JR西日本神戸線元町駅神戸市中央区)で2月26日人身事故が発生した。神戸新聞NEXTによると、ホームから男性が飛び込み、通過中の新快速電車のフロント部分に衝突して死亡したという。

その際、飛び込んだ男性の体が、先頭車両のフロントガラスと運転室後部の窓ガラスを突き破って車内まで入り、乗客が巻き込まれてケガを負った。このうち、運転室近くにいた男性は左腕骨折の重傷。このほか体調不良を訴える人もいたという。

電車の人身事故では、ホームにいた客が巻き込まれるというケースはときおり発生しているが、今回のように飛び込まれた電車内の乗客がケガを負うというのはあまり聞かない。この場合の責任はどうなるのだろうか。鉄道事情にくわしい甲本晃啓弁護士に聞いた。

●事故を起こした本人や遺族に損害賠償請求できるが…

——鉄道事故が発生してケガした場合などの責任はどうなりますか。

ケガを負った乗客は、基本的には、鉄道事故を起こした本人に対して、損害賠償を請求できます。加害者である本人が亡くなってしまった場合は、その損害賠償義務を相続した遺族に対して請求することができます。

現場に居合わせて悲惨な事故を目撃して、大きな精神的ダメージを受けたりした場合も同様です。

しかし、本人の遺族が相続放棄した場合、法律上は加害者側へ請求できないため、被害者の「泣き寝入り」になってしまうこともあります。

——鉄道会社に責任をとってもらうことはできないのでしょうか。

鉄道会社が責任を負うのは、一般には、鉄道車両やシステム自体が通常備えておくべき水準の安全性を欠いている場合です。今回のケースは、偶発的な外力による事故ですので、鉄道会社に責任があるとは言いがたいでしょう。

ただし、今回のようなケースでは、乗客が列車乗車中に事故に巻き込まれて被害に遭っているため、遺族が支払えないとしても、鉄道会社が加入する損害賠償保険で補償される可能性があります。

——今回はフロントガラスや窓ガラスを突き破ったようですが、ガラスの強度等についてはどう考えればよいのでしょうか。

鉄道車両の事故安全に対する考え方は、車体そのものが障害物との衝突に耐えうる構造であることに重きが置かれています。一方で、ガラス部分は、非常時には割って脱出する経路ともなるため、必要なときに割れなくてはなりません。

鉄道車両のガラスの強度は特に公表されていませんが、ガラスの耐衝撃性能には物理的な限界があります。2017年4月に発生した東武鉄道の東武練馬駅の事故では、飛び込んだ人がガラスを突き破ったものの助かったようです。あくまでも一例としてみると、強度としてはそれほど高いものが採用されているわけではないようです。

ガラスについて、法的に備えるべき安全性の水準という点では、鉄道会社はガラスが割れても破片が鋭利にならないようなものを採用するという配慮が必要でしょう。

しかし、今回のようなケースについてまで考慮して、割れないガラスを設置しなければならないという義務があるとは言い難いと思います。

●過去の事例からみる今回の特殊性

——単にガラスの強度を上げればよいという問題ではないということですね。

過去の事例をみますと、2013年6月に阪神電鉄・大石駅で列車に飛び込んだ人がガラスを突き破って乗務員室へ入ってしまう事故がありました。また、2017年4月には前述の東武練馬駅で、2020年3月には京浜急行電鉄神奈川駅で同様の事故がありました。

一般的に乗務員室の運転台(運転席)は進行方向の「左側」に寄っており、運転士を取り囲むように、やや高い位置に運転台の機器が配置されています。

3つの事故はいずれも、運転士のいる左側に人が飛び込んだものでした。おそらく運転台などの障害物で衝撃が弱まったことが考えられますが、逆に運転手も巻き添えでケガをする事例が多くありました。

