新型コロナウイルスワクチン接種が日本でも始まりましたが、今回のワクチンインフルエンザワクチンでおなじみの方式とは違い、「筋肉注射」だそうです。筋肉まで針を刺すというのは痛そうな感じがしますが、実際はどうなのでしょうか。なぜ、インフルエンザなどとは異なる場所まで刺すのでしょうか。医療ジャーナリストの森まどかさんに聞きました。

先行接種では「痛くない」

Q.新型コロナウイルスワクチン接種で使われる「筋肉注射」と、インフルエンザなどでの接種方法との違いを教えてください

森さん「インフルエンザワクチンなどは『皮下注射』と呼ばれる方法です。注射は注入する薬液に求められる吸収速度や効果の持続時間、あるいは薬液の量、性質、刺激の強さによって、注射する場所が異なります。

皮下注射は皮膚と筋肉の間にある『皮下組織』に薬液を注入し、筋肉注射はそれよりも深い層にある『筋肉組織』に注射する方法です。打ち方にも違いがあり、一般的に私たちが見慣れている、斜めに浅く刺す方法は皮下注射の針の刺し方であり、筋肉注射では真っすぐ垂直に近い角度で深く針を刺します。

皮下注射では、薬液がリンパ管から吸収されて全身へ作用が広がっていくため、毛細血管から吸収される筋肉注射と比較すると吸収の速度が遅くなります。一方で、皮下注射は効果が長く持続するという特徴があります。日本では、インフルエンザワクチンをはじめ予防接種の多くが皮下注射で行われているほか、インスリン注射などがこの方法で行われます。

筋肉注射は吸収されるスピードが皮下注射の倍といわれています。皮下注射だと痛みが強いものや、多い量の薬液を注入する必要がある場合に筋肉注射が行われます。予防接種では、帯状疱疹(ほうしん)ワクチンなどで使われます、ほかに消炎鎮痛解熱剤などがあります」

Q.なぜ、今回の新型コロナワクチンは筋肉注射なのでしょうか。

森さん「2つ理由が考えられます。1つ目は、ワクチン接種において、海外では筋肉注射が主流という理由です。ウイルス学が専門の医師に尋ねても、予防接種での少ない薬液量を確実に入れるには、筋肉注射の方が世界的にはスタンダートだといいます。現在、日本で医療従事者の先行接種で使用されているファイザー社はアメリカ、さらに、日本政府が供給の基本合意を結んでいるモデルナ社もアメリカアストラゼネカ社はイギリスの企業であり、すべて海外製のワクチンです。

これらの安全性や効果を調べる臨床試験は筋肉注射で行われ、そのデータに基づいて、新型コロナワクチンが商品化されました。そのため、基本的な使用方法を示す添付文書にも『筋肉内に注射する』と明記されており、この使用方法にのっとって承認されたため、筋肉注射で行う必要があります。

2つ目は、今回新しく開発された『m-RNAワクチン』の性質に筋肉注射が適しているという理由です。前出の医師の説明によれば、m-RNAワクチンが目的通り働くためには、m-RNA分子がタンパク質合成の盛んに行われている活発な細胞に取り込まれ、そこで『ウイルスタンパク質スパイクタンパク質)』を合成する必要があるといいます。

筋肉は筋細胞からなり、タンパク質の合成が盛んであると同時に血流が豊富であるため、免疫細胞が多く集合して免疫の活性化が起こりやすく、m-RNAワクチンを接種する場所として適しているそうです」

Q.深い所まで刺すことで、インフルエンザワクチンよりも痛みが増すことはないのでしょうか。

森さん「痛みの感じ方は個人差がありますが、注射針を刺す瞬間の痛みは同程度か、むしろ、皮下注射の方が感じやすいといわれています。実際に先行接種で新型コロナワクチンを接種した人たちからは『接種時の痛みはなかった』という声が聞かれます。

接種後の痛みについては、アメリカCDC(疾病予防管理センター)の接種開始1カ月のリポートによれば、接種後7日間までに注射部位の痛みを訴えた人は、ファイザー社のワクチン接種1回目で67.7%、2回目で74.8%と報告されていて、痛みを感じる人の割合は多いともいえます。しかし、おおむね2日以内に治まっています。一方、インフルエンザワクチンでも、接種後に接種部位の腫れや痛みを感じる人はいます」

