
前回のシリーズは相当に歯応えがあったようだ(「まもなく米株式市場に続き米国債も大暴落する」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64667)。
米国株式市場と国債、そしてドルはお互いに深く影響し合う。大事なことなので、別の角度から解説しよう。
前回説明したように、3月16~17日に「2023年まで金利を引き上げない」と発表した米国の中央銀行FRB(準備制度理事会)は「もう株式市場はコントロールしない」と宣言したのに等しい。
マエストロの指揮棒がFF金利だった
1987年から2006年まで、19年間もFRB議長に君臨し、マエストロと称えられたアラン・グリーンスパン時代のFRBは、政策金利であるFF金利を思い切って上下させることで、株も金融も経済もコントロールした。
グリースパン議長は、就任直後に株価が20%以上暴落したブラックマンデーの株式暴落を切り抜け、前回の2000年のITバブルを抑制するためにFF金利を思い切って引き上げた。
ITバブルが崩壊すると瞬時にFF金利をゼロ付近まで引き下げて、その後の成長を導いた。
退任の2006年までは、不動産から始まった株のバブルを押さえ込むために、FF金利を思い切って引き上げ続けて、2008年9月に、リーマンショックで株が暴落した時に、後任のベン・バーナンキ議長がFF金利を思い切ってゼロにまで引き下げる余地を作っておいた(下の図)。
(* 配信先のサイトで本記事の図表が表示されていない場合はこちらでご覧ください。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64749)
株暴落を債券暴騰が緩和した「予定調和」
だから、リーマンショックまでは、米国の株が大暴落したら、国債が暴騰して、両方を大量に持つ年金などの巨大機関投資家は安泰でいられた。
世界最大の債権国日本の年金もその恩恵を受けた。まるで、「予定調和」あるいは「地震体験室」の中の地震のようだった。
そのため、私は安心していられ、2009年2月に出版した『太陽経済』の中で「リーマンショックが戦前型の大恐慌にならない理由」が書けた。
しかし、これからは米国株が大暴落したら米国債は大暴落する。さらに怖いのは、米国株が暴落する前でも、米国債はどこかで大暴落しうる。
「予定調和」はもうない。
米国債のファンダメンタルズは過去最悪
株を評価するときにファンダメンタルズ(基礎的経済条件、複数あるから複数形であることに注意)があるように、国債にもファンダメンタルズがある。
国債のファンダメンタルズの中心は、財政収支である。
黒字が健全、赤字が不健全となる。特に、財政赤字の累積である「国債残高」を、その国の経済規模と比較した「国債残高の対GDP比率」が最重要とされる。
国債を返済する原資は、究極的には税収であるから、税を負担する経済全体の規模と比較するわけだ。
この比率において、今の米国債は、過去最悪である。このことを下の図を使って説明しよう。
リーマンからファンダメンタルズ悪化の一途
2008年のリーマンショックで発生した「金融システム危機」を救済するために、米国は巨額の財政資金を投入した。その財政資金を調達するために大量の国債を発行した。
そして、第2次世界大戦直後以来52年ぶりに、米国の中央銀行であるFRBがその国債を大量に買い付けた。
このFRBによる国債大量購入のことを「量的緩和(quantitative easing、略してQE)」と呼んだ。戦後2回目だから、QEⅡと呼ばれる。
注目してもらいたいのは、QEⅡが始まって一貫して米国債残高の対GDP(国内総生産)比率、つまり、ファンダメンタルズは悪化を続けてきた。
そして、新型コロナウイルス感染症の発生以降、米国債の対GDP比率はさらに跳ね上がり、ファンダメンタルズは急速に悪化している。
QEⅡによって、これからの米国債とFRBの危機の種がまかれた。QEⅠとは逆である。
