ATフィールド、使徒、人類補完計画……’95年のテレビ放映から謎が謎を呼び、20世紀末に社会現象となったエヴァンゲリオン。’07年からの新劇場版4部作もついに完結だが、その結末を巡ってまたも論争が起きている――。
※本記事には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のネタバレが含まれます。

◆3つの異なるエンディング

 TV版最終2話は、モノクロの線画に、主人公の自己探求が続いて幕切れに。残された謎を明らかにするため、’97年旧劇場版が公開されるも、今度はヒロインアスカが残したラストの言葉が「オタク」批判か、と賛否が分かれる。

 そして公開中『シン・エヴァ』は一見、大団円ラストだったが、それゆえに納得できないファンも……。

◆今、エヴァを卒業できなくてもいつかその日はやってくる

さらば、全てのエヴァンゲリオン」のコピーとともに、緊急事態宣言下の3月8日に公開された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の快進撃が止まらない。

 ’07年から始まった新劇場版4部作『序』『破』『Q』のラストを飾り、すでに興行収入はシリーズ最高の60億円を突破。’95年のテレビ放送から25年がたっても庵野秀明監督が手がけるエヴァは新たなファンを獲得し続けているのだ。

 聖書、生命工学や心理学の用語が飛び交う虚実を織り交ぜた世界観、心の傷を持ちながら存在意義を模索するキャラたち、岡本喜八、黒澤明の活劇を彷彿させる目まぐるしいアクションシーンなど、エヴァの話題は尽きないが……常に賛否が分かれるエンディングは、『シン・エヴァ』でも再び大論争を巻き起こしている。

「壮大なエヴァの物語を終わらせたのですから、もう感謝しかありませんが……長年のファンのなかには裏切られたと感じる人もいるようです」

 そう話すのは、’86年生まれの若手映画監督・松本純弥氏だ。彼は『カメラを止めるな!』でメガホンを取った上田慎一郎監督の友人で、上田氏がエヴァ全作品の観賞に挑戦するYouTubeチャンネルの企画に“エヴァオタ”として登場し、自らのエヴァ体験を交えた解説が好評を博している。

◆「僕はシンジくんの涙に救われていたのに!」とショック



「自意識や人間関係の悩みをエヴァで救われていた人たちのなかには、『シン・エヴァ』の農村での集団生活や男女で結ばれていくラストに納得できずにエヴァを“卒業”できない人もいます。僕もそうでした。

 繊細でクヨクヨしてばかりのシンジくんに共感し、『自分と同じだ』と、つらい時期に救われていたのに、急に大人になったシンジくんが『僕が泣いてもほかの誰も救えない。だからもう泣かないよ』なんて言いだした。

 それを聞いたときに、『え? 僕はシンジくんの涙に救われていたのに! シンジくん、泣いていた自分自身を否定しないでよ!』とショックを受けました。シンジくんをマネて三角座りをして過ごしていたのに(笑)」(松本氏)

◆4回目の観賞で気がついたこととは?

 しかし、4回目の観賞で松本氏は「自分の読みが浅かった」ことに気がついたという。

「前作『Q』で絶望したシンジくんが、再びエヴァに乗る決意をするまでの心の変化が丁寧に描かれていたのに、それを見落としていたんです。エヴァは鏡のようなもので、観る人の心の状態によって、ハッピーエンドにもバッドエンドにも映る。

 小学4年生のとき、母と妹と3人で映画館旧劇場版を観ました。性的なシーンもあって、親子3人では気まずかったが(笑)。まったく内容はわからなかったけど、帰りのクルマで、しぶしぶ付き合ってくれた母が『もしかしたら、あのコは……』と登場人物たちに共感していたのが妙に印象的でした」

 エヴァにハマるタイミングも、卒業するタイミング人それぞれでいいと松本氏は言う。

「庵野監督が手がけたエヴァには、TV版、旧劇、新劇の3つの終劇がありますが、どれか一つを選ぶ必要はなく、どれもが本当の終わり方だった。今は『シン・エヴァ』の終わり方がしっくりこなくても、いつかそれが必要になるときが来るかもしれません」

【映画監督・松本純弥氏】
’86年生まれ。大学時代から自主映画を制作し、そのまま映画監督に。エヴァは’95年のテレビ放送を小学生の頃から視聴していた。最新作の『郷土創生譚キョードライザー』がAmazonPrimeGooglePlayなどで配信中。ツイッター@nakano__g

<取材・文/美波七海 村田孔明(本誌)>

―[私は『シン・エヴァ』をこう観た!]―