医療従事者を対象に、新型コロナウイルスワクチン接種が行われていますが、4月12日からは、65歳以上の高齢者を対象に始まる予定です。親の年齢が65歳以上であることも多いアラフォー世代の中には、万が一にも親に感染させないよう、年末年始やお盆の帰省を控えてきた人も多いでしょう。一刻も早く親にワクチンを接種してもらい、安心して帰省したいところです。

 しかし、ワクチンそのものへの疑問や「医者嫌い、病院嫌い」などの感情から、ワクチン接種を拒否する高齢者もいるようです。こうした場合、アラフォー世代は、ワクチンを接種するよう親を説得した方がよいのでしょうか。あるいは親の意向を尊重した方がよいのでしょうか。父親がワクチン接種を希望していないという、アラフォー男性の葛藤を紹介します。

ワクチンの安全性に疑問

 Aさん(37歳、男性)は妻と子ども2人の4人家族で、都内に住んでいます。両親(ともに68歳)が住む実家は中部地方にあり、Aさんは年に1~2度、家族全員で帰省していました。

 しかし、両親は「新型コロナ感染に神経質」で、コロナ禍の中、Aさん一家が帰省することを嫌がっているそうです。Aさんも両親の意向を尊重し、両親と直接会うことなく丸1年がたちました。母親からは小まめに連絡をもらっていて、両親の近況はよく聞いており、2人とも変わらず元気なようです。

 そして、国内でワクチン接種が始まるとの発表がありました。「ワクチンを接種してくれたら、両親もようやく孫に会えるからうれしいだろう」とAさんは思い、今年の夏休みに帰省する計画を立てました。そのタイミングであれば、両親のワクチン接種は済んでいるはずです。しかし、帰省のことを母親に伝えると歯切れが悪く、要領を得ない返事だったそうです。

「実は、父がワクチンを接種する気がないようなのです。元々、病院が好きではない方でしたが、新型コロナワクチンについて父なりに調べたらしく、安全性に疑いを持っているようでした。

父はワクチン接種に消極的どころか『断固拒否』という姿勢で、『世界規模の人体実験に参加する気はない』とまで言っていると聞き、気持ちが暗くなりました。母も父から、ワクチンの危険性をいろいろと聞かされているようで、ワクチンに懐疑的になっていました。

母にだけでもワクチン接種を決意してもらいたかったので、『ワクチンに関する情報はデマも多いから、全部うのみにしてはいけない』と伝えたのですが、あまり効果がないようでした」(Aさん)

 Aさんは、都内に住む妹と話し合いました。お父さんの意向を尊重して、ワクチンを接種しないことを黙認するか、何とか説得して、接種してもらうべきかについてです。

「父を説得するのは骨が折れますし、諦めて、放っておきたい気持ちもあります。しかし、妹は『今まで散々、わがままを聞いてきたのだから、今回ばかりは許さない。何としてでもワクチンを接種させる』と憤慨していて、僕もそれに共感して、『努力しよう』と思い直しました。

酷な言い方になりますが、父がワクチンを接種せず、新型コロナに感染しても、それは父の自己責任です。そのことは父も理解しているようですが、自分の命を自分だけのものと思っている節があり、僕と妹は『それは違うんじゃないか』と考えています。

万一、新型コロナが原因で父が亡くなれば、僕たち家族は悲しみます。僕や妹の子どもたち(父にとっての孫たち)もそうです。回避できたかもしれない悲劇に対して、父のわがままで回避する努力をしないのは、父を大切に思っている人たちに失礼ではないかと思います」

 ワクチンを懐疑的に見ているお父さんからすると、ワクチン接種自体が危険と思っているので、Aさんとはそもそもの考え方のスタート地点が違い、難しいところです。ともあれ、自分の意志を妹と確認し合ったAさんは今後、お父さんに対してどのようなアプローチをしていくのか決めました。

ビデオレターで情に訴える

 まず、Aさんと妹のワクチン接種が済み次第、2人で実家に帰って、お父さんと話し合いの場を持つことにしました。父親は電話が苦手で、ラインやメールも使っていないので、直接会って話すことにしたそうです。そして、その場で、Aさんと妹は両親に「どうかワクチンを接種してほしい」と懇願するつもりです。

「“お願いする”姿勢がポイントだと考えています。こちらが怒ったり、叱ったりする雰囲気を見せたら、父は確実に意固地になって、接種に応じなくなると思います。正論で説得しようとしても同様。ストレートに『まだ死んでほしくない』と情に訴えかける作戦です。

それでも駄目なら、僕や妹の子どもたちに協力してもらい、さらに情に訴えます。具体的には『じいじとばあばに会いたい』という内容の手紙かビデオレターを送るのがいいと考えています。僕たちの差し金と気付いて怒るかもしれませんが、頑固な父もさすがに孫には弱いので、怒りを上回って心を動かされるのではないかと期待しています」

 Aさんにはもう一つ、勝算を高める見通しがあります。

「僕と妹のワクチン接種が済み、父との話し合いに向かうときは今よりかなり先なので、世の中のワクチンに対する見方も変わっているはずだと思います。それに、ワクチン接種を終わらせた人たちが増えれば、父の心境に変化が訪れるかもしれない。そこにも賭けたいと思っています」

 新型コロナワクチン接種は国内で始まったばかりで、これから、日本人の臨床データは増え、ワクチン接種に関する新たな知見も生まれるでしょう。その中で、お父さんの心持ちが変わることは十分あり得ます。

 親にワクチンを接種してほしいけれども、本人がそれを希望していない場合、アラフォー世代である子どもは悩んでしまうでしょう。Aさんのケースをヒントに考えると「この条件がそろったら、親にワクチン接種をすすめる」「○月までは待って、親の説得を再開する」、あるいは「親の意思を尊重して、ワクチン接種拒否を黙認する」などと、あらかじめ、自分の中で決めておくのが自分たちの精神衛生上もよいかもしれません。

フリーライター 武藤弘樹

ワクチン接種を受ける菅義偉首相(2021年3月、時事、代表撮影)