前回記事(『竹島防衛シナリオ』に透ける文在寅政権の自己肥大)では、文在寅大統領が最後の最後まで使いたい竹島カードについて述べた。

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 文政権が国民の目を竹島にくぎ付けにしたいと気負う背景には、元オランダ大使で東アジア研究者である東郷和彦・京都産業大学教授が、平成24年11月6日に「韓国人にとっての竹島は、日本人にとっての富士山で民族のシンボルになっている」と言及していることが示すように、民族や歴史などを含めた韓国そのものがあることを考えておく必要がありそうだ(参考文献)。

 ただ、筆者が考えるに、そこには合理的な理由が一つしかない。本稿ではそれが何かについて見解を述べてみたい。そうすると、自ずから「竹島防衛」という表現の理由もわかってくるだろう。もちろん、これは筆者の考えなので、読者の皆さんからのご意見・ご批判を喜んで受けるつもりだ。

韓民族が対面してきた北の「大きな中国」と南の「小さな中国」

 朝鮮半島の歴史に出てくる国の中には、中国の威を借りて国家を統治する手法を採用する例が少なくなかった。民族のアイデンティティの一つである名前を中国式に変更したことなどは、その典型例だろう。また、半島内の戦争では、中国との関係を錦の御旗とした国もある。一方、中国では、朝貢国、冊封国など、常に支配される側を意味する表現が朝鮮半島の国として使われてきた。

 これに対して、半島全体ではないものの、南にあった百済や加那、秦韓や幕韓などの国は、対日関係が濃く、しかも多くの場合は良好だった。また、北の高句麗や新羅も含めて日本史に出てくる朝鮮半島の国々は、少なくとも一度は日本と何かしらの関係を持ったことがある。なお、日本史の上では、日本が百済を属国化しようとしていた記録もある。

 つまり、韓民族から見れば、北には政治・経済・軍事の全てにおいて大国である中国の歴代帝国が存在してきたのに対して、南にも、中国と比べれば国土などは小さいものの、朝鮮半島の各国からすれば強固な軍事力を持った大国、つまり「小さな中国」である日本がいたのである。

 前稿で書いたように、このような歴史の下、韓国初代大統領が、李承晩ラインを使って竹島を自国の領土だとできる形を作れたのは、韓国にとっては奇跡だったと言えるのだろう。だからこそ、韓国は、ごつごつした岩でできた程度の竹島を、独島と呼んで、韓国人シンボルとしようとしてきたのである。

 逆を言えば、韓国の行動をここまで放置してきた日本は、結果的に彼らの竹島領有に対する認識の強まりに手を貸したと言えるほどの失敗を犯したのではないかと考えられる。

過去4回の日本による韓国への「侵略」は「進出」だった

 文在寅政権が、「竹島防衛」の発想を持つ背景には、歴史的に日本の進出が続いた歴史と、その裏にある日本に救いを求めた各時代の王朝の存在がある。そして、中国と北朝鮮の脅威が強まる現在、韓国人が再び日本に救いを求めようとする動きを事前に排除しようとする発想があったと考えると、唐突で根拠のない「竹島防衛」の表現を少しは理解しやすくなる。

 日本史の中で朝鮮半島が大きく出てくるのは、(1)5世紀頃の任那の日本府、(2)7世紀の白村江の戦い、(3)豊臣秀吉による朝鮮出兵、(4)日韓併合の4回である。いずれも日本軍朝鮮半島に派遣されている。

 しかし、ここで筆者が「侵略」という言葉を使わずに、「進出」という表現を使うのは、少なくとも表向きは、いずれも朝鮮半島の侵略というための条件が揃っていないためだ。一つずつ見て行こう。

 任那の日本府については、倭の五王の一人である倭王済が451年に宋の武帝から「使持節都督・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事」の称号を受け、478年には倭王武が同じく宋の順帝から「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東大将軍倭王」の称号を受けている。華夷思想の中で、朝鮮半島での地位を中国に承認されていたのだ。

