会社のトラックを運転していた息子が、眠気に襲われてドアをこする自損事故を起こした。激しい物損や人身事故でなかったのは幸いだが、眠さで朦朧(もうろう)としていたことは間違いなく、いつかそうなるのではないかと予想していた。

というのも、息子は毎日夜中の2~3時に家を出て夜の9時頃に帰ってくる生活。もともと寝付きが悪いので、ろくに眠れないまま出勤していたからだ。運転中、眠気に勝てなくなるのは時間の問題ではないかと心配するのは親として当然だろう。

息子はこれまでブラック企業を転々としている。どうしてこうなったのか。(ライター・森田浩三)

●「面接即採用」がザラ、車両もオンボロ

高卒で学歴勝負ができないうえに、学習障害(LD)があり勉強が苦手。とはいえ、賃金をもらう以上、さぼることはせずに働く性格だ。

応募資格に「大卒」とある大企業には雇ってもらえないので、応募先は中小企業の現場仕事がメインとなる。しかも地元は田舎。受かる場合は、決まって面接で即採用だ。そんな会社に限って、出勤すると応募広告に記載されたことはどこへやらのブラック企業ばかり。

「面接即採用」から、その手の会社は万年人手不足なのがうっすら見えてくる。なぜ万年人手不足なのかは、入社すると自ずとわかる。

息子は運送屋2社でこれまで働いているが、求人広告だと1社目は社保完備のはずが、社会保険に入っていないので、国民保険でよろしくという。さらに固定給で残業代はつかない。形だけのタイムカードはあるが、なんの意味があるのか不明だ。

そして、使用トラックはすべてオンボロ。「車検マジで通っているのか?」と思うほどで、フロントガラスにはヒビがあり、ドアはちゃんと閉まらない、エンジンランプの警告灯は常時付きっぱなし。運転して大丈夫か、と危険を感じるレベルだったとか。

その会社で息子は朝5時出社で働き、飯を食う暇もなく配送先を回って夕方に帰ってきていた。息子はこれで帰れるからまだマシで、大半の人が昼とは別に夜中の配送も行っていたという。そのため、家に帰らず、会社で仮眠を取るだけの社員もいたそうだ。

●300時間以上働いても、手取りは約20万円

そして先日事故を起こした2社目の運送会社は、入社して3カ月勤めたら社会保険の手続きをするという。

会社の立場に立って考えると、その前にやめる人間が多かったのだろう。社会保険は会社が半分持ちなので、無駄な手続きと出費はできれば避けたい気持ちはわからないでもない。中には入ったその日でやめた人もいるとか。

この会社ではドライバーが自社の倉庫から荷物を積み込むのだが、翌日分の積み込み作業を自分のトラックだけでなく、その日休みのドライバーのぶんまで配送のあとにしなくてはならない。この時間が馬鹿にならないくらいかかる。定時ってなんだろう。

この会社では、早い時には朝3時までに出社する。そのため、息子は2~3時起き。パンを食べながら車で1時間の職場へ向かう。

配送は午前11時ころまでに1回終わるが、再び荷物を積んで2回目の配送に出る。戻りは夕方4時ころだ。そこから荷物の積み込みが始まるので、自宅に帰ってくるのは夜9~10時ころ。しかもその間、昼飯を食べる時間もないらしい。コンビニの駐車場で弁当を食べているドライバーが羨ましいという。

普段から夜に寝られない息子は、ろくに睡眠もとれないまま出社する日々となる。

息子によれば、社員の睡眠時間は4時間未満だろう、とのことだ。労働時間は毎日16~18時間のハードワークで、「トラック運転手の拘束時間は延長を認められても最長16時間」という労働基準法違反だ。会社と契約書も結んでおらず、説明も特にないので、特別な延長許可をもらっているかも不明という有り様。

この会社も固定給で残業代はつかない。休憩時間がないのも明らかな労働基準法違反だ。そもそも労働大臣告示で、トラック運転手は4時間運転したら30分以上の休憩が義務付けられているのではなかったか?

