「ここの学校はイジメをかくすさいやくな学校です。これにした理由はそれいがいなんもないからです。それにぼくはふとうこうです」(原文ママ

 これは大阪府堺市の小学6年生の児童Aさん(11)が、4年生のころに書いたものだ。〈学校の様子を地いきの人に知ってもらうため、学校しょうかい新聞をつくって地いきのけいじ板にはることにしました。あなたなら、学校のどんなところを記事に書きますか?〉という作文の課題が出された。その答えとして書いたものだ。

 ただ、不登校だったため、実際に提出はしていない。新学期の季節だが、今年度も不登校からスタートする。Aさんは卒業までに再び登校できるのか――。

担任からのきびしい叱責を受け不登校

 作文に「ぼくはふとうこう」とあるが、理由は担任の指導だ。「イジメ」とはあるものの、教員の指導をきっかけにしている。しかも、子ども同士のいじめと違い、事実関係についての詳細は調査の対象外になっている。Aさんの母親は、SNSで同じ思いをしたり、関心がある全国の人たちに呼びかけて、「不適切指導を考える会」(仮)をつくった。

 いったい、何があったのか。

 母親によると、それはAさんが3年生のときだ。10月22日の体育の授業中、バレーボールをしていた時だった。Aさんは、飛んできたボールを頭で受けてしまった。担任である女性教師は、Aさんにこう言った。

ふざけるなら、やらんでもいい」

 翌日の校外学習は休んだが、その後、学校へ登校をした。そのとき、担任がAさんを廊下に呼び出した。「なんで遠足休んだ?」ときつく聞いたという。

「私からの電話で、休んだ理由について、担任は自分が原因だと知っています。息子も、先生が知っていることを分かった上での登校でしたので、すごく恐怖を感じたようです。だから、担任の質問に答えないでいたら、『何なん?』と聞かれ怖くなり、『風邪です』と答えました。そしたら、先生は『ふーん』とだけ言って去っていった、といいます」(母親)

不適切指導は半年前からはじまっていた

 ただ、この件だけで、Aさんが登校を渋ったわけではない。もともとAさんと担任の関係性はよくなかったという。4月、母親が学校に出向いた際に、担任に会った。そのときは母親の後ろに隠れるように回った。

 母「どうしたん?」

 Aさん「いや、なんかちょっと……」

 そのときAさんは「嫌だ」など否定的な言動はしていない。母親はそのとき、担任に対して「喋り方がぶっきらぼうで、語尾がきつい。感情の起伏がない」との印象を持ったが、「息子は、先生と相性が合わないだけかな?」と思ったという。

 5月。Aさんが給食当番の時だった。クラスでは給食当番は2人のペアでする。しかし、ペアの児童が学校を休んだ。Aさんは担任に「(ペアを)誰かにお願いしていいですか?」と聞いた。担任は「1人で運べると思ってん?」と笑い、担任は「もう遅いからいらん」ときつい言葉で言ったという。Aさんはそのことで落ち込んだ。

「以前の先生は、当番のペアの子が休んだら、他のクラスメイトに『誰かやってくれるかな?』と投げかけてくれるような人でした。しかし、担任は、そんな投げかけはしませんでした。以前から、担任は評判がよくなく、前年度には、クラス不登校にさせた子どもがいたと聞きました。問題がありそうなので、先生は異動するだろうと思っていたんです。まさか、自分の子どもクラスになると思っていませんでした」(母親)

 また、Aさんテストのときに、消しゴムを落としてしまったことがある。テスト中に質問など、何かある場合には、しゃべらずに手を挙げるというルールがあった。手をあげて消しゴムを取る許可を得ようとした。しかし、その担任はAさんと目があっても無視をしたという。

「そのとき、カンニングと言われることが怖かったようです。2学期になって、ますます担任から息子が無視されることがひどくなり、周囲の子は『先生は、Aさんにきつい』『Aさんにだけ頻繁に呼びつけられる』と言っていました」(同)

担任はあくまでもAさんに非があったと主張

 そんな最中に、体育の授業中の出来事が起きた。その意味では、授業中のバレーボールのことは、きっかけに過ぎなかった。Aさんの心理的な負担が限界にきていた。翌日の校外学習をAさんは休んだ。

 担任は「ふざけるなら、しなくてもいい」との発言は認めている。しかし、次のようなやりとりがあったと、母親に電話で伝えたと主張したという。

 担任「ふざけてるの?」

 Aさん「ふざけていました」

 つまり、担任は「Aさんがふざけていたと認めた」と、母親に言ったのだ。しかし、Aさんは「ふざけていました」とは言っていないと断言する。ただし、当初は母親も大ごとにはならないと思っていた。出来事から数日後、校長とAさんが話し合った。Aさんは校長に「僕はふざけていないし、認めていません。やらんでいいと言われたけれど、やりますと言いましたが、無視された」と振り返る。

「話し合ったとき、校長は『Aくんの言ったことを先生に伝えるね』と指切りをしたんです。息子は安心していました。しかし、校長は担任に伝えず、『嘘つき』にされていることにショックを受けていました。息子は『(学校へ)行きたくない』『怖い』『悔しい』との気持ちが芽生えました」(母親)

