森友学園との土地取引を巡り、公文書書き換えを上司に強制されたことを苦に自ら命を絶った財務省近畿財務局の元職員・赤木俊夫さん(享年54)。2018年3月7日の命日から、もうすぐ3年が経つ。妻の赤木雅子さん(49)は夫の死から71日後の2018年5月17日から、日々の心の動き、俊夫さんへの募る愛慕の情と深まる哀惜の念、そして何度となく襲ってくる底知れぬ絶望を丹念に綴っていた。今回、赤木雅子さんは事件を風化させぬため、日記を相澤冬樹氏(大阪日日新聞記者)に託し、3年という節目での公開に踏み切った。

 その中には例えばこんな記述がある。

〈今迄としくんに頼りきっていたね。私は今もまだ依存している。としくん、としくんの死んだこと、苦しみ悲しみに、早く自立しないと。明るく楽しくが私のモットーだからね。としくんに元気になった姿を見せたい。

 もう少し涙、いやもーっと先まで涙はとまらないと思うけど。としくんが早くいい所にいけるよう、心おだやかにいられるように頑張るよ〉(5月17日

 俊夫さんは多趣味な人だった。春、窓の外に来るうぐいすの鳴き声を愛で、初鳴きを毎年手帳に書きとめていた。車も好きで愛車はスバルのR1。夫婦で近くの六甲山までよくドライブしたという。

毎年寄付をしていた俊夫さん

〈としくん、やっぱりすごく会いたいよ。大好きなうぐいすが朝から鳴いているよ。一緒にいたいよ。死んだら一緒にいられるのかな〉(5月18日

 俊夫さんは「社会貢献」が口癖で、東日本大震災の遺児育英資金「もも・かき育英会」に毎年寄付していた。その遺志を継ぎたいと思った雅子さんはこう書いている。

〈どこかに寄付していく。私はとても幸せに楽観的に生きるんだー。もう(俊夫さんは)いないんだから〉(6月2日

 3月4日(木)発売の「週刊文春」では、赤木雅子さんの日記を、相澤氏の解説付きで、6ページにわたって詳報する。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年3月11日号)

赤木俊夫さん