(北村 淳:軍事社会学者)

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 中国が海警局の任務を明確化した海警法を施行して、ますます日中尖閣領有権紛争で攻勢に出始めた(本コラム、2021年1月28日これで日本が何もしなければ『尖閣はもう終わりだ』」参照)。

 それに対して日本政府当局者たちは自民党国防部会において、「尖閣諸島に接近上陸を企てる中国巡視船に、海上保安庁巡視船は危害射撃を加えることができる」と声明したという。

海上法執行機関の兵器使用に関する国際的な常識

 アメリカの沿岸警備隊は軍隊としての性格が強いが、国防総省ではなく国土安全保障省の管轄下に置かれている。国によって違いはあるものの、通常、海上法執行機関の軍事的位置づけは、戦時でない場合、基本的にアメリカ同様に法執行機関として位置づけられている。

 アメリカ沿岸警備隊と同じく、というよりも、それ以上に第2海軍としての性格が強い中国海警局も、中国人民解放軍ではなく中国武装警察部隊の一部隊である。そのため中国海警局は国際的には海上法執行機関と位置づけられており、巡視船の船体もアメリカ沿岸警備隊巡視船と同様に海上法執行船の塗装が施されている。

 国際常識的には、海上法執行機関の巡視船は、外国軍艦と戦闘を交えてまで任務を遂行することを原則とはしていない。そのため、軍艦に装備されるような強力な兵器(対艦ミサイルや強力な127ミリ砲など)は通常装備されていない。

 アメリカ沿岸警備隊と中国海警局巡視船には、多くの海軍艦艇で装備されている機関砲(76ミリ速射砲)が装備されているものも存在する。だが、巡視船が外国巡視船と対決する場合に、積載してある機関砲や機銃などを先制的に使用することは躊躇する。巡視船巡視船の武力衝突が国家間武力紛争に発展した場合、発砲した側が先制軍事攻撃を仕掛けたとみなされてしまうからだ。

 そのため、巡視船が相手の巡視船を実力で制圧する場合には、相手の舷側(船の側面)に自らの舷側を衝突させて進路を遮ったり、ダメージを与えるように衝突するといった、体当たり戦法を用いるのが原則だ。

 要するに、海上法執行機関の巡視船は、外国軍艦はもちろんのこと外国公船に対して、積載している兵器を原則的には先制的に用いないことが、国際的には暗黙の常識となっているのである。

慣例的原則を覆した中国と日本の対抗措置

 しかしながら、このほどそのような慣例的原則を法律によって覆したのが中国海警法だ。

 中国海警法21条では、中国法に違反した外国軍艦や巡視船などの外国公船に対しても中国海警局が取り締まりを実施する旨を規定している。そして同法22条ならびに海警法第6章(46~51条)では、中国の国家主権が踏みにじられている場合には、外国船舶(軍艦、巡視船などの公船、漁船や商船などの民間船を問わず)に対して兵器の使用を含めてあらゆる手段を用いて取り締まりを実施する旨が規定されている。

 一方、日本では、海上保安庁法第20条第2項で海上保安庁巡視船は外国軍艦や巡視船などの公船に対しての武器使用は行わないことを規定している。

 ところが2月25日、日本政府当局は、海上保安庁第20条第1項に規定がある警察官職務執行法第7条を援用することによって、海上保安庁尖閣諸島に接近・上陸を図る中国公船に対して武器の使用、それも「危害射撃」を実施することが可能であると表明した。

 すなわち、尖閣諸島に接近し上陸を企てていると考えられる中国海警局巡視船は、「死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁固にあたる凶悪な犯罪」を犯しているとみなすことによって、威嚇射撃や警告射撃ではなく危害射撃すなわち巡視船を撃破したり、巡視船乗組員を殺傷するために機関砲や機銃によって攻撃を加えることができるというのだ。

中国による報復戦争の引き金に

 このような日本巡視船による中国巡視船に対する武器使用可能性の表明は、海警法施行によってますます尖閣諸島領有紛争での対日攻勢を強化しつつある中国側に対して「管政権が毅然たる姿勢を示した」などと評する向きもある。

 だが現実的な対応としては全くの見当違いといわざるを得ない。

 中国政府が尖閣諸島を自国の領土であると主張している以上、“中国領”に接近する海警局巡視船に対して海上保安庁巡視船が退去警告を発しても中国側が無視するのは当たり前である。その海警局巡視船海上保安庁巡視船が危害射撃を実施したならば、日本側が先制攻撃を仕掛けたことになる。たとえ軍艦からの射撃でなくとも日本公船から中国公船に先制的に武力攻撃を仕掛けたのであるから、中国側に軍事反撃の口実を与えてしまうことになるのだ。

 その結果、日本政府が東シナ海に関する中国側の要求を承認するまで中国人民解放軍宮古島を保障占領する、あるいは日本政府に“教訓を与える”ために日本各地の原発への通常弾頭搭載弾道ミサイルを撃ち込む、などといった中国軍による“自衛反撃戦争”の直接の引き金になりかねない。

 そして、日本側の先制攻撃引き金となった日中軍事衝突である以上、アメリカ政府が日米安全保障条約を適用して日本を支援する可能性はゼロに近い。

 核戦力を除いた海洋戦力における日中軍事バランスの現状は、中国軍自衛隊を圧倒しているのは一目瞭然である。アメリカ軍の本格的加勢がなければ日本に勝ち目がないことは、日本政府当局者ならば熟知しているはずだ。

 現時点で日本政府が尖閣諸島の領有権を維持するには、実効性が期待できない無謀な強がりを口にしたり“やっている感”を演出することではなく、かねてより本コラムでも繰り返し指摘しているように、(1)目に見える形での実効支配態勢を直ちに開始すること、(2)尖閣諸島を含めた先島諸島および南西諸島島嶼線での接近阻止態勢を可及的速やかに確立すること、が必要不可欠である。

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中国海警局巡視船(左)とアメリカ沿岸警備隊巡視船(出所:米海軍)