QEⅠではファンダメンタルズ大きく改善
FRBによる国債の大量購入、すなわちQEⅠは、第2次大戦直後の1946年から1951年に行われた。
日本と同様に、米国でも第2次世界大戦の戦費の調達のため、大量の国債が発行されて民間経済がそれを引き受けた。そして、終戦時には、米国債残高の対GDP比率は、史上初めて100%を超えていた。
戦後になると、米国の中央銀行であるFRBと財務省は平和になった戦勝国米国の民間経済が高度成長して、資金需要が高まり、金利の上昇が予想された。
金利が上がれば、国債は暴落し、国債を大量に保有する民間銀行が破綻して、金融危機を招くことが予想された。
QEⅠは一石二鳥だった
そこで、当時の米国政府は一石二鳥の政策を考え出した。それがQEⅠ、つまり、FRBによる国債の大量購入だった。
QEⅠによって、米国の中央銀行であるFRBが、民間銀行からその保有する米国の戦時国債を「簿価で」、つまり、民間銀行の損なしに買い上げた。
FRBから米国債の売却代金を受け取った民間銀行は、旺盛な戦後の米国経済の資金需要に応えて、積極的に貸し出しを行って、ゴールデン50sといわれた米国の戦後の高度成長を支えた。
こうして達成された高度経済成長によって、税収も増加して、米国の「国債残高の対GDP比率」は大きく低下し続けて、1970年代末には20%近くまで低下した。
つまり、米国債のファンダメンタルズは大きく改善した。図2を見れば、QEⅠの直後から、米国債のファンダメンタルズの改善が急速に進んだことが分かる。
コロナでファンダメンタルズ悪化が加速
ところが、同じQEでも、リーマンショック以来のQEⅡでは、米国債のファンダメンタルズである「国債残高の対GDP比率」の悪化は止まらない。
しかも、2020年に発生したコロナ対策として巨額の財政支出が必要になり、それを賄うために史上最大規模の国債発行を行なったから、米国の国債残高の対GDP比率は悪化した。
「大きな政府」に転換したバイデン政権
そして、今年誕生したジョー・バイデン政権は、コロナ対策以外に、「格差是正」「景気刺激」「福祉向上」などを掲げて、200兆円規模の新たな財政支出を行うことを発表した。
ジョン・F・ケネディ亡き後を継ぎ、「公民権運動」「人種差別撤廃」という切実な国民の声に応え、「偉大な社会(Great Society)」の建設を目指した1963年のリンドン・ジョンソン大統領によく似ている。
ジョンソン大統領は、ケネディ前大統領以上に人種格差の是正に努めた功績は大きいが、野放図な福祉政策が(偉大な社会実験であったとも言える)その後の米国の財政を圧迫し、1980年代に「小さな政府」「市場原理」を掲げたロナルド・レーガン大統領を誕生させる素地を作った。
しかし、ジョンソン大統領時代に比べても、バイデン政権が引き継いだ時には、米国債残高の対GDP比率ははるかに高かった。
そして、バイデン政権の「大きな政府」は、米国史上最悪の国債のファンダメンタルズをさらに悪化させることは確実である。
なぜなら、「国内製造業の消滅」「高所得雇用の消滅」による「格差問題」を引き起こしているのが、1990年代以降のグローバリゼーション、2000年代以降のDX(デジタル・トランスフォーメーション)化の進展という「米国の強さ」「米国の生産性向上」である。
つまり、格差問題の解消は、バイデン政権のような単純な財政支出では解決不能だからだ(「太陽経済」という真の解決策については別の機会に説明しよう)。
ということは、バイデン政権の米国は経済を再建できず、財政赤字を拡大させてしまう。
ファンダメンタルズ悪化で何が起きるのか
米国政府は、現時点では世界最強の軍事力をもち、その通貨ドルは世界の準備通貨の6割を占めている。
その意味では世界中で圧倒的な政府であり、民間企業とは違い狭義の「倒産」はあり得ない。ドルを印刷すれば、世界で受け入れられるからである。
現にそうしている。
