新型コロナワクチン報道に注目が集まっているが、その陰ですでに有効なワクチンがありながら、日本でなかなか普及が進まないワクチンがある。

「#HPVワクチン打ちたいのは私だ」

 ツイッター上で、女子大学生たちによるつぶやきが広がっている。「子宮頸がんワクチン(正式名称・HPVワクチン)」の定期接種の機会を逃した、2000年度生まれ以降の女子大学生だ。子宮頸がん予防のために開発されたワクチンだが、2013年頃から過熱し出した副反応報道により親に打つことを止められ、無料で打てる期間に打てなかったかつての少女たち。大学生となった彼女たちが今、“大学生当事者”として声を挙げ始めた。

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中学1年生だった頃、アンチHPVワクチン報道が過熱

 現在20歳のUさんは、HPVワクチンの副反応問題が大きく報道された当時をこう振り返る。

テレビニュースで副反応が問題になっていることは知っていて、やっぱり怖いよねという話を家族でしたのを覚えています。でもニュースで観たときだけ話題になるぐらいで、実際に打つ、打たないの話はしなかったと思います。当時は親も分からないことがたくさんあったと思うので」

 同じく現在20歳のTさんはこう語る。

「母はHPVワクチンを打たせるかどうかで悩んでいたようで、“自分でもニュースを観てみてね”と言われました。結局、母は打たせることには慎重で、私自身も“打ってはいけないワクチン”というイメージを持ちました。学校の教室でこの話題が上ることはほとんどありませんでした」

大学サークルで知ったHPVワクチンの必要性

 UさんもTさんも、女子栄養大学で養護教諭を目指して活動するサークル、「たんぽぽ」に所属する大学2年生だ。「たんぽぽ」では、埼玉医科大学産婦人科助教の高橋幸子医師の指導のもと、中学生向けの性教育教材を制作するなどの活動を行っている。彼女たちは高橋医師からHPVワクチンに関する知識を得たことから大学生当事者として声を挙げ始めた。これがHPVワクチンの普及を図る医療者有志の会、「HPVワクチンfor Me」が立ち上がるきっかけにもなった。今、彼女たちが訴えるのは、定期接種を逃した世代への公費による無料のキャッチアップ接種の実現だ。

『安易な接種の推進やめよ』、『子宮頸がんワクチンは戦後最大の薬害事件』。センセーショナルな見出しが並び、アンチHPVワクチン報道が過熱していた当時、彼女たちは中学1年生。親の反対で定期接種のチャンスを逃し、未接種のまま今に至ってしまったのだ。

接種率は約70%から1%以下に

 子宮頸がんは、多くは性交渉で感染するヒトパピローマウイルス(HPV)が原因だ。女性の8割以上が生涯に一度は感染するが、ほとんどは感染者自身の免疫力で消える。しかし、中には感染が持続するケースもあり、その場合は前がん病変を経て、子宮頸がんに至る。

 接種することで子宮頸がんを防ぐHPVワクチンは、日本では2013年4月に小学6年生~高校1年生相当の女子を対象に定期接種に組み入れられた。しかし、接種した少女たちから痛みや発作、失神などの訴えが報告され、厚生労働省は同年6月に「定期接種の積極的勧奨の一時差し控え」を決定。定期接種導入時に約70%あった接種率は、今では1%以下に落ち込んでいる。

 一方、世界ではHPVワクチンはすでに100カ国以上で接種され、スウェーデンでは浸潤性子宮頸がんの予防効果が実証されるなど、有効性に関する報告が相次いでいる。副反応については2015年、副反応とワクチン接種の間に直接の因果関係がなかったとされる調査結果が日本で報告された(名古屋スタディ)。これまでHPVワクチンマイナスイメージを持っていた彼女たちが、なぜ今接種を求めるようになったかというと、こうした科学的な事実を知ったからだ。自身の気持ちの変化についてUさんはこう語る。

1日3人の高校1年生が命を失う将来

サークルに入って高橋先生からHPVワクチンの有効性や副反応の程度に関する事実を初めて教わり、さらに“私たちの1個上の先輩たちはほぼ全員定期接種で打っている”という事態を知って、何ということだ!と強い衝撃を受けたんです。自分たちが先輩と同じ道を歩んでいないんだということに、とても不安を感じるようになりました」

 同じサークルのNさん(20歳)はこう話す。

「私の場合は、打ちたくないというよりも、HPVワクチンのことをよく知らないから、そもそも打つという選択肢すらなかった。大学生になって初めて正しい知識に触れ、これは打たなくてはだめじゃん!と強く思うようになったんです」

