クラシックファッション界の巨匠、赤峰幸生さんに若者たちはなぜ惹かれるのか?

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文=中野香織

ファッション誌を読まなくなった20代の「お手本」は?

 ファッション雑誌が売れないと言われてずいぶん経つ。世の中全体、とりわけ若い人がファッションにさほど重きを置かなくなっているのだという言説も流通している。

 一部ではそうかもしれない。実際、悲しいことにアパレル不況を伝えるニュースには事欠かない。

 しかし、若い人たちすべてがファッションに興味がなくなっているかといえば、そうでもない。セコンドハンドやヴィンテージを扱う下北沢の賑わいは何なのだ。新しい服よりもむしろ、古い服に熱中している若い人が増えているのではないか。実際、おしゃれだな、と思った学生や美容師らに服のブランド名を聞くと、「古着なんです」という答えが返ってくることが増えた。

 ファッション雑誌は広告主ありきなので、広告主が売りたい新商品ばかりを掲載する。見込み読者が「新しい」服飾品に興味がなければ、当然、彼らが雑誌を買うこともない、というわけである。

 「新しい服」に興味が薄れた若い人たちがファッション誌を必要としなくなったとすれば、着こなしのお手本は誰なのだろうか? インスタグラマー? ファッション業界人や同世代のタレント? あるいは自分流? 

 お手本がいない場合もあれば、いたとしても「友人」や「ショップ店主」など彼らの答えは多様なのだが、しばらく調査を続けるうちに、当初、予想もつかなかった意外な人物が浮上してきた。

赤峰幸生さん(77)である。

クラシックファッションのマエストロ

 メンズクラシックスタイルの領域においては、すでに「巨匠」として、日本のみならず、イタリアでも一目おかれている服飾文化研究家である。数々のメンズブランドの企画を手掛け、現在は「インコントロ」代表として、神奈川県の梶が谷にある自身のオフィスめだか荘」で、オーダースーツのビジネスも手掛けている。

 そのようなキャリアをもつ専門家であるから、当然、クラシックスーツの着こなしの模範を見せてくれる。

 とはいえ、赤峰さんは77歳である。年齢で人を判断するつもりは毛頭ないが、20代の男子にとっては、年齢的に祖父のような存在であることには違いない。だが、めだか荘には、赤峰さんから教えを乞うために20代、30代の「弟子」が何人も出入りするのだ。ちなみに、インスタグラムのフォロワーは3万4千人。スーツスタイルのバリエーションを纏う赤峰さん自身の写真が投稿されるだけだが、若い男性が熱心に追っている。

 毎日自身の着こなしを掲載しているインスタグラム。そのフォロワー数は驚きの3万4000人!
〝アカミネロイヤルライン〟と〝アカミネ クラス スポーツ〟のオーダー会を、「阪急メンズ東京(3月6~7日)」と「博多阪急(3月20~21日)」にて開催予定。詳細はインコントロ(Tel 044-871-5330)にお問い合わせを。

 失礼を承知で、平たく表現することをお許しいただければ、「20代のおしゃれの先生は、77歳のおじいちゃん」なのである。決して大きなブームではなく、ささやかな現象かもしれないが、確実に熱をもった一つのムーブメントが起きているといっていい。この不思議な現象の背後にあるものを探るべく、お弟子さんのなかから3人、そして赤峰さんご本人に、それぞれ話を伺った。

 話を伺う中で、赤峰さんとお弟子さんとの関係そのものが、たんに「おしゃれの師弟」関係にとどまらないことに気づいた。彼らの師弟関係はどこかノスタルジックでありながらも、その関係を通して、現代日本の問題点や、これからの社会に必要な心の持ち方まで考えさせられたのである。

 そこで前編では、若きお弟子さん3人がどのような思いで何を師匠から学びとっているのかをまずは紹介する。後編では、彼らの師弟関係から読み取れる現代日本の問題や、これからの社会を築いていくための姿勢について、考え、整理したことを書いてみたい。

 

高原健太郎(21)の場合: 服を着る必然的な背景を身に着け、マインドをまねたい

 「めだか荘」に行くと、高原健太郎さん(21)が出迎え、コートを預かり、お茶を入れてくれる。礼儀正しい、長身の好青年である。「インコントロ」の社員でもあるけれどむしろ赤峰さんの弟子という立ち位置でアシスタントを務めている。「めだか荘」ではゲストの応対やイベントのお手伝いなどをしている。