米国財務省が発行する国債をドルを発行するFRBが買うのは、ドルを印刷していることにほかならない。
しかし、その弱点は、国債の返済に必要なのが究極的には米国民からの税収であることだ。
第2次世界大戦直後のQEⅠでは、戦後の高度成長によって、税収の急増により、財政収支が好転して、国債残高の対GDP比率は急低下し、米国債のファンダメンタルズは大きく向上した。
しかし、バイデン政権の「大きな政府」路線は、米国の財政をさらに悪化させるだろう。それが、米国債残高の対GDP比率が悪化する時に起きる確率が高いのだ。
ということは、米国債が「元の価値を維持したまま返済される可能性」が低下するということだ。
QEⅡ以来、FRBもファンダメンタルズ悪化
QEⅡ開始以来、米国債を大量に購入して、米財政の資金調達を支えてきたのが、米国の中央銀行FRBである。
リーマンショック、さらに、コロナ対策で膨らむ財政赤字を賄うために、大量の国債やモーゲージ担保証券を購入してきた。
今では、FRBの保有する国債とモーゲージ担保証券は日本のGDPの1.4倍に相当する700兆円にも達している。
そのおかげで、FRBのファンダメンタルズであるバランスシートの健全性、その中核である資産の健全性が大きく損なわれていることは前回の21世紀型大恐慌シリーズ(3)で説明した。
自己資本が14兆円ほどしかないFRBの資産のほとんどは、700兆円を超える米国債とモーゲージ担保証券である。
いずれも、大きな「金利リスク」を持つ。米国債全体で見た時に、金利が3%程度上昇しただけで、30%値下がりする。
ところが、FRBの負債のほとんどは、民間銀行や米国政府がFRBに持つ「預金」である。こちらの方は、金利が上がっても、返済すべき金額は不変である。
つまり、民間銀行には厳しく制限している「長短ミスマッチ」の「金利リスク」を、FRBは日本のGDPの1.4倍の規模で取っているのだ。
FRBは金利を上げられない
リーマンショック以降のゼロ金利の時代に、QEⅡによって大量の米国債を保有したFRBでは、金利を上げたら保有する米国債が値下がりして、FRBのバランスシートは決定的に悪化する。
だから、FRBには金利を上げられない理由が存在する。
その結果、米国債の「ゼロ金利」状態が続く。つまり、最悪のファンダメンタルズにもかかわらず、金利の「逆数」である、米国債の「価格」は最高値にある。
蓄積する歪みと暴発
まるで、地殻のプレートの毎年の歪みが蓄積していくように、米国債には、過去最悪のファンダメンタルズと過去最高の価格という歪みが蓄積されている。
米国債の歪みもまた、表に現れた時に多様な経路を辿り、巨大な津波のような衝撃を与えるだろう。
改めて断っておくが、私は悲観論者ではない。また、常に「大恐慌が来る」と脅かしてきたわけではない。
2009年1月に執筆した「太陽経済」(「日本経済復活のシナリオ―太陽経済を主導せよ」)の中では、2008年9月に起きたリーマンショックから「戦前型大恐慌が起きない理由」を説明した。
事実、大恐慌が起きるどころか今年までに米国株式は市場最高値を更新してきた。
しかし、アフターコロナが見えてきた米株式市場は大暴落すると想定せざるを得ない。しかも、リーマンショックとは違って、米国の債券とドルも大暴落するリスクが高い。
しかも、リーマンショックに際しては瞬時に形成された国際協調体制は、今は機能不全だ。
そうなると、第2次世界大戦後初めての事態であり、マーケットの大暴落から「21世紀型大恐慌」に至るリスクが高い。
どうしても警告しなくてはいけないと思い、2020年11月に「21世紀型大恐慌」(PHP出版) を書いた。詳しくはこちらを参照してほしい。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] まもなく米株式市場に続き米国債も大暴落する
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