タイムカードはないが、積込みから乗車中の状況は「デジタルタコメーター」で走行の様子も含めすべて記録されている。配送前後にあるアルコール検査の測定時間なども記録されるのでタイムカード代わりになるのだが、息子は完全固定給。300時間は働いているのに月に約20万円ほどの手取りしかもらっていない。

生活維持に欠かせない仕事をする「エッセンシャル・ワーカー」の重要性はコロナ禍で再認識された。しかし、その労働環境は劣悪であることも珍しくない。このまま放置しておいて良いのだろうか。

●なぜ、「ブラック企業」がはびこるのか?

運輸業界におけるトラック運送での売上全体は14兆円で上昇基調にある。ただ、近年はネット通販などによる小口配達が急増、配送側の効率は必ずしもよくなく、そこまでの利益にはなっていない。

全日本トラック協会発行の「日本のトラック輸送産業現状と課題2020」によれば、運送会社の9割は中小企業という。平成2年1990)の規制緩和で、新規参入事業者が急増した。ところが輸送需要が伸び悩み、事業者間の激しい競争が繰り広げられてきたという歴史がある。

トラックドライバーの年間所得は全産業平均よりも1~2割低いという調査結果が出ている。労働時間も平均より月で35~42時間も長い。国民生活を支えるのに不可欠な業種であるにも関わらず、労働者にとって損な仕事となっているのだ。

ちなみにGoogle検索で「トラック運転手」と入力すると、「きつい」「底辺」などの検索ワードも一緒にサジェストされる。ネット上でのアンケートなどでも評判はよくない。

20~30代の働き手も減少の一途をたどっている。息子の会社も同じで、ほとんどが40代以上で50~60代も珍しくない。だが、このハードワークは年を取るとキツイだろう。

競争が激しい業界の中で、燃料費やトラックの維持費、高速代などをどこに転嫁するのかも問題だ。トラック運送業界でもっともかかる固定費は人件費なのだが、しわ寄せはどうしてもそこに向かってしまうようだ。

●ドライバーがコロナにかかったら持たない…

常に人手不足な業界だけに、新型コロナウイルス感染者が出たら大変なことになる。

ただ、息子に訊くと「配送中は1人だし、ほとんど他人と口をきかない」という。社員同士で会話を交わすのは最低限で、倉庫で荷積みするとき、フォークリフトを使っているドライバーに頼み事をする程度だという。

あまりのハードワークに、社員同士で飲みに行くということもないようだ。それよりは寝ていたいというのが本音だろう。

とはいえ、クラスターにはなりにくくても、家族の感染などで、ドライバーが「濃厚接触者」として自宅待機となる可能性もある。その場合はおそらく、残った社員やPCR検査でシロと判定された社員が頑張るか、新たに人手を募集することになるだろう。

そして、何も知らずに面接を受けた人がブラック企業で体力を削られることになる。

過労死リスクが高いトラックドライバー

過酷な労働だけに過労死するドライバーも多い。実際にトラックドライバーの過労死事件を担当したこともある蟹江鬼太郎弁護士は、「運送業界の働き方改革のスタートが2024年4月からなのは遅すぎる」と指摘する。

――求人広告や面接時の説明と実態がまったく違うことがあるようです。

「求人広告や求人票は、厳密には記載されていることがそのまま労働条件になるとは限りません。

入社時には労働条件通知書を出してもらうのがベストです。また、面接時に相手が条件を話してくれるのであれば、これを録音しておくのも有効な証拠となります」(蟹江弁護士)

――実は、息子の勤めた2社とも労働契約書を結んでいません。

「労働基準法15条違反に当たると思います。会社側には『労働条件明示義務』があり、これを提示しなければいけません。とにかく条件を紙で提示してもらうこと。メールでもLINEでも良いので文章で条件を提示してもらうこと。これが会社と争う場合の決め手になります。提示しない会社は危ない可能性が高いですね 」(蟹江弁護士)

――社会保険は入社後すぐでなくていいのか?