 また、例えば、加那は日本との交流が非常に密だったことを考えれば、任那に日本府を置いたのは、任那に侵略というよりは、友好国に対する支援の方が適切な言葉ではないだろうか。

 661年の最初の派兵に端をなす白村江の戦い(663年)は、よりこの点が明快だ。この時、中大兄皇子は、日本に在住していた百済の王子に日本の冠位を与えており、仮に百済再興に成功すれば、百済が属国となる流れにあった。白村江の戦い自体は唐・新羅連合軍に敗れたものの、当時の日本側の記録で合計4万2000人の日本兵を送ったこと、またその後の太宰府の守りの強化などを見ればこれは単なる朝鮮半島への侵略ではなく、百済支援とともに唐からの防衛の発想もあったことを伺わせる。

 三つめの、秀吉の朝鮮出兵は有名なので、ここで説明する必要はないだろう。敢えて言えば、これだけが「侵略」と呼べるものだろうが、一方で、秀吉の頭の中にあったのは明の征服だったので、明へ攻め上るための道にいた李朝朝鮮が、中立を保っていれば戦にはならなかったという理解も可能である。つまり、日本の立場で考えれば、当時の李朝朝鮮は、自分たちが強いと思った明に味方しただけのことである。

 日韓併合は、その終了が第二次世界大戦の敗北により連合国によって進められたこと、多くの書類が終戦後に償却されたことなどから、過去4回の中で歴史認識が一番難しい。ただ、清国が日清戦争で負けた結果、清国の冊封体制から離れた李朝朝鮮の王朝・政権内には、日露戦争にも勝利した日本に対して依存を高めた一派がおり、それが日韓併合条約にまで進んだ主因だというのは間違いないだろう。このため、日本は李朝朝鮮の皇族を日本の爵位に叙している。

文在寅大統領の妄想の根源にあるもの

 さて、以上の4つの理解に対し、文在寅政権は反対だと反論したいかもしれない。中国の華夷思想からすれば、朝鮮半島は歴史的に中国の支配が及ぶ国で、日本はその外にあり、「中国>朝鮮>日本」という序列があると言われてきた。朝鮮の国にとって日本は目下の国だと考えたいのである。世に言う「小中華思想」だ。

 また、多くの技術は朝鮮半島経由で日本に入ったことを考えれば、朝鮮半島は歴史的に日本の先生でもある。聖徳太子の外交顧問は高句麗人だし、飛鳥寺や斑鳩宮などの建設も朝鮮半島からの技術者を招いて作られた。彼らは日本人が頼りたい知見や技術を持つ優秀な民族なのだ。

 にもかかわらず、日本は、国として歴史的に常に朝鮮半島への進出を行ってきた一方、国家として日本が朝鮮半島に朝貢するなどの経験はなかった。様々な能力を持った優秀な民族である朝鮮民族を日本に招き、同化させるなどの工夫をして、朝鮮民族の血も交えた日本国は、いつの世も強固な国として、朝鮮半島の国と対等か対等以上の外交を続けてきた。

 しかも、この4回の日本による朝鮮半島への進出は、秀吉の朝鮮出兵を除けば、みな同じパターンであることがわかる。朝鮮半島内で内乱などが起き、その一方が日本に支援を頼み、日本なりに情勢を分析して行動したものだったのである。

 1回目と4回目については、それなりの期間は半島進出が成功して日本国朝鮮半島の全部または一部を治める立場となっている。また、2回目も百済復興をかけた戦いを支援したのだが、それ以前から百済の王子が日本に住んでいた事実は、明らかに日本が朝鮮半島に対して優位な立場であったことを物語る。

 このような現実を無視したい文在寅大統領は、華夷思想に頼って日本を見下したい気持ちが強く、歴史上の事実を曲げてしまう妄想を生むのだろう。彼の中国接近外交の理由の一つではないだろうか。

 また、文政権の下で反発する野党などの存在や『反日種族主義』がベストセラー化した庶民感覚を考えると、過去4回の教訓は「5度目への不安」につながるのだろう。それは、文政権の崩壊を意味するからである。