“大人の対応”をしない担任と、記録に残そうとしない学校

 10月29日Aさんの母と祖父が学校を訪問。校長と教頭、管理職、担任が話し合いの席についた。このときの母親のメモによると、話し合いの結果、担任が聞き間違えたことにして、Aさんに説明することで納得した。しかし、担任はかたくなな姿勢を崩さず、主張を曲げなかった。

「先生の良心に働きかければいいと思っていたんです。教師だから嘘をついたとは言えないのではないでしょうか。校長は『その場にいないのでわからない』と言っていたんです。だから、せめて『お互い、勘違いがあったね』という大人の対応をしてほしかったんですが……」(同)

 担任がAさんと話し合うことになった。しかしAさんが「2人では怖い」というので、母親と祖父が同席した。このとき、担任が大人の対応をすると思っていた。すると、担任は“大人の対応”をせず、平行線のままに終わった。

「学校を休んでいる間も、私がいない間に担任と学年主任が自宅を訪問したことがありました。そのため、息子にとって、家も怖い場所になってしまったんです」(同)

 母親によると、この一連のやりとりについては文書に記録されていない。学校側から聞いた説明としては、「スクールロイヤーが、公文書に記録を残すことは、Aさんにとって不利益と助言した」というのだ。後日、話し合いの経緯について記録したメモが出てきたが、市教委は「日記」と判断した。また、記述内容も認識に違う点があることもあり、「引き継ぎ文書」としても扱われていない。

 堺市教育委員会は「特に当初の対応については、当時の学校長の個人的なメモしかない。そのため、文書記録が残っていない。記録がないことは謝罪しています」(生徒指導課)としている。

もっと早く『学校へ行かなくてもいいよ』と言ってあげれば

 Aさんが5年生になったときも、不登校が続いていることもあり、母親は「きちんと聞き取り調査をしてほしい」と願い出た。いじめ防止対策推進法によると、いじめをきっかけに不登校になった場合は「重大事態」と位置づけられ、学校や教育委員会は調査をする。しかし、Aさん不登校は、教師の不適切な指導が理由だった。仮に“教師のいじめ”ととらえたとしても、いじめ防対法は子ども同士のいじめを前提としており、教師の言動は対象外なのだ。

 結局、担任は交代したものの、Aさん不登校は続いている。一時、学校に行けたが、心因性による嘔吐があった。保健室へ行こうとすると、「本当に体がしんどいわけじゃない」との理由で、職員室に行かされた。吐く時には、人目のない職員室の陰でしていた。気持ち悪くて「帰りたい」と言っても、「もうちょっと頑張ろう」と言われることもあったようだ。

「それまで息子の学校の思い出は楽しいものでした。しかし、2年半経った今でも、通学路を通れば吐いてしまいます。学校を連想するものでも吐いたり、頭痛がして過呼吸になります。体重も落ちました。今だから思うことですが、もう少し、親としてできることがあったと思います。もっと早く、『学校へ行かなくてもいいよ』と言ってあげればよかった」(同)

学校側のアフターケア不足で弟も不登校

 学校の対応は十分ではないとAさんも母親も感じている。クラスメイトへの説明もない。そのためもあってか、同級生からも「学校に来ないと殺すぞ」「あいつ、頭、いかれているんちゃう?」などと言われた。Aさんは「学校へ行けない理由を説明してほしい」と言っているが、学校側は取り合わない。

「弟も、元気だったAが段々と弱っていくことをそばで見ていたり、原因が先生だと知っていたために、学校でその先生にAのことを聞かれて怖くなり、Aが不登校になった2ヶ月後、学校へ行けなくなりました」(同)

 今年3月末、不登校だった兄弟2人が久しぶりに、仲良しの友達と近所に外出した。しかし、偶然、学校の児童と出会ってしまい、「お前、圧かけ過ぎやで」などと言われ、笑われてしまった。

「勇気を出して外出したんです。それは周りからしたらあたり前のことかもしれませんが、息子からしたらすごく勇気のある前向きな行動でした。でも、そこで『殺すぞ』と言っていた児童に会ってしまったんです。どうして、学校は放置したままなんでしょうか」(同)

「学校には、しっかりと真実だけを説明してほしかった」

 堺市教委は筆者の取材に「当時の担任はすでに学校にいませんので、聞き取りはできていません。すべての点において、十分な対応ができていないということで保護者に謝罪をしています。校長が代わってからは、学校内の情報共有は重要だと指導しています。学校からはお子さんには会えているとの報告を受けています」(生徒指導課)と答えている。

 ただ、母親は「校長や担任と息子は1年以上、会えていません。不登校後の対応については、謝罪のようなものはありましたが、息子としては『本当のことを言ってほしいだけ』です」と話している。

 Aさんは今、どんな心境なのだろうか。

「学校の楽しさ、人との接し方、人生に役立つことを教えてくれる先生が、なぜ人が精神的に病むようなことをするのかがわからない。学校には、しっかりと真実だけを説明してほしかった。なかったことにしないでほしい。死にたいと思っている人に手を差し伸べるのが大人でしょ。なんで加害者を擁護するの?」

 3年の途中から不登校が続くAさん。通学できる環境が整備され、十分な支援がなされ、卒業までに登校できるようになるのだろうか。

(渋井 哲也)

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