一太郎」を知っていますか。発売から40年近くたつ文書作成ソフトです。かつてはトップシェアを誇っていましたが、近年は官公庁でも廃止するところが出ています。

ところが、この一太郎、未だに法曹三者(弁護士、検察官、裁判官)の間では、特に愛用者が多いというウワサです。

Microsoft Word」全盛の今、なぜ一太郎がこれほどまでに支持されるのでしょうか。一太郎ユーザー弁護士や、元裁判官に偏愛する理由を熱く語ってもらいました。(ライター・国分瑠衣子)

Wordに比べ高い自由度 図表も簡単

最初に聞いたのは都内の30代の男性弁護士です。Zoomで画面共有しながら、一太郎の使い方を説明してもらいました。

「一番使いやすいのがインデントです。動かしたい部分だけ、ピンポイントで簡単に設定できるんです」

インデントとは、行の頭や末尾を揃える機能のこと。

インデント機能はもちろんWordにもありますが、ツールバーを使って設定する方法など素人には難しく感じてしまいます」

文中に図や表を入れ込むのも楽だといいます。目の前で実際に表を書いてもらいましたが、ノートに線を引くような感じで表を作っています。表の行や列を指定しなければならないWordと比べると自由度が高そうです。

また民事訴訟の「準備書面」では、代理人弁護士の名前がずらりと並んだものを見ることがあります。ここでも一太郎の出番です。名前の文字数が違っても、全員の名前の最初と最後をぴったりそろえて美しく仕上げることができます。

Wordにもこれらの機能はありますが、一太郎ではマウスなども使って、より直感的にレイアウトができる印象です。

学生時代はWordを利用、修習がきっかけに

男性が一太郎に出会ったのは、司法試験に合格した2013年。司法修習生として研修に行った裁判所や検察庁で一太郎を使っていました。「大学ではWordを使っていたので戸惑いましたが、皆に合わせたほうがいい」と一太郎乗り換えました。

男性の事務所では全員が一太郎ユーザーです。周りの事務所を見ると年次が高い弁護士ほど一太郎率が高い印象だということです。

「とにかく文書を書くことに集中したい」という男性。弁護士にとって、仕事時間の多くはテキストを打つことに費やされるためです。

一太郎を使い続けるのはもう一つ大きな理由があります。

裁判官が読みやすい美しい書面を作りたいという気持ちがあります。もちろんそれで判決が左右されることはないんでしょうけれど、安心感というか、1ポイントでもそれで変わるなら、という感じですね」

ちなみに、メールに添付された一太郎ファイル拡張子は.jtd)が開けないと困ったことがある人もいるのでは。実は一太郎にはWordPDF形式でエクスポートする機能も備わっています。

一太郎開発するジャストシステムって?

一太郎を開発しているのはジャストシステムという1979年創業のソフトウエア開発会社です。創業の地は徳島県で、会社のホームページには「一太郎開発秘話」が紹介されています。

創業夫妻が開発した日本語ワードプロセッサ一太郎」が発売されたのは1985年。製品名の「一太郎」は創業者が家庭教師をしていた中学生の名前にちなんでいるそうです。その後もバージョンアップを重ね、今はスマホタブレットアプリ対応した製品も出しています。

2009年には検出・計測制御機器大手のキーエンスと資本・業務提携しました。データ分析ツールや、通信教育「スマイルゼミ」も展開しています。

2月9日に発表した2021年3月期第3四半期(2020年4~12月)決算は、売上高は前年同期比11.7%増の303億円、本業の儲けを示す営業利益は同10.3%増の120億円でした。最高純益を更新し順調に業績を伸ばしています。

裁判所は数年前からWord移行。現場にはあきらめも

話をユーザーに戻します。次は数年前まで裁判官だった男性弁護士に、裁判所での一太郎の利用状況について聞いてみました。が、男性が裁判官だったころから裁判所はWordへの移行を進め、今はほとんどの文書をWordで作成しているといいます。

現場の裁判官からは、一太郎が使えなくなることへの絶望の声があがらなかったのでしょうか。

「うーん、さかのぼればタイプライターからワープロ、と何度も移行を繰り返してきているので、あきらめの感覚でしょうか。もちろん愚痴はありましたが、皆あきらめて若い人にWordの使い方を聞いていましたね」

男性も今はWordを使っています。「ただ、Wordは英語での作成を前提としている感じがしますね。日本語で大量の文章を書くにはやっぱり一太郎が合っています」と懐かしみます。付属する日本語変換ソフトATOKの精度の高さも魅力だと言います。

裁判官時代は、一太郎で書かれた書類のデータが送られてくると「こだわりのある人なんだな」と親しみがわいたといいます。

「大げさかもしれませんが、裁判官が書く判決文は、国家意思を反映していると言えます。それなのに誤字脱字があったり、文書のスタイルが乱れていたりすると、説得力に欠けます。

弁護士の書面を見ても誤字脱字があると、中身を精査していないんじゃないかと思ってしまいます。もちろん、文書の美しさが判決の内容に影響することはないのですが、文書へのこだわりが感じられるのはいいですよね」

民事訴訟の判決文は100ページに及ぶものもあります。判決文作成にかける時間は、短くても1カ月、長ければ3カ月ほどかかるそうです。3人の裁判官で構成する「合議体」の場合、左陪席が判決文を書き、右陪席と裁判長がそれぞれチェックし、さらに書記官も確認する流れが一般的だといいます。

検察庁は今も一太郎で起訴状作成

最高裁に聞いてみると、「Wordに移行はしていますが、一部では一太郎を使っています。ただ、全ての裁判所ではなく、他の機関と文書のやり取りをする裁判所になります」という回答でした。

具体的にどんな裁判所がどのような文書作成に使っているのかは非公表でしたが、少なくとも今も一部では使われています。

検察庁はどうなのでしょうか。現役の検察官は「入庁した時から一太郎メインなので、それに従って使っています。Wordも使えるのですが、周りの同僚は使っていないですね。起訴状も一太郎で作成しています」と説明します。

思い入れについて聞いてみましたが、「周りが使っているだけという理由です。特別思い入れがあるわけではありません」とドライな回答でした。

さらに法務省の職員にも取材すると、政務三役問(大臣、副大臣、政務官)の答弁は一太郎で、総理と官房長官の答弁はWordで作成と、分けているようです。その理由は「様式が指定されているから」とのことでした。

このように組織内で昔から使われているからという声があるいっぽう、取材した一太郎ユーザーのうち多くで共通していたのが「文書作成に集中して、美しい書面を完成させたい」という職人魂でした。

法曹界でもWordに押され気味ではありますが、日本語の文書作成に秀でた一太郎は、これからも静かに支持されそうです。

なぜ法律家には「一太郎ファン」が多いのか? Word全盛でも目立つ“偏愛”ぶり