正社員採用の場合は、すぐ社会保険に入らないとダメですね。2カ月だけの有期契約なら別ですが、正社員雇用が前提であれば試用期間も加入対象になります。

ただし、社会保険の加入要件を満たしていない会社や労働状況であればその限りではありません。要件はよく変わりますので、疑問があれば年金事務所に相談してみてください」(蟹江弁護士)

――ドライバーの労働時間と休憩時間はこれでいいのか?

「運送業界で問題になるのが、労働時間の始めと終わりの認定と、休憩時間の問題です。

労働時間の初めと終わり(始業時刻と終業時刻)については、運送業界については、アルコールチェックやタコメーターなどで特定できることが多いです。これが結構長時間になることが多いです。

そこで、一番問題になるのが、休憩時間です。法律上は、お客様から指示があれば直ちに応じなければならない場合や、前のトラックが動けば自分もトラックを進めなければならない場合は、休憩ではなく、労働時間ということとなります。

ただ、集荷や荷降ろしする場所にもよりますが、知っているケースでは2時間に1ミリもトラックが動いていない場合もあり、裁判官が、これは休憩ではないのかと言い出したりするケースもありました。

また、集荷場所に遅れるわけにもいかないので、渋滞なども見越して、相当早い時間に集荷場所に到着してしまう場合もあります。

私が関わった訴訟がありますが、悪い会社だとデジタルタコメーターで通常『待機』と押すところを『休憩』を押すようにさせていたようです。

息子さんの場合は、休憩を付与されていない労働で、しかも長時間働いています。次の労働までに必要な「継続した8時間の休み」もない。

1日8時間、1週40時間を超えて働かせるには『36協定』の締結が必要です。これは、労働者に対して周知義務があります。なされていないのも問題ですが、なにより法律を完全に無視した労働環境なのが問題でしょう 。

悪質な会社については、運送業は国土交通省の管轄なので直訴する手もありますし、労働基準監督署に通報するのも手です。とはいえ、残業代の未払いや法規違反などを訴えると、同じ会社で働き続けるのは難しいでしょう。なので、労働組合に加入して皆で通報したり、あるいは、会社を辞めるときに通報したり裁判を起こす方が多いです。

ちなみに脳・心臓の労災申請では、輸送 ・機械運転従業者の自動車運転事業者が2年連続トップです。その割に運送業界の働き方改革は2024年4月1日から。夜中から働きに出たり、長距離だと夜通しで走らないといけないなど、生活のリズムが狂いやすいせいもあるかもしれませんね」(蟹江弁護士)

●「今度こそ、まともな会社に入ってくれ」

蟹江弁護士の解説を聞いたその日の夜、さっそく息子に「おまえの勤めている会社は完全にアウトだから、身体を壊す前にさっさと辞めたほうがいい」と、状況を説明した。

息子も息子で「『36協定』もクソもないし、もう辞めるわ」と、事故をきっかけに自分なりにおかしい点をきちんと調べて考えていてくれたようだ。

「とにかく、次はきちんと紙で労働条件と雇用契約を結んでくれる会社に入るように気をつけてくれ」と付け加えた。

今度こそ、まともな会社に入って欲しいと親として願うばかりだ。

【取材協力弁護士】
蟹江 鬼太郎(かにえ・きたろう)弁護士
主な担当事件:
洋麺屋五右衛門(変形労働時間制)残業代請求事件
阪急トラベルサポート(事業場外みなし労働時間制)残業代請求事件
阪急トラベルサポート(アサイン停止)不当労働行為事件
阪急交通社(団交拒否)不当労働行為事件
リコー技術者・出向無効確認)事件
営業職員の脳梗塞事件(2010年労災認定)
大手塾講師の過労うつ病事件(2010年労災認定)
物流管理職の過労自死事件(2015年労災認定)
若年管理職の心筋梗塞事件(2014年労災認定)
外勤職員の心停止事件(2014年労災認定)
トラックドライバーの脳内出血事件(2014年労災認定)
出向後・過労自死事件(2012年労災認定、2016年3月17日東京地裁判決)
NHK女性記者の心停止事件(2014年労災認定)
電通新入女性社員過労自死事件(2016年労災認定)
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/

息子が入ったのは「ブラック企業」 どこを受けても「面接→即採用」、地方運送会社の厳しい現状