 高原さんがファッションに目覚めたきっかけは、中1か中2の時。同級生から「ダサくない?」と言われショックを受けたことが転機となった。ユニクロ、ギャップを買い、着回しを工夫した。高1,高2で神戸のヴィンテージショップとの出会いがあり、古着の楽しさ、かっこよさに目覚めていった。

 古着体験を通じてスーツスタイルをもっと学びたいと思ったが、メディアに露出する業界人のスタイルには違和感があった。服は文脈と社会性を伴うべきだと思っているのに、なんだか「ちゃらい」ように見えた。高原さんが「ダサい」と思うのは、必然的な背景もなしにポーズだけつける「ポーザー」である。スケートボードもしないのにボーダースタイルとか丘サーファーとか。スーツスタイルにしても、スーツ誌から飛び出したようなコスプレになるのはご免である。自分の背景と時代に合った装いをしたい。そんな矢先に赤峰さんが出演する動画に出会った。「この人、かっこいいな」と注目するようになり、門戸を叩くに至る。

 赤峰さんとほぼ家族のように接するなかで、弟子が主に学ぶことは、礼儀作法、言葉遣い、日本の古くからの慣習といった、衣食住の基本である。スーツの着こなしの話はむしろ少ない。服装に関わる教えといえば、色合わせのことくらい。それも、散歩しながら自然の色彩から学んだり、ミルクティを飲みながらベージュの色加減について学んだりと、日常生活の延長上に生まれる営みである。日々、時間をともに過ごしながら、日本人としての生活や歴史を知り、そこから必然的に生まれる装いのルールや美意識を学び取っていくわけである。

 クラシックなスーツスタイルへの関心を入り口に、歴史を含む衣食住の基本の学習へ。懐古趣味なのかといえば、そうではない。彼が聞く音楽はUKミュージックテクノ、ブラックなど。むしろ新しいもので、クラシック音楽も昭和歌謡も聞かない。ただシンプルに赤峰さんのスタイルが時代に合っていてかっこいいと思い、赤峰ワールドに引き込まれているのだ。「赤峰さんは白い服にコーヒーをこぼしても、しかたがないねと動じず着ている。そのマインドをまねたい」と彼は言う。

森本彪雅(ひょうが)(24)の場合:日本人としての生活の基本と考え方の軸を、娘に伝えられる父親でありたい

 次に話を伺ったのは、森本彪雅(ひょうが)さん(24)である。

 仕事はITビジネス。赤峰さんが出演する動画を見たのが、スーツに対する興味が生まれたきっかけである。それまではただスーツは作業着だと思っていた。ところが、「めだか荘」を訪れて赤峰さんに出会い、オーダースーツを作ると、考えが変わった。スーツは奥深い文化をもつ、嗜好品に近い服だとわかった。同時に、赤峰さんの該博な知識や衣食住の「厚み」に感動し、服を作るという目的以外でも訪れるようになる。岡山ではトランクショーのお手伝いをしたこともある。

 森本さんが、赤峰さんのスタンスで惹かれるのは、衣食住があるなかの服という考え方である。そこを出発点として、日本人としてどのように生きていくのかを考えさせられている。「めだか荘」を訪れても、服の話はあまりしない。暮らしの中の基礎を学びに来ている。あいさつからテーブルマナーまで。表面的な振る舞い方ではなく、その奥にある意味を赤峰さんは教えてくれる。一緒に食べることを通して、日本人として知っておかねばならない風習までも学べる。

 森本さんは一歳の娘をもつ父親でもある。日本人としてどのように生きていくかという課題は、一歳の娘に何を教えられるかということとつながっている。当たり前のことをしっかり教えられる親になりたい。娘にはプライドをもつ生き方をしてほしい。娘が二十歳になったときに、自分の軸でモノを選べるようになっていてほしい。赤峰さんとの会話は、娘の将来を見据える父親としての自分の軸を作る機会にもなっている。

 ITビジネスという時代の最前線で仕事をする森本さんが、今、切実に大切だと思っていることは、マネージメントだとか英語だとかいう「ビジネススキル」ではない。むしろ、社会の持続的な幸せのために、ひとりひとりが内側に目を向けることが大切だと信じるようになった。赤峰さんは、内側に目を向けることを促してくれた。

