教員の時間外労働に残業代が支払われていないのは違法だとして、埼玉県内の市立小学校の男性教員(62)が、県に約242万円の未払い賃金の支払いを求めた訴訟で、証人尋問と原告本人尋問が3月5日さいたま地裁(石垣陽介裁判長)であった。

原告側の証人として埼玉大学教育学部の高橋哲准教授、被告側の証人として当時の校長2人が出廷した。

高橋准教授は「使用者が不可欠と認めているものであれば、労働時間と認めるべき」と話し、校長2人は「文書や口頭で時間外勤務を命じたことはない」と証言した。

原告本人尋問で証言台に立った男性教員は「勤務は1日12時間に及ぶこともあるが、残業代は出ない。これを次世代に持ち越してはいけない。裁判で決着をつけなければいけない。この裁判に日本の教員の運命がかかっている」と訴えた。

訴訟は5月21日の次回口頭弁論で結審する予定。

●「優秀な学生も学校現場を回避している」

まず、高橋准教授への証人尋問がおこなわれた。

1972年に施行された「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)により、公立学校の教員には時間外勤務手当と休日勤務手当が支払われないことになっている。その代わり、「教職調整額」として、月額給料の4%が一律に支給されている。

時間外勤務を命じることができるのは、(1)生徒の実習、(2)学校行事、(3)職員会議、(4)災害など緊急事態からなる「超勤4項目」に限るとされ、労働基準法37条の時間外労働における割増賃金の規定が適用除外されている。

高橋准教授は、給特法の立法過程について「1971年の制定時、当時の文部省や人事院などは、職務内容で歯止めをかけるとしていた」と説明。

残業代について「被告である埼玉県は『教職調整額は、超勤4項目以外の勤務についても対価として支払われている』としているが、『超勤4項目以外の勤務は、自主的・自発的業務なので、残業代を支払う必要がない』という文部科学省の見解と一致しない」と指摘した。

文科省の解釈については「業務が労働時間に該当するかは、労基法の労働時間概念に照らして考えられるべき」と話した。

その上で、労基法上の労働時間は、(1)使用者の関与がどの程度あったか、(2)職務にあたるのか、の2つの要件から判断すべきで、原告側が主張する教室の整理や整頓、会計や授業準備などの時間外業務は「学校運営について不可欠な業務で、職務性は満たされている」とした。

原告側は「これらの業務が職員会議で決定されていた」と主張するが、「2000年に学校教育法施行規則が改正され、校長の職務を遂行する補助機関に位置付けられた。業務の分任は業務命令に近く、校長が教員から意見を聞いて業務を決定していることが、直接的な関与を示している」とし、(1)の要件も満たすとした。

また、高橋准教授は埼玉大学で教員養成をになっているが、教員を目指す学生は少なくなっているという。

「教員養成学部の教員として、学生を教育現場に送り出すことが至上命令だが、ブラックな現場に学生をおくっていいものかと矛盾した気持ちを抱えている。優秀な学生も学校現場を回避しており、日本の未来を考えても良からぬこと。この訴訟は過酷な働き方を変える一助となるもので、改善する推進力がある」と期待を込めた。

●勤務時間外の指導「お願いしていた」と校長

次に、今回の訴訟で未払い残業代を請求している2017年9月から2018年7月の間に、原告が勤務していた小学校の校長2人への証人尋問がおこなわれた。

勤務時間外におこなわれる登校指導について、A校長は「職員会議で先生にお願いしていた」と説明。在校時間を減らすために「なくせる業務は無くし、保護者からのお願いも取捨選択をしたが、学校として業務整理の取り組みは在校中できなかった」と話した。

8時半から開かれる全校朝会について、5分前整列が「望ましい」とされていたが、B校長は「5分前整列させなさいと指示したことは一度もない。8時半ギリギリに来ても、私からなぜぴったりに来たのかと言うことはない」と話した。

一方、原告側代理人に「教員は8時25分以前に出勤せざるを得ないのではないか」と聞かれると、「そうですね」と答えた。

昔と比べて在校時間が長くなった原因を聞かれると、B校長は「昔は、教員は自由にできたが、今は保護者の目が厳しく、社会や地域のあり方が変わって来ている。職員会議の提案量も多くなってきた。教員を苦しめないためにも、組織での対応が大事」と説明した。

●男性教員「労務管理をしっかりして」

最後に、原告本人尋問がおこなわれた。

被告側の「時間外勤務を命じた事はない」という主張について、男性教員は「校長が命じるという言葉を使った事は一度もないが、勤務時間内に終わらない仕事はたくさん課せられている。それは時間外勤務を命じられているのと同じだと思う」と訴えた。

超勤4項目に当たる業務は自身の時間外勤務のなかで「10%くらい」だといい、学校長には「労務管理をしっかりして、どの仕事がどのくらい時間がかかるかしっかり把握してほしい」と求めた。

望ましい職場環境については「授業準備に時間を費やしたい。これを自主的な仕事と言う。今はやらされる仕事だけで手一杯」と話した。

「この裁判に日本の教員の運命がかかっている」埼玉教員訴訟、本人尋問で訴えた男性