 厚生労働省2017年の統計によると、子宮頸がんを患う女性は年間1万1000人、死亡者は約2800人。2020年9月、大阪大学大学院医学系研究科の八木麻未特任助教(常勤)、上田豊講師(産科学婦人科学)らの研究グループはさらに衝撃的な数字を発表した。子宮頸がんワクチンの公費助成世代の接種率と、一時差し控えが決定して以降の接種率を元に発症者数、死亡者数を試算したところ、接種率が大幅に低下した2000~03年度生まれの女性の間で、患者が合計約1万7000人増加、死亡者が約4000人増加すると推計されたのだ。

「キャッチアップ制度の実現が1日遅れるたび、1日3人の高校1年生が命を失う将来を作り出している」と、高橋医師は警告する。

自費で子宮頸がんワクチンを打つと約5万円の費用に

 それほど深刻なら自費で早く打てばよいという声もあるが、そこに立ちはだかるのが「費用」と「親」の壁だ。自費で子宮頸がんワクチンを打つとなると、3回で約5万円、昨年承認されたより予防効果の高い9価ワクチンだと3回で10万円かかる。

 同じく「たんぽぽ」に所属するMさん(20歳)は話す。

「私の場合、半年に1回奮発して買う化粧品の価格が6000~7000円。5万円となるとこれまでの人生で一番の大きな買い物になり、打ちたい気持ちはあっても、簡単には打てません」

 前出のTさんも続ける。「私は今一人暮らしをしていて、生活費はバイトをしながら自分で工面しています。5万円もの大金を自分で払うのはかなり躊躇してしまいます」

 親にお金を出して欲しくても、副反応報道によってネガティブイメージを抱えたままの母親を説得することは容易ではない。

「もともと性に関してオープンに話す家族ではなくHPVワクチンについて話す機会がなかったのですが、先日やっと電話で母に話をすることができました。母はとても真剣に聞いてくれましたが、実際に打つかどうかについては、“直接会って話そうね”と、とても慎重な感じでした。今はコロナの影響で帰省できず、話が進んでいません」(Tさん)。このままだと、彼女たちは子宮頸がんに罹るリスクと不安を常に抱えながら生きていかなくてはならない。

キャッチアップ制度を求める署名活動を立ち上げ

 昨年6月、高橋医師は「HPVワクチンfor Me」のキャンペーンで、無料のキャッチアップ接種を求める署名活動をオンラインで立ち上げた。1日で約1万3000人の署名が集まり、今年3月末には集まった署名を厚生労働大臣に提出する予定だ。

「この問題は、無料で打つ機会を逃した女性はもちろん、知り合いに20歳や19歳の娘さんがいるすべての方が当事者です。ぜひ我が事として捉えてほしい」と高橋医師は訴える。

 最後に彼女たちが打ち明けてくれた。

大学生になって初めて彼氏ができたのですが、HPVワクチンの大切さと、私がまだ打っていないことを伝えたら、接種するまで男女の行為は避けようということになりました。きちんと説明したら分かってくれたので有難かったです」(Mさん)

「私もセクシュアルデビューは、ワクチンを打ったあとにしようと心に決めています」(Nさん)

成人式のお祝いにHPVワクチン

 オーストラリアや米国、イギリスなど約20カ国では男子にも推奨されているHPVワクチン。日本でも2020年12月、男子への適用が決まり事態は着実に前進している(ただし、9価ワクチンの男子への適用は見送られた)。

「世界で打たれて10年以上経つHPVワクチンは、有効性も副反応の程度についてもデータが積み重なっています。若い世代がコロナウイルスワクチンを打つのはまだ先になりそうなので、その前にHPVワクチンの接種を考えてもらいたい。そして、保護者の方にも最新の情報を得てもらい、定期接種を逃したお子さんがいたら成人式のお祝いなどにHPVワクチンを検討してほしい」(高橋医師)

 今日3月4日は、「国際HPV啓発デー(IHAD2021)」だ。先進国では常識となっているHPVワクチンについて、これを機に最新の情報を得ておきたい。

※無料接種の対象年齢を過ぎてもHPVワクチンを公費で打てるように求めるオンライン署名活動

「国際HPV啓発デー(IHAD2021)」のサイトでは、HPVワクチンの最新情報を多言語で入手することができる。

(内田 朋子)

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