アメリカで3月31日に公開された『ゴジラvsコング』は、昨年3月にアメリカ全域の映画館が営業休止して以来初の大ヒット映画となっている。劇場収容人数は25%から50%のなか、公開から5日間で約4850万ドル(約53億円)の興行収入を計上、全世界興行収入は2億8580万ドル(約312億円)と、パンデミック以前の水準に戻ったように見える。

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だが、パンデミック以前と最も違うところは、『ゴジラvsコング』は劇場公開と同日にストリーミング・サービスのHBO Maxでも配信されていること。配信調査会社によると、配信から5日間でHBO Maxで『ゴジラvsコング』を5分間以上鑑賞したのは、360万世帯以上で、過去最大値だという。昨年12月にワーナー・ブラザース映画が2021年公開予定の劇場用映画を、全て劇場公開と同時配信すると発表した際に大きな問題となったが、『ゴジラvsコング』の劇場およびストリーミングでの大成功から読み解けることはなんだろうか。

ハイブリッド公開の利点と功罪とは

Variety」では、ワーナー・ブラザース映画によるハイブリッド公開の利点と功罪を論じている。そのなかで、パンデミック以降の映画業界の変化として挙げているのは以下の3つのポイントだ。

1.ストリーミング各社vs Netflix

現在アメリカでサービスを提供しているストリーミング各社は、パンデミックによって急遽訪れた特需のために、多くの劇場公開用映画をラインナップに追加した。一方で、映画館が営業停止したことで公開できなくなった作品を抱えるスタジオは、ストリーミング・サービスに作品を譲渡し、2020年度の経営状況を建て直す手段をとった。HBO Max、Disney+Huluといったスタジオと垂直経営にあるストリーミング・サービスは、劇場公開と同時に配信も行う”ハイブリッド公開”を試運転している。

Variety」のエグゼクティブ・エディターブレットラング氏は、「2020年から2021年初頭に予定されていた多くの大作映画が、パンデミックを乗り切るために何度も公開延期されている。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、Netflixによる6億ドル以上のオファーを断り、映画館で公開することに拘った。『ブラック・ウィドウ』(7月9日日本公開)はDisney+で劇場公開と同時に配信することになり、ワーナー・ブラザースは2021年公開予定全作品をHBO Maxでも配信する。これは、Netflixに対抗する作品を作らなければならないというスタジオと系列ストリーミング・サービスのプレッシャーと関係し、映画館の存続を全面的に否定するものではない。競争上の優位性を保てるように、劇場独占配給権はある程度は保たれるだろう。もしも『ワイルド・スピードジェットブレイク』が劇場公開を断念し、Peacockでの公開を選択すると、数億ドル、数十億ドルのチケット売上を断念することになるため、経済的に無意味だからだ」 と語る。

スタジオのハイブリッド配信への移行は、あくまでもパンデミック下の暫定的措置。全世界で2億人以上、アメリカで7000万人以上の会員数を誇る配信事業者のトップランナーNetflixに対抗する策にすぎず、本来の興行収入モデルを超える営利はストリーミング併用では難しいと語る。なにより、配信でも観られる『ゴジラvsコング』の大ヒットが劇場用映画の復活を物語っている。

■視聴率が低迷する授賞式中継と、ユーザーの集中力低下

2.賞レースにも影響

2021年に入り開催されたゴールデングローブ賞もグラミー賞も、例年以上の視聴率の落ち込みを記録している。「Variety」の映画評論家オーウェン・グレイブはこう述べている。

「視聴率の急落について人々は、過去5年間にアカデミー賞が直面してきた視聴者減少の線上にあると考えるだろうが、もしもそうならば、そこには新しい方向性を示唆する種が埋め込まれていると思う。『Variety』によるアカデミー賞作品賞候補作に関する調査で、今年の候補作は圧倒的に認知度が低いことが明らかになっている。それらの多くは配信作品で、認知すらされていなかった。パンデミックは、単にストリーミング革命を後押ししただけではない。それは、事実上の実験となった。映画館から映画を撤去するとどうなるか?映画は集合的な魔法のようなものを失ってしまった。このことが、アカデミー賞が掲げるべき大きなメッセージになるのではないか」。

Variety」が映画ファンを対象に、今年のアカデミー賞候補作品の認知度を調査したところ、最多ノミネート作品の『MANK/マンク』(上映中)の認知度は18%、最大の『Judas and the Black Messiah』でさえ、46%の認知度しかなかった。この調査によると、劇場公開と作品ごとの課金配信である『プロミシング・ヤング・ウーマン』(7月16日日本公開)は34%、『ミナリ』(上映中)は24%、『ファーザー』(5月4日公開)は24%で、劇場公開と米国版Huluハイブリッド公開である『ノマドランド』(上映中)は35%と、配信のみの『MANK/マンク』、『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』よりも認知度が高い。

つまり、定額制ストリーミング・サービスで配信された作品は、主に興味対象者とサービスのユーザーに向けた告知に留まり、十分なマーケティングも宣伝も行われていなかったために認知度が上がっていないと考えられている。作品賞候補作の過半数は各ストリーミング・サービスに加入していれば追加料金なしで観賞できる作品だ。それにもかかわらず認知度が低いのは、ユーザーがストリーミング・サービスに求める作品とアカデミー賞で評価される作品の乖離を表している。ともすると、アカデミー賞は映画館で映画を観た人たちのための祭典であるべきだという方向性を後押しするだろう。

3.集中力の持続性に影響

また、Variety誌編集長のピーター・デブラージ氏のこの発言が、ハイブリッド公開について最も言い得ている点だろう。

「この1年は、私たちの集中力にも影響を与えた。それは、TwitterやTikTokによる現代生活への影響であり、パンデミック以前から多くの人が直面していた問題だ。恒久的な現象ではないと思うが、特定のテンポのストーリーテリングにはもう耐えらなくなってしまった。一方、『ゴジラvsコング』の冷酷なまでの効率性は、南極から地球の中心、そして香港までを数分で飛び越えてしまう。あの映画の3時間バージョンには(特にマスクをつけた状態では)対処できなかったと思う」。

Netflixは以前からテストしていた再生速度変更を可能にし、最速で1.5倍速で観賞できる(逆もしかり)。これはYouTubeが再生速度変更機能を持っていることに起因し、最近ではGoogleでYouTubeビデオを検索すると、重要なシーンのタイムコードを表示してくれるサービスもある。このことから言えるのは、ユーザーの耐久性が落ち、よりわかりやすい表示をして集中力を保たせないと動画を見せることが難しくなっている。3月31日にHBO Maxで配信された『ゴジラvsコング』は、2時間弱の映画のほとんどのシーンにゴジラとコングが登場している。HBO Maxで同時配信するにあたって編集を変えたかどうかは明かされていないが、前作の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(19)は、2時間12分の尺に対しゴジラ出演時間が短いことが指摘されていた。同作はすでにHBO Maxでも配信されているので、ユーザーが映画を観る速度、途中離脱率などのデータをもって編集を変えることも可能だ。

これらの考察を踏まえると、劇場用映画と配信用映画は映画の構成自体が異なり、現在はパンデミック特需でハイブリッド配信を行なっているが、将来的には差別化が図られていくことだろう。

文/平井 伊都子

北米で劇場と配信のハイブリット公開となった『ゴジラVSコング』/[c] 2021WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. & LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS LLC.