(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)

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 2月1日未明、ミャンマーで軍事クーデターが発生した。国軍がアウン・サン・スー・チー国家顧問、ウィン・ミン大統領以下100余名を拘束した後、国軍出身のミン・スエ氏が暫定大統領に就任し、1年間の非常事態を宣言した。以降、ミャンマー情勢は混とんとしており、クーデターに抗議する市民を国軍が武力で制圧する異常な状況に陥っている。

 このミャンマー国軍の対応を巡り、国際社会の対応は二分化されている。米国と欧州は制裁を加えることで、国軍の行動変容を促そうとしている。3月22日に米国と欧州連合(EU)はそれぞれ国軍の関係者に対する渡航制限と資産凍結を発表、4月に入りフランスのルドリアン外相が追加制裁を示唆するなど圧力を重視している。

 他方で中国とロシアは、そうした米欧流のやり方を批判する。制裁という圧力に対しては、当然ながら反発が生じる。圧力一辺倒だと国軍の態度がさらに硬化し、反発もまた大きくなる。その結果、ミャンマーは本格的な内戦に突入しかねないというのがそのロジックだ。つまるところ、中露は国軍の反発に対して配慮を見せているということになる。

 中国はミャンマー経済の最大のスポンサーであり、ロシアも国軍に武器を供給している。そのため、中国とロシアは米欧による制裁に反対している側面がある。ただ、国内に常に紛争の火種を抱え、その対応に苦慮してきた中国とロシアの場合、圧力だけでは事態がより複雑になるという経験を幾度も重ねてきたという事実もある。

ミャンマー問題で企業に圧力をかける欧州のやり方

 近年のミャンマーブームを受けて、わが国のみならずアジアを中心に世界中の企業がミャンマーに進出した。そうした各国の民間の企業に対して、欧州は「投資家」としての立場から圧力をかけ、ミャンマー事業からの撤退を促そうとしている。いわゆる政府系基金(ソブリンウェルスファンド)が「物言う株主」として、政治的な動きを強めているわけだ。

 わが国の場合、典型的な事例としてキリンホールディングスへの圧力がある。3月2日、世界最大級の政府系基金であるノルウェー中銀資産運用局(NBIM)が同HDの株について、保有から外す可能性がある監視対象に指定すると発表した。同HDがミャンマー国軍傘下の複合企業体(MEHL)と合弁事業を展開したことを問題視したのである。

 キリンホールディングスはNBIMによる発表の前の2月5日時点で、既にMEHLとの合弁を解消すると表明している。そのためNBIMによる発表が合併の解消の直接的な圧力になったとは考えられない。とはいえ同HDのみならず、米欧社会による要請を受けて「政治色」を強める機関投資家の意向を無視できないという企業は数多く存在する。

 同様にMEHLとの合弁企業を展開する韓国の鉄鋼大手ポスコも、オランダの政府系基金APGから合弁事業を見直すように圧力を受けている。フランスの国営企業であるフランス電力(EDF)も同国政府の意向を汲んで水力発電用ダム(シェエリ第三ダム)建設事業を一時中止、EDFは事業を再開する条件として「基本的人権の尊重」を挙げている。

 自らも米欧から制裁を受ける中国とロシアは、圧力に対する反発への配慮を重視する。経済的な利権を確保する観点もさることながら、バイデン政権成立以降、米欧で強まった「人権外交」スタンスに対する不満も強く反映されている。そうした意味で、ミャンマー情勢は大国間の「代理戦争」的な意味合いを持ち始めていると言えなくもない。

 ミャンマー国軍もまた、反発への配慮を見せる中国とロシアとの関係を重視する動きがある。同時にミャンマー国軍には、中国への過度な依存を回避する目的からもロシアに接近する意図がある。2月のクーデターの張本人といわれるミン・アウン・フライン国軍総司令官兼国家行政評議会議長の対中姿勢が慎重なことはよく知られた事実だ。

虐殺の様相を呈している国軍による弾圧

 ロシアは中国と異なり、ミャンマーと国境を接していない。いわゆる「一帯一路」のような拡張的な野心を見せるわけでもない。国連の常任理事国でもあるし、旧共産圏や中東諸国を中心に政治的な影響力を持っている。国軍としては、中国の存在を最大限利用しようしつつ、過度な依存を回避するためのヘッジをロシアとの関係でかけようとしている。

 現実的に、ロシアに中国のような拡張志向はない。制裁による反発に対する配慮は、確かに米欧の「人権外交」に対するけん制の意味合いも強いはずだ。しかし同時に、ロシアは必ずしも国軍を全面的に支持しているわけでもない。国軍への軍需品の提供はあくまでニーズに応じたものだし、国境を接していない分、ドライな態度に終始できる。

 既にミャンマー国軍による市民の制圧は虐殺の様相を呈している。少数民族の武装勢力が国民側に合流、反国軍で組織化を進めれば、本格的な内戦に突入しそうなムードである。一義的に責められるべきは当然ながら国軍であるが、その国軍に対して圧力の一辺倒に終始し、反発への配慮を実質的に欠いていた米欧の責任は軽くないだろう。

 国軍は中国とロシアに接近しているが、両者が国軍の守護者になるかは不透明だ。特にロシアの場合、繰り返しとなるが国境を接していない分、ある意味ではいつでもミャンマーを見捨てることができる。米欧と対立する中国にもまた、是々非々で米欧との妥協を成立させる用意がある。優先順位が低いと判断されれば、中国の庇護も失われる。

 ミャンマー国軍は殻に閉じこもってしまった。日本は国軍とアクセスできる数少ない国の一つだが、その日本が米欧側についたと国軍が判断すれば、これまで築き上げてきた信頼関係が一気に崩壊する。日本でも国軍に関して厳しい態度をとるべきだと主張する声があるが、一方で竹を割ったようにいかない事情があることも理解すべきだ。

ミャンマー国軍の態度を硬化させたもの

 事はそう容易ではない。国軍を追い詰めれば必ず内戦となり、多くの人命が失われる。国軍を世界的に孤立させることは、むしろミャンマーでの内戦を激化させる恐れが大きい。国軍がクーデターを起こした背景を理解したうえで、即効性はないことは承知の上で粘り強く対話を試み続けることしか国際社会に残された道はないといえよう。

 なおEUのボレル外交安全保障上級代表(外相)は4月11日、中国とロシアミャンマークーデターに対する国際社会の取り組みを阻害しているとブログで批判した。しかしながら、その実、ミャンマー国軍の態度を硬化させたのは、ミャンマーの情勢を理解しているとは必ずしも言えない米欧による外交姿勢だったことに今一度留意すべきだろう。

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国軍のクーデターに抗議する市民(写真:AP/アフロ)