TBS系ドラマ「この恋あたためますか」で、主人公・樹木を演じた森七菜。“恋あた”と親しまれた本作で、森は連続ドラマ初主演ながらドラマアカデミー賞の主演女優賞を初受賞した。そんな彼女は、初主演の中で何を感じ、演じぬいてきたのだろうか。

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■正直「できない!」と思ってしまったことも…

――連続ドラマ初主演で、主演女優賞を初受賞されました。まずはそのご感想を教えてください。

“恋あた”の話が決まったときは、まさかの主演で驚きましたし、そこで自分の演技が伝わるかも不安でした。なので、こうやって賞を頂けるとは夢にも思っていませんでした。監督さんや共演の中村倫也さんが優しい言葉を掛けてくださって、精神面でも体力面でも助けてもらいました。

ドラマに出てきたスイーツにも助けてもらって…。シュークリームリンゴのプリンなど食べると元気が出たし、次の週に出てくるスイーツを楽しみにしていました。「甘いものは人を幸せにします」というのがドラマのキャッチコピーですが、そのことを実感したからこそ、皆さんにも伝えたいと思いました。私自身、甘いものはこのドラマでより好きになりましたね。コンビニに入ると、まず最初に目指すコーナーがスイーツ売り場です(笑)。

――映画や、連続テレビ小説「エール」(2020年、NHK総合ほか)などさまざまな作品に出演されてきた森さん。今回、主演として不安だったことはありますか?

主演はドラマの顔なので、まず「私のことを覚えてもらえるかな」ということ。私を知らない人がすごく多いわけで、どこか印象に残る芝居をしなければ…という意識はありました。共演の中村さんはすごい役者さんで、頼りたい気持ちもあるけれど、やっぱり自立していたい。そういう葛藤を抱えていましたね。

――樹木(きき)は、アイドルとして挫折したものの、スイーツ作りの才能を発揮するという、振り幅のある役でした。演じてみていかがでしたか?

樹木を演じるのは楽しかったです。(樹木という役柄は)天井や底がないから、自分の中で決めたりもったいぶったりすると、樹木が死んでしまう。「次の作品のために自分のこういう面は取っておきたい」とか考えずに、自分の引き出しを全部開け、持っている全てを使い果たしました。ちょっとユニークなセリフもあるので、どれだけ自分で膨らませて言葉にできるのかという課題も…。でも、浅羽社長役の中村さん、“まこっちゃん”役の仲野太賀さんとアドリブで会話していると、自分の中でも樹木の人物像が膨らんでいきました。

――課題を突き詰める日々だったのですね。この作品は全10話でしたが、どのあたりからご自身の演技に自信が持てるようになったのでしょうか。

撮影初日は本当にダメで…、正直「できない!」と思ってしまったことも。実際に演じてみて、樹木の“無限大さ”におじけづいてしまいました。自分で自分に期待していた分、落胆して、すごく泣いたんですよ。そのとき、監督が「樹木はあなたのものだし、このドラマは主演作なんだから堂々としていなさい」と言ってくださって。その言葉に納得して、徐々にリラックスして演じられるようになりました。

樹木が初めてスイーツ作りを仕事にし、試作品を作ったけれど商品化されずに落ち込むシーンでは、初主演の私も実際にダメだと感じていたので、自分と重ねながら演じていきました。

■森自身は「恋愛に熱くなるタイプではないと思います」

――第5話で、浅羽が解任されて車で去っていく際、樹木が「好きなの!」と叫ぶ場面も印象的でした。

あの場面は、めちゃくちゃ大変でした(笑)。車を使う大掛かりな撮影だった上に、気持ちの負担も大きかったし、とてつもなく長い時間に思えました。でも、とっさに「好きなの」と言っちゃうほどの気持ちを保てる、それだけの思い入れは既にありました。

第5話では、もう自分がかなり樹木に寄っていました。めちゃくちゃスイーツを食べて、自然にあぐらをかいちゃうような(笑)。私は、自分から「好き」と言えるタイプではないけれど、その時は樹木に似てきていたので「今、恋しちゃったらやばいだろうな」と無駄な心配もしました(笑)。

――樹木と森さんの恋愛観は元々違うタイプなのですね。

樹木は、あれで意外と“彼氏が途絶えない”子(笑)。私も小中学校の頃は好きな子がいて、小学校のときは1年に1回ぐらい好きな人が替わっていましたけれど(笑)、恋愛に熱くなるタイプではないと思います。樹木のように衝動的に告白したり、好きな人のことを思って涙したりということは、今のところありません。

――そんな森さんから見て、樹木の社長に対する気持ちはどんなものでしたか?