——運転手が被害にあうケースもあるのですね。

今回のケースで人が飛び込んだ位置は、進行方向の「右側」でした。運転台のような障害物がなく、飛び込んだ人の衝撃が弱まることなく、乗務員室を突っ切って客室との間仕切りのガラスも突き破ったものと想像されます。

報道写真を見ると、事故車両は「JR西日本223系2000番台」のようですが、この車両は客室との間仕切りには開放感がある大型の窓が設置されています。乗務員室スペースも狭く、いくつかの要因が重なって今回の事故になったと思われます。

●乗員・乗客の被害を防ぐためのキーポイントは「乗務員室の構造」

——たしかに車両の構造によって、事故発生時の状況も変わりそうです。

今回と先ほど紹介の3件の事故に関係した鉄道車両は、伝統的な乗務員室の構造をもつ通勤電車でした。客室とほぼ同じ高さに運転台が設置されて、前面窓から客室までの距離も短く、乗務員室のスペースが決して広くないという構造の車両です。

この構造は、車内の開放感があって、鉄道ファンとしては「かぶりつき」(最前列)で前面展望を楽しむには最適なのです。しかし、乗客や乗員の安全性をもっと高めるという観点から、近年はこれとは異なる構造を採用する会社も出てきています。

たとえば、JR東日本では、1992年に踏切内で過積載の大型ダンプカーに列車が衝突して運転士が亡くなるという痛ましい経験もあり、事故から運転士を守ることができる構造として、早くから乗務員室の構造を改良してきました。

その事故の後に開発された車両(E217系以降)では、乗務員室の空間をより広くとり、全体をクラッシャブル構造(あえて一部分を潰れやすくして衝突のエネルギーを吸収し、乗員・乗客を守る構造)とし、運転台も高い位置を採用される例が多くなっています。

ただし、私たちが利用する客室側が少し狭くなるというデメリットがあります。東海道線横須賀線の車両の運転台付近のドア間隔が通常より狭くなっているのは、このためです。

——利便性も無視できませんが、安全性はとても大事ですね。

このような乗務員室の構造は、今回のような事故の対策にも有効だと思います。実際、この構造を採用する車両で乗務員室に人が飛び込んできたという話は聞きません。

高い運転台にあわせて前面窓も高い位置にありますので、今回のように人がぶつかっても乗務員室内へ入り込む可能性がそもそも低く、さらに乗務員室内のスペースも広いので、仮に飛び込んだとしても客室まで被害がおよぶ可能性はより低いと思います。

●安全性は時間をかけて高められていく

——鉄道会社はどこまで安全性を追求すればよいのでしょうか。

法的に要求される水準を超えてどこまで安全対策を進めるかは、鉄道会社に任せられています。

車両の構造は簡単に変更できるものではなく、各社とも新型車両への置き換えの際に順次設計変更で対応することになるのが一般的です。しかし、これには何十年もの時間がかかります。

現在、多くの鉄道会社では、ホームドアを設置したり、踏切を解消したりして、線路内への侵入を排除するという方法で、システム全体の安全性を高める対策を進めており、今後、この対策が進めば、今回のような事故も減っていくと思います。

先ほど述べたとおり、今回の事故について鉄道会社に責任はありません。一つ一つの事故は不幸なものですが、それを将来の安全対策に繋げていくことが大切なのではないでしょうか。

【取材協力弁護士】
甲本 晃啓(こうもと・あきひろ)弁護士
東京・日本橋兜町に事務所を構える弁護士・弁理士。東京大学大学院出身。著作権と商標に明るく、専門は知的財産とIT法。鉄道模型メーカーをはじめ多くの企業で法律顧問を務め、鉄道にも造詣が深い。個人向けサービスとしてネット名誉毀損「加害者」の弁護に特化したサイト「名誉毀損ドットコム」(http://meiyo-kison.com)を2016年7月から運営。
事務所名:弁護士法人甲本総合法律事務所
事務所URL:http://komoto.jp

電車飛び込み死亡、窓ガラス突き破り「乗客」巻き添え…鉄道会社は「責任」を負うの?