Q.なぜ、日本では皮下注射が多いのでしょうか。海外ではインフルエンザワクチンも筋肉注射が多いと聞きますが、なぜでしょうか。

森さん「公益社団法人日本小児科学会が公表している『小児に対するワクチンの筋肉内接種法について』という提言の中では、日本のワクチン接種が一部を除いて原則、皮下注射で行われている理由として、『1970年代に解熱薬や抗菌薬の筋肉内注射によって、約3600人の大腿四頭筋拘縮症(だいたいしとうきんこうしゅくしょう)の患者の報告があったため』と記されています。

現在はワクチン接種との関連はなかったことが分かっていますが、当時、大きな社会問題となったこともあり、それ以降、筋肉注射を避ける傾向になったようです。海外でのワクチン接種は一部を除き、筋肉注射が主流であることは先述の通りです。皮下注射と比べて、局所反応(接種した場所が赤くなったり、腫れたり痛みを伴うなど)が少ないことと、誘導される免疫反応が同等かそれ以上であることが筋肉注射のメリットとして知られています」

Q.ちなみになぜ、ワクチン接種は腕なのでしょうか。また、皮下脂肪が厚い人は筋肉注射が難しくなるのでしょうか。

森さん「神経や血管が少なく、皮膚に近い所に骨がない部分がワクチン接種に適していて、上腕は服を脱がなくても皮膚を出しやすい場所でもあります。1歳未満の乳児への予防接種では太ももへ接種することもあります。新型コロナワクチンは上腕の、肩より少し下にある『三角筋』という部分に接種します。皮下脂肪が薄い、厚いの個人差は針を刺す角度で調整し、皮下脂肪が厚い場合は皮膚に対して注射針をより90度に近い角度で入れることで筋肉まで届かせるそうです」

Q.日本では、筋肉注射に慣れていない医師もいるということはないのでしょうか。

森さん「医師も看護師も筋肉注射の方法を実習で学んだ上で資格を取得しています。基本的な知識と技術を身に付けているので、大きな心配はないと思います。ただし、現場から、筋肉注射に不慣れな医師や看護師がいることを指摘する声があるのも確かで、厚生労働省や日本医師会などでは、筋肉注射のポイントを解説する動画や資料を作成しています。自治体や医療機関でもシミュレーションとしての訓練を行っているところもあるようです」

Q.今回の新型コロナワクチンを誤って皮下に打った場合、どうなるのでしょうか。

森さん「新型コロナワクチンを皮下注射で打った場合の安全性や有効性を調べたデータはありません。接種した場所の腫れや赤み、痛みなどが強く出る可能性はありますが、それも含めて現段階では分かりません」

接種後もマスク手洗いは継続

Q.新型コロナワクチン接種は「努力義務」はありますが「義務」ではありません。「周囲の人が受ければ、自分が受けなくても感染はおさまるのでは?」と考えて、接種を避けようとする人がいるかもしれません。

森さん「新型コロナワクチン接種は個々の判断に委ねられています。確かに痛みや倦怠(けんたい)感、発熱、頭痛などの副反応や、頻度は低いものの、『アナフィラキシー』という重いアレルギー反応が出る副反応も報告されていますが、他のワクチンなどと比較すると高い予防効果が期待でき、発症するリスクが減ること、発症しても重症化予防を期待できることが分かっています。

感染については、多くの専門家は一定の感染予防効果も期待できるのではないかと見ていますが、感染しても症状が出ない人(無症状感染者)がいるウイルスなので、その効果を大規模な臨床試験等で実証することが難しく、明確には分かっていません。つまり、ワクチンを接種しても“感染”する可能性は否定できず、人に感染させる可能性もあるといえます。そうしたことからも、多くの人がワクチンを接種することが大切だと考えられます。

また、ワクチンには、発症や重症化を防ぐ個人の効果とともに、流行を抑え、収束に向かわせる『社会全体の効果』も期待されています。ワクチン接種率が上がることで社会全体の新規発症者や重症者が大きく減少すれば、長く続いている医療現場の負担や病床の逼迫(ひっぱく)の解消が期待できますし、制限されてきた社会・経済活動が大きく動き出す可能性もあります。

一方で、ワクチンの効果がどのくらい持続するかまだ明らかでないことや、ウイルスの変異でワクチンの有効性が低くなる可能性もあるため、しばらくはマスク着用や手洗いなど基本的な感染対策を継続する必要もあるでしょう」

オトナンサー編集部

筋肉注射と皮下注射のイメージ図