やっぱり特別なものですよね。ある程度は恋愛してきた樹木の中でも、前例のないぐらい。出会ったときから格別な…その特別な感じは、中村さんの醸し出す空気感が、自然にそう思わせてくれました。

――中村さん演じる社長も、SNSなどで注目を集めていました。

前半はクールだったからこそ、後半になって樹木と社長のもつれた関係がほどけてきたり、社長がコンビニでバイトするところに、皆さんが親近感を持ってくれたのではと思います。

中村さんが笑わせに来るときは、すごく面白かったですね。特に第7話、古い家のトイレを借りて電気が消えてしまい、お化け屋敷のような状態に二人でビビるシーン。「一緒にお芝居して楽しい!」と思いました。中村さんは、台本の部分が終わっても演技を続けるんですよ、笑わそうとして。私は笑いをこらえるのではなく、樹木として素直に笑っていました。だって、楽しいものは楽しい。その感覚は徹底していたので、アドリブのやり取りがそのままOAされたところもあります。その部分は、ぜひBlu-ray&DVDの特典映像を見てください!(笑)

中村倫也の表情に「樹木を通して思わずドキッっと」

――最終回、樹木に告白した新谷(仲野太賀)に「ごめんなさい」「(好きになってくれて)ありがとう」と言う場面は、樹木の表情がとても切なかったです。

台本には「泣く」と書いてなかったけれど、二人ともどうしても涙が出ちゃいました。太賀さんとはこれで3度目の共演でしたが、ちゃんと話したことはなくて、このドラマでやっと話すようになって。“まこっちゃん”との距離感は、太賀さんだからこそできたものでした。樹木と“まこっちゃん”の関係に思い入れが強すぎて、演技しながらいろんな気持ちが押し寄せてきました。そのあと社長と結ばれるんだけど、それが想像できないぐらいに…。

いつもその場に生まれたものを大事にしたいと思っているので、あの場面ではそれができたかなと思うとうれしい。イチョウ並木の見えるカフェでの撮影でしたが、大事なセリフを言ったとき、バーっと風が吹いてイチョウの木が揺れたり葉が散ったりしたんですよ。それがまた雰囲気を作ってくれて、全てが味方してくれたシーンだったなと思います。カットがかかると、監督も泣いていて、「今まで見た中で最高の『ありがとう』だったよ」と言ってくれました。

――樹木が、社長と新谷の間で揺れる姿に、視聴者はときめいていました。実際に演じた森さん自身はどんな気持ちでしたか?

なんと言っても“火曜10時枠”。「私はこんな素敵な恋は一生しないだろうな」と思いながら、だからこそ大事に演じていました。恋という恋をしたことがないので、演じられるのか不安ではあったけれど、好きな人が自分を好きでいてくれるって本当に奇跡だなと。樹木は最終話まで報われない状態だったからこそ、社長が自分を好きなんだという表情を真正面で見たときは、樹木を通して思わずドキッっとしました。好きな人に好かれるってこんなにうれしいことなんだと、人生で初めて体験させてもらいました。

――“恋あた”主演を通して得たものはありますか?

物怖じしなくなったかもしれません。初主演というすごく高いハードルを越え、心折れずにやりきった実感があります。撮影初日は緊張しましたが、その後はリラックスして思い切り演技して、「それで良かったでしょ」と自分に言い聞かせるというか。主演としていろんな人と会ったり、いろんな人のお芝居を受けて自分の心が変わったり、すごく楽しい経験でした。次のステップとしては、もっと頼りがいのある主演キャストになりたいと思います。

(取材・文=小田慶子)

ドラマアカデミー賞主演女優賞を受賞した森七菜/撮影=石塚雅人