「菅首相にトリチウム汚染水を飲ませろ!」

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 日本の周辺諸国・地域で、日本に対する「トリチウム非難」の声が拡大している。

 きっかけは、4月13日、その2日後に訪米を控えた菅義偉首相が、首相官邸で開いた関係閣僚閣議で、トリチウムなど放射性物質を含む福島第一原発の処理水の海洋放出を決定したことだった。

<国の小委員会がまとめた基準以下の濃度に薄めて海か大気中に放出する方法が現実的で、海の方がより確実に実施可能である。具体的には、東京電力に対し、2年後をめどに海への放出を開始できるよう設備の設置などの具体的な準備を進める。放出にあたっては、トリチウムの濃度を国の基準の40分の1、WHO(世界保健機関)が示す飲料水の基準で、7分の1程度に薄める。また、農林水産業者や地元の自治体の関係者なども加わって放出前後の濃度などを監視するモニタリングを強化する。IAEA(国際原子力機関)の協力も得て国内外に透明性の高い、客観的な情報を発信し風評を抑える。さらに、漁業関係者への支援や観光客の誘致、地元産品の販売促進などの対策も講じる。それでも生じる風評被害には東京電力が賠償を行う・・・>

 7年以上の紆余曲折を経たこの日本政府の決定に、ある程度、予想していたとはいえ、中国、韓国、台湾など周辺諸国・地域が、非難轟々となっているのだ。

バイデン外交で守勢に回った中国に格好の反撃材料

 まず中国だが、毎日現地時間の午後3時から開いている外交部の定例会見で、13日はわずか20分の間に、3度もこの問題に対する質問が出た。それに対し、「戦狼(せんろう)外交官」(狼のように吠える外交官)の異名を取る趙立堅報道官が、日本に対して吠えまくった。

「日本の近隣にあり権益を持つ国として、中国はこの件に厳しい目を向けている。福島原発事故は、これまで世界で発生した最も重大な原発事故の一つであり、大量の放射性物質が漏れた。それが海洋の環境、食品の安全、人類の健康に、深刻な影響を与えた。それを日本は、安全処理を尽くさないまま、国内外の疑義と反対をも顧みず、周辺国家と国際社会の十分な協議も経ずに、一方的に福島原発の核汚染水の海水排出を決定した。このやり方は責任を果たしておらず、国際的な公共の健康と安全、周辺国家の人々の切実な利益に、深刻な打撃を与えるものだ。アメリカも、環境問題を重視すると言っているのだから、それは相手によって変えるのでなく、事によって判断すべきだ・・・」

 その後、NHKの北京特派員が、「中国の大亜湾原発は2002年、42兆ベクレルトリチウムを放出しているが、日本政府が計画しているのはWHO基準の7分の1に稀釈したものだ」と反論したが、「オオカミ外交官」はさらに熱くなった。

福島第一原発は、世界最悪レベルの事故を起こしたんだぞ。そこから出る廃水と、正常な運行をしている原発から出る廃水は、まったく別物だ! そうでなければ、日本はなぜそれらの水を、これまでずっと密封して保管しておいたのか・・・」

 確かに、私は10年前の東日本大震災の時、北京に住んでいたが、福島原発の爆発シーンが連日、CCTVで放映され、日本はおろか、中国も滅ぶのではという議論さえ起こっていた。中国人はそうした「恐怖体験」を共有しているので、福島問題に対しては、ことのほか敏感である。

 それに、昨今の外交情勢が加わっている。中国はこのところ、米ジョー・バイデン政権に、領土問題や人権問題などで責め立てられ、外交的に守勢に回っていた。日本についても、QUAD(日米豪印)首脳会議や日米「2+2」などで中国包囲網の「前線基地」と化していくことを、苦々しく思っていた。さらに今週末の日米首脳会談でも、中国に対して厳しい共同声明が出されることが見込まれ、焦燥感を募らせているのだ。そうした中、日本を国際的に非難する格好の材料ができたのである。

市長選での与党大敗で沈静化した韓国の反日熱、処理水問題で再び沸騰

 韓国もまた、大騒ぎになっている。13日午前、日本発の「閣議決定速報」が入るや、具潤哲(グ・ユンチョル)国務調整室長が関係部署次官会議を主宰。会議終了後に非難コメントを発表した。

「日本政府に反対と懸念を伝え、わが国民の安全と海洋環境の被害防止のための具体的な措置を強力に要求する。さらにIAEAなど国際社会に対し、韓国政府の懸念を伝え、今後、日本の措置に対する安全性検証情報の共有、国際社会の客観的検証などを要請していく・・・」

 実際、韓国外交部は、相星孝一駐韓日本大使を呼びつけて、猛抗議した。

 さらに、夜のKBSテレビのニュースを見ていたら、トップから延々とこのニュースを報じていた。早くも東京特派員が福島入りしていて、現場の住民たちがいかに反対し、不安に苛(さいな)まれているかをレポートしていた。加えて、釜山と済州島の自治体や漁業組合などの怒りも伝えていた。

 韓国は、先週7日のソウル・釜山市長選で、文在寅大統領率いる与党「共に民主党」が、歴史的大敗を喫したばかりだ。特に、文大統領のお膝元である釜山では、慰安婦像を通りに設置したり、日帝強制動員歴史館を建設したりと、「反日拠点」となってきた。それが先週の市長選大敗で、ようやく反日色が払拭されたばかりだった。

 そうした中、今回のトリチウム問題で、再び反日感情に火がついてしまったのである。

解除の兆し見え始めた台湾の福島産などの食品禁輸措置、再び暗礁に

 台湾でも、大々的にこの問題が報じられ、総統府の張惇涵報道官が、処理水放出反対のコメントを発表した。

「わが外交部、駐日代表処、原子力エネルギー委員会など関連部門を通じて、何度も日本に対して、高度な関心を寄せていることや、台湾人及び環境団体の憂慮を伝えてきた。原子力エネルギー委員会は正式に、日本に反対意見を述べた・・・」

 日本と台湾は、いままさに、この10年続いてきた台湾の5県(福島・茨城・栃木・千葉・群馬)産食品輸入禁止措置の解禁を巡って、水面下で折衝を始めていたところだった。昨年11月に、台湾がその2年前に行った住民投票の拘束期限が切れたからだ。

 それが、今回のトリチウム問題によって、この食品解禁交渉は、完全に水泡に帰したと言ってよいだろう。

近隣諸国・地域への配慮、十分だったか

 このように、中国、韓国、台湾と、まるで火山が噴火したような爆発なのである。今後は、中国が音頭を取って「反日包囲網」を敷くリスクすら出てきた。

 菅政権は、いったい何を考えているのか? アジアの国で大使経験がある元外務省高官が嘆いて言う。

「今回の菅首相の決定は、まもなく福島の処理水保管タンクが一杯になってしまうという国内事情と、15日の自らの訪米を前にアメリカの同意を取り付けたいという日米同盟の事情によるものだった。つまり、アジアの周辺諸国・地域に対する配慮は皆無だった。

 こうした決定を行うのであれば、菅首相か茂木敏充外相が、IAEAがまったく問題視していないことや、中国・韓国が日本以上のトリチウムを放出していることなどを、しっかり説明しないといけない。菅政権は、アピール能力が決定的に欠けている」

 こんな体たらくで、15日からの訪米は成功するのだろうか?

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  原発処理水放出で韓国、中国にどう対応すべきか

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