうやって生まれてくるものです。
その代表例が「PARCOオンライン商店街」でのライブ配信です。これはショップが先導した活動で、パルコがショップの方々に実行しやすいプラットフォームを提供する形で運営されています。
――現場から始まったのでしょうか。
林 きっかけは緊急事態宣言が解除され営業再開されてすぐの6月に「福岡PARCO」のスタッフがショップの店頭からInstagramの公式アカウントからライブ配信をしたことでした。パルコの社員がショップの販売員のみなさんと共同で取り組みました。ただ実際にECでショッピングするにはお客様の操作がやや複雑になってしまう課題があります。
次にライブコマース用のサービスをパルコが契約してショップに提供するという形で、9月から全国のパルコの数十ショップが参加する「PARCOオンライン商店街」を開始しました。日頃からパルコとお付き合いがある様々な分野でご活躍されている方にセレクターとして登場してもらう段取りをつけたり、告知や撮影・ライブ配信をするのが私たちの仕事です。配信コンテンツの要であるオンライン接客はプロであるショップのみなさまにお任せしています。
――使っているデジタルツールはどう選定しているのでしょうか。
林 店舗の販売促進や広告を担うプロモーション部のスタッフがすでにブランドのみなさんが使っている評判などを伺って取り入れたりしますね。
髙荷 IT部門だけでなく、販促部門や現場の人が自分たちが使いやすいITツールを見つけてくるというのは、今後のデジタル推進では当たり前になるかもしれませんね。日本アイ・ビー・エム株式会社 グローバル・ビジネス・サービス事業 戦略コンサルティング&デザイン アソシエイトパートナー 髙荷力氏
林 DXが自走する段階に入るというのはそういうことだと思います。IT部門主導の次のステップは現場主導です。
大事なのはコミュニケーションしやすい工夫を徹底することです。Face to Faceでなくても、リアルを実感してもらうことができるかが大事です。オンライン接客も販売員が熱意を持って話しかける方が商品の価値が伝わるんです。
コミュニティとしての商圏にビジネスチャンスがある
――ニューノーマル時代のビジネスはどう変わってくるのでしょうか。
髙荷 商圏がどう変わるのかを考えるとわかりやすいでしょう。商圏とはビジネスチャンスです。多いほど伸びしろのある社会であると言えます。これまでの物理的な商圏とネットなどによる仮想的な商圏が融合した「エンゲージメント商圏」が生まれると予測しています。
大量生産大量消費の時代から、自分がどのコミュニティに属しているかが重視される時代に移行する中で、コミュニティとそれを支援する企業との結びつきが加速します。そうした中で、エンゲージメント、信頼の深さを尺度に商品やサービスを選ぶマーケットが誕生すると考えています。
林 商圏というと商売と思われがちですが、本質はコミュニティですね。今までは足下商圏だったのが、ネットで世界中とつながることができるお手元商圏が生まれました。それはどこからでもコミュニティに参加できるということです。
商売は単なる売り買いではなく、共感の中でのシェアという考え方に立てば、お互いがハッピーになります。そのためにたまたま商品が介在したり、サービスがあったりするわけです。
髙荷 価値観を共有した結果として、売り買いが成立している関係ですね。
林 消費者ではなく出資者と考えると理解しやすいのではないでしょうか。自分が望んでいる状況を実現するためにその商品やサービスに出資=買い物をするわけです。オンラインストアの取り組みと別に飲食店を応援するクラウドファンディングもやっています。飲食はオンラインにはなじまないので、応援というスタイルで出資を募っています。
髙荷 消費する生活者から、お金を出して支援する出資者という立場にステージが一段上がっていく感じがしますね。そういう観点では、パルコがやってきたことは、そうした支援者を育てる動きにも見えますね。エンゲージメント商圏の先にあるのは、双方が結合してバリューを高めていく世界だと思いました。
顧客理解を深めるためにアジャイルなデータ活用を
――顧客との関係性はどう変わっていくのでしょうか。
髙荷 多分これまでの属性データだけでなく、感性的なデータ、心地よさなどの新しいデータの獲得が重要になってくると考えています。心の揺らぎを捉えることができると今持っている属性データも生きてきます。顧客の理解を深め、関係性をきちっと作り上げていくやり方が主流になっていくのではないでしょうか。
林 大量生産大量消費では「打数を増やす」ことが重要でしたが、これからは「打率を上げること」が重要になっていきます。人と人との会話の中で商売が成立するためには、お互いが進化する中で理解を深める必要があります。そのためにデータが使われる時代です。それをやっているかどうかで大きな差が生じてきます。
髙荷 ビジネスの規模が大きくなると、顧客理解のハードルは上がってきますが、お客様を理解して良いサービスを提供するということはずっと大切にしなければなりません。顧客理解の競争という観点からは、実は規模の小さな企業でも大企業と同じ土俵に上がることになると思っています。
例えば、ドイツにアリを専門に扱っている小さなお店があるのですが、ユーロ圏内のアリファンにとってはそのお店が聖地になっていて、遠方からマニアックなお客さんがやってきて、店がある地域全体が潤っているんです。
このケースでは、アリの店側がお客様を理解して仕掛けているかは疑問です。飛びぬけた専門性が、お客様を魅了しているケースかもしれません。データによる顧客理解と際立った提案をうまくマージしていくことで、商売として成立させるやり方もありますので、顧客理解の方法も多様化していくのではないでしょうか。
林 それはありますね。お客様との信頼はやり取りの中で深まっていくものです。もっと良いものをという循環の中でコミュニティ的なつながりができてきて、商売が成り立っていくと思います。
パルコは不動産業と小売業のハイブリッドな業態です。個々の小売店でそれぞれがお客様と向き合うことも重要ですが、パルコというプラットフォームの上で横断して分析する事で、データも集まりますし顧客理解がさらに進みます。そのうえで共創も生まれてきます。
皆でデータに基づいたヒントを出し合って、もっと顧客理解を深めて、よりよい商品やサービスを提供することで、さらに高いレベルを目指していきたいですね。
髙荷 はい、ぜひそのチャレンジに参加させて頂きたいです。顧客理解の解像度をあげて、新しいサービ創造を競うレースが本格化するなかで、IBMの提供する専門性を越えたオープンデザインやデザイン思考、アジャイル型のサービス開発への期待の高まりを実感しています。今後も次世代のサービスモデルについて議論をご一緒できると嬉しいです。本日はありがとうございました。
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