大変危険な本だ、と思った。

 登山家栗城史多(くりきのぶかず)さんは、「夢の共有」をかかげ、クラウドファンディング等で得た資金でエベレスト登頂への挑戦をテレビインターネットで発信し続けていた。しかし、二〇一八年、八度目の挑戦の際、最難関とされる南西壁ルートからの単独無酸素登頂を目指したが、登頂に成功することなく、下山中に滑落死した。三十五歳だった。

 著者の河野さんは北海道放送ベテランディレクターで、栗城さんを二〇〇八年から二年間、まだ無名の頃に取材していた。だが徐々に覚える「違和感」もあり、次第に彼から遠ざかってしまう。

 河野さんは栗城さんの死を受けて、その「違和感」の正体をさぐりながら、十年ぶりに栗城さんと向き合い、その死の真相を探求する。

「危険な本」と思えた理由は、その内容が、極めて物語としてすぐれているからである。

 端的に言うと私は栗城さんのことを大好きになったのだ。以前から、栗城さんの名は知ってはいた。だが、どうしてもそのビジネス的な匂いが苦手で、好きになれなかった。そして、本書はまさに、栗城さんの死の一因として、彼がとったビジネス的手法のあやうさをあげる。

 また、その是非はさておき、栗城さんが昔交際を申しこんだ女性から、心の拠り所としていた占い師までプライベートにかなり肉薄する。

なぜ私は栗城さんのことが大好きになったのか

 栗城さんの内面に迫ろうとする、著者の鬼気迫るほどの執念が垣間みえた。

 その取材によって明らかになるのは、どちらかというと栗城さんの欠点や不完全さだ。ともすると、死者への批判と非難をあびる可能性さえあるほどに。それにもかかわらず私は栗城さんのことが大好きになっていたのだ。一体なぜなのか。

 本書には、著者から栗城さんへの、父の様な優しさを、あるいは同じ会社の先輩から後輩への眼差しの様なものを感じた。自身の挑戦を「ショー」として発信し、登山資金を集める栗城さんは紛れもなく「演出家」であった。だが同じく「演出家」で、より多くの経験をしてきた著者に言わせれば、栗城さんはまだまだ演出家として未熟だった。フェイクでない自身の弱みを描き切れていなかったからだ。著者は取材過程で栗城さんの「演出」にかかわる致命的な欠陥を発見する。ちゃんとした演出家さえついていれば彼は死ななかった。著者はそういう。

 本書は全体を通して、栗城さんの死の原因を探るノンフィクションに思えて、その実、演出とはこうあるべきだ、という著者の理想を示そうとした書としても読める。もっといえば、一度は彼の人生に関わりながら、最後まで向きあえなかった事を悔い、詫びる鎮魂の書にも思えた。

こうのさとし1963年愛媛県生まれ。87年に北海道放送入社。ディレクターとして、ドキュメンタリードラマ、情報番組などを制作。本作で第18回開高健ノンフィクション賞を受賞。

たかはしひろき/2005年テレビ東京に入社。プロデューサーとして、『家、ついて行ってイイですか?』などの番組を制作。

(高橋 弘樹/週刊文春 2021年3月4日号)

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野啓 著) 集英社