「親が重い」「親の介護が苦しい」「『家族じまい』をしたい」――。そんな子どもたちの声なき声がコロナ禍で増えています。

「この1年で、われわれへの相談件数が昨年比で5倍に増えたんです」

 そう語るのは「家族代行業」として、「家族じまい」ともいうべき一連の手続きなどを代行する一般社団法人LMNの遠藤英樹代表理事です。遠藤さんはいわゆる終活支援事業者で、家族の委任を受けて、介護施設の選定から煩雑な施設とのやりとり、部屋の片付け、終末期の付き添いや役所との調整などを代行して5年になるといいます。

月の問い合わせが5倍に増加

 遠藤さんによると、昨年までは1カ月に5件程度だった問い合わせが、今年に入ってからは月25件ほどに増加したそうです。その問い合わせの多くが、高齢の親を抱える40代、50代の女性たちです。「家族じまい」という言葉は近年、急速に浸透してきました。昨年末から、テレビや雑誌などのメディアで盛んに取り上げられたことで抵抗感が薄まってきたことが要因と考えられます。

「われわれに寄せられる家族じまいに関する依頼には『毒親なので完全に親を捨てたい』という深刻なものから、『一時的に介護から離れたい』というものまで、人によって、その内容はさまざまです。そのため、一人一人の事情を丁寧に聞きながら対応しています」

 円満な親子関係でも、介護となると何かと大変さはつきものです。しかし、毒親などの親子関係に悩んできた人にとって、さらに大変な局面となるのが親の介護から死までの期間です。筆者自身、親から虐待を受けた当事者ということもあり、そんな子どもたちの苦しみを解消する手段はないのかと日々考えています。

「親が介護施設に入ったら一安心」と子どもは思いがちですが、それは落とし穴だと遠藤さんはいいます。

「介護施設に親やきょうだいを入れた人が陥りがちなのは、取りあえず、介護施設に入れたら大丈夫だろうと思ってしまうことです。でも、そんなことは全くありません。施設からは電話が来るし、親やきょうだいが生活を続けるためにさまざまな選択を強いられます。むしろ、元気な頃より、連絡は多くなるくらいだと思った方がいいです。

特に問題のある親は高齢になってからプライドが高くなったり、傲慢(ごうまん)になったりするので、介護施設の中でも問題を起こしがちです。そうすると、今いる介護施設を退去して、新しい介護施設を探さなければならなくなるなど悪循環に陥っていきます。だから、私たちのような家族と他人の間の『2.5人称』の関係の人間が必要だと思うのです」

 例えば、神奈川県在住のAさん(50代、女性)は母親から、小さい頃にネグレクトや身体的暴力などの虐待を受けて育ち、結婚してからはほぼ絶縁状態でした。しかし、いざ母親の介護が必要になると、血縁関係というだけで行政から連絡があり、問答無用で親の介護が始まりました。

 母親は秋田県の介護施設に入居することになり、Aさんとは当然ながら別居です。しかし、Aさんは頭を悩ませました。毎月、母親からAさんを罵倒する手紙が届き、そのたびに激しく落ち込むからです。また、母親が要望する下着やパジャマをいくら送っても、「犬や猫が着るものなんか送ってきて!」とののしる文面が並んでいるのです。

「私はその手紙のことを『呪いの手紙』と呼んでいました。『母がインフルエンザにかかって、さっさと死んでくれたらいいのに』と思うこともありました」

 また、母親は事あるごとに施設でトラブルを起こし、Aさんはそのたびにケアマネジャーや施設の管理者から呼び出しを受け、新たな施設探しに奔走しなければなりませんでした。そのため、これまで数え切れないほどの施設を転々としたといいます。そのたびに仕事が手につかなくなくなり、Aさんの心と体はだんだんと疲弊していきました。しかし、一人っ子のAさんに寄り添ってくれる人はいません。Aさんの母親は昨年末に肺炎で亡くなりましたが、内心ホッとしたといいます。

「これからの時代、私みたいに親と関わりたくないと考える人が増えてくると思います。だけど現実問題として、親子の縁はなかなか切れません。でも、やりたくないことは親子でもやらない方がいいです。たとえ『鬼』とか『ひどい』とか言われても、自分の気持ちに正直な方がいいのです。母の人生は母の人生で、私の人生ではないのですから。私は全部自分でやったけど、本当につらかったので、母の介護のときに誰かが間に入ってくれたらと思いました」

ブームは時代の要請か

 今後、単身世帯が増え、少子高齢社会へと突き進むわが国において、親族に代わってその役割を担う家族じまいはますます増えていく流れになると思います。現実の親族関係が希薄化しているにもかかわらず、日本においてはいまだに旧態依然の血縁関係が重視されているからです。

 そのため、長年疎遠だった親や親族が孤独死して、その多額の特殊清掃費用や火葬費用を負担したというトラブルも後を絶ちません。血縁者が助け合うことを前提とした、行政機関のこれまでの制度設計も無理が生じているといえるでしょう。家族じまいのひそかなブームは時代の要請に応えたものなのかもしれません。

「たとえ親や親族であっても苦しいなら離れてもいいし、第三者に委ねてもいい。そして、その行為に罪悪感を感じないでほしい」。それは親から虐待を受けた当事者として、今、筆者がはっきりと伝えたいことです。

ノンフィクションライター 菅野久美子

「家族じまい」の相談が増加中