 このため、文政権は先ほどの4点で述べた近代までの日韓史、すなわち歴史が綴られた線で見れば日韓には長い友好関係の時代があったこと、そしてその方が両国にとってプラスであることを理解できない。

竹島を巡り日韓が衝突しないと考える論理的理由

 Japan Timesの記事「Tokyo protests Seoul's reported Takeshima defense plan」を読むと、韓国は「Invade(侵略する)」という単語を使ったらしい。

 これがもし本当だとすると、文在寅政権は国際法を理解しているのかどうか疑問に陥ってしまう。なぜならば、これは竹島で生じると韓国が考える日韓戦争が、日本による「War of Invasion」になるからだ。しかし、竹島は、日本が固有の領土だと主張し、韓国が李承晩ライン以降に実効支配している領土だと主張している論争の対象であり、仮に戦闘行為が起こったとしても未解決の領土問題の延長線以上のものではない。

 国連憲章に照らしてみると、日本の言い分が正しければ、自衛隊の竹島上陸はただの日本領土内での移動程度にしか過ぎない。一方、韓国の言い分が正しければ、韓国は国連憲章第35条に基づいて安全保障理事会にかけ、国連軍とともに自衛隊を迎撃することができる。しかし、韓国はまず平和的解決をすべきだと国連安保理は言うだろう。

 しかも、現在の竹島については、世界の世論はどちら国の領土であるか、時間を割いて論ずるつもりはないだろう。つまり、日本が国際法に照らして国際司法裁判所で決着をつけることを韓国に無視され続けている状況下、安全保障理事会も韓国の提訴を受け入れることは容易ではない、ということだ。

 どちらにおいても、米国は日韓が冷静になるよう呼び掛けるだけで、具体的な軍事行動はとらないだろう。

 では、具体的にどのようなことが起きるのだろうか。

 仮に、自衛隊戦闘機が竹島上空を飛び、護衛艦が竹島に接岸して自衛隊員の上陸を目指すとしよう。これに対して、韓国軍戦闘機と軍艦がこれを止めるために発砲するかもしれない。このイメージがあるから、「竹島防衛」のための訓練という話になったと言える。

 しかし、自衛隊は、憲法9条があるので発砲し返すとしても、威嚇射撃以上のものができないというのが憲法学者の解釈だ。

 これについては、そうではなく反撃できるとする解釈もある。「敵基地攻撃能力」の議論と同じで、日本の領土・領空・領海内にある自衛隊の装備に対して攻撃がなされた場合、直ちに自衛隊は反撃することができるという考え方だ。ただし、韓国軍の現場の指揮官自衛隊の立場を知っているだろうから、自ら発砲を開始することはないと思われる。

 ところが、ここではそのような憲法論議をする必要はない。

 なぜならば、仮に自衛隊が竹島防衛を考えるならば、竹島近海に自衛隊潜水艦を配置し、韓国軍の軍艦を魚雷の射程に収める。韓国はイージス艦を投入するだろうが、これも能力的には日本のイージス艦と互角なので、お互いが先方を攻撃対象にしてミサイル発射ボタンを押すことを待つこととなる。戦闘機も同じで、日本のF35は韓国のF15やF16を上回る性能なので、どちらも攻撃をしないままに睨みあいとなる。

 つまり、自衛隊には戦う前から負けがないのだ。攻撃を開始しない韓国軍にも負けはない。恐らく、睨みあいが暫く続いた後、米国の仲介が入って終了ということになると考えるのが妥当な線だろう。

文在寅政権はもっと国際法の勉強を!

 日本は、自衛隊に対して、積極的または攻撃的な行動と受け取られつつも、実際の兵力を使わない「平和的な」行動を命令すれば良いだけなのである。従って、「竹島侵略」という言葉はあり得ず、せいぜい「竹島侵攻」までなのだ。

 これが、現実に起こることまで想定した国際法上の表現である。文在寅政権には、悪戯に竹島を利用した過激な言動をすることを慎むと同時に、もう少し、国際法を勉強してもらいたいものだ。

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