 

高橋義明(39)の場合: 服ではなく、生き方の勉強をしている

 最後にお話を伺ったのは、高橋義明さん(39)である。

 彼は6年前、あるポロシャツを探していた。どこを探しても見つからなかったのだが、ついにたどり着いたのが、赤峰さんだった。初めて「めだか荘」を訪れ、赤峰さんにお会いして、かっこいい大人だなあと衝撃を受けた。

 「めだか荘」ではスーツも作るようになったが、赤峰さんと同じ生地、同じ型で作っても、同じようにかっこよくなるわけではない。内面、暮らし方、食べるもの、といった日々の生活がかっこよさの基盤であることを高橋さんは学んだ。そんな「内側」からにじみ出るかっこよさは、年を取るほどはっきりと差が出てくる。生活トータルで底上げしないと、見え透いてくることを知った。ファッション誌の情報を表層だけまねても空回りすることがあるのは、そのあたりを欠いているためだ。

 子供は7歳と5歳。赤峰さんとは家族ぐるみのつきあいで、子供に対してもフランクだけれど、厳しくすべきときは厳しいことを言ってくれる。信頼関係があるからこそできることだと思っている。子供には筋の通った生き方をしてほしい。数字にとらわれるのではなく、質のいいもの、悪いものを見極められる目をもってほしい。

 高橋さんはジュエリーの仕事をしている。「赤峰マインド」は仕事の接客にも生きている。押し売りはしない。心から良いと思うものをお勧めする。お客様にとって不要と思えば、率直にそのように伝える。ダメなものはダメときちんと伝えることで、信頼関係が生まれるということは、赤峰さんから学んだ。

高橋さんは、赤峰さんの魅力として視線を挙げた。「赤峰さんは、まっすぐに見抜く。計算するような視線ではなく、そらすことなく、まっすぐ見る。深く見ようという意識がある」。そのように語る高橋さんも、まっすぐなまなざしを向ける強い目力の持ち主である。

 「めだか荘」では、服の勉強というよりも、生き方の勉強をしている。

 

赤峰幸生さん(77):生き方とファッションの「楷書」を伝えたい

 このように若い人から人気がある理由をどのように考えていらっしゃいますか? という不躾な質問に対し、赤峰さん本人は3つの理由を挙げてくれた。

 まず、生き方がローテクであること。今の20代は、生まれたときからハイテクに囲まれている。だから自分のローテクなあり方が新鮮に映るのではないか。

 2つ目として、「叱られたい」願望。現代では親が子供を厳しくしつけることが少なくなっている。あまり親から叱られてこなかった子は、社会に出たときに自分の振る舞いに自信がもてない。知っておくべきこと、やってはいけないことをきっちりと教えてくれる存在がほしいのではないか。

 3つ目として、「じいさん」としての立ち位置。核家族で育った若者には、父親ではなく「じいさん」なら話せるということがたくさんあるのではないか。

 謙遜しながらも客観的な分析をしてくださった赤峰さんの言葉には、確かにその通りと納得する。

 しかし、世の中には「キャリアのある、叱ってくれるローテクなじいさん」は大勢いるのだ。同じ77歳でも、こうして20代30代から慕われ、弟子志願者がひきもきらない77歳と、若者から疎まれ避けられてしまう77歳がいるのはどういうことだろう。

 77歳の赤峰幸生さんが20代のスタイルアイコンとなりえているばかりか、生き方そのものの師匠として慕われている一風変わった現象の理由は何なのか。

 赤峰現象の理由を挙げながら、彼らの師弟関係は現代日本社会のどのような側面を映し出すのか、日本社会にいかなるインパクトをもたらしうるのか、その意味と展望を、時代背景を考慮に入れつつ、後編でじっくり考えてみたい。

おしゃれの先生は77歳(後編)

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1944年東京都生まれ。1960年代から様々なメンズブランドの企画を手がけ、1990年に自身の会社「インコントロ」を設立。現在はオーダースーツのブランド〝アカミネロイヤルライン〟を運営するほか、様々なアパレル企業のコンサルティングを手がけている。通称「マエストロ赤峰」。撮影はすべて山下英介