ドロップ』(08)、『漫才ギャング』(11)、『サンブンノイチ』(14)、『Z アイランド』(15)など、数々の話題作を送りだしてきた品川ヒロシ監督が、北海道下川町を舞台に製作した最新作『リスタート』(7月公開)。本作は、4月17日(土)、18日(日)の2日間で開催される「島ぜんぶでおーきな祭 第13回沖縄国際映画祭」で特別招待作品として上映される。

【写真を見る】EMILYの嘘のない“本気の歌声”がエキストラを湧かせた圧巻のライブシーン

フォークユニット「HONEBONE」のボーカル、EMILYを主演に迎えて製作された本作は、“28歳の青春ストーリー”がテーマの作品。シンガーソングライターを夢見て上京したものの、実際には売れない地下アイドル止まりの杉原未央(EMILY)が、人気ミュージシャンとのスキャンダルに巻き込まれSNSで炎上。傷つき疲れ果て、夢を諦めた未央は故郷である下川町に帰郷し、そこで暮らす家族やかつての同級生たち、下川町の大自然に触れることで次第に心を取り戻していく。

北海道下川町と吉本興業が連携し製作した映画『リスタート』

本作が製作されるきっかけとなったのは、2017年に開催された第1回「ジャパンSDGsアワード」の最高賞にあたる、内閣総理大臣賞を受賞した北海道下川町と、同アワードで特別賞を受賞した吉本興業が、2018年にSDGs推進における連携協定を結び、地域創生の新たな取り組みである「プロジェクト下川町株式会社」をスタートさせたことにある。

脚本完成前からクラウドファンディングで支援を募り、品川監督と支援者が一緒に映画を作り上げていくプロジェクトということもあって、地域活性化のためのPR映画に留まることなく、あくまで“品川ヒロシ監督の最新作”としての映画作りが進められた。

■あっけらかんとしているようで実は“隠キャ”?EMILYの人間的魅力

品川監督作品で初の女性主人公となる本作だが、撮影前に訪れた下川町で構想を練るなかで、「主人公は女性ミュージシャンがいい」と考えていた監督の目に、たまたま留まったのがEMILYだったという。

監督が毎週録画しているというテレビ東京のバラエティ番組『家、ついて行ってイイですか?』に出演していたEMILYは、その場で番組スタッフのリクエストに応え、即興で歌を歌うノリの良さを見せていた。さらに、「周りが応援してくれているのに、自分たちが結果を出せていないことが悔しい」という本音を吐露したかと思えば、中学校時代にイジメに遭っていたという過去も明かした。いまも書き続けているという自身の気持ちを綴ったポエムやイラスト満載の、通称“デスノート”を公開するなど、あっけらかんとしているようで実は“隠キャ”でもあるという、彼女の人間性も魅力に感じたそう。

「グツグツしている人が好き」と話す品川監督にとって、常に怒りや悔しさを感じながら、それでもそこから這い上がろうとしているEMILYの姿は、その時すでに本作のミューズに見えたに違いない。

演技初挑戦となったEMILYは、本作を試写で鑑賞し「どん底から這い上がろうとする人たちがそこにいました。なにか大きなことを成し遂げられなくても、一歩ずつ、歩もうとする気持ちをいつも心に置いておいていたい。時には立ち止まってもいいから、一歩ずつ歩きたいと思った」とコメント。また、未央の幼なじみ、大輝役を務めたヒップホップグループ「DOBERMAN INFINITY」のMCで、劇団EXILEに所属するSWAYも「すごく恥ずかしい気持ちで観始めて、気づけばどっぷり物語に入り込んでました」と、本作の感想を語った。

■いまの世の中を予見していたかのような『リスタート』の持つメッセージ性

2019年に撮影され、2020年の公開を予定していたものの、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、公開延期を余儀なくされた本作。まるでいまの世の中を予見していたかのようなタイトルも含め、監督も「撮影時にはコロナのコの字もなかったけど、『リスタート』にはやっぱり、なにかしらいまの世の中に通ずるものを感じる」と明かす。「もう一度新しく始めよう」「みんなで頑張ってここから這い上がろう」という時代の空気と、撮影中、低予算のなかスタッフ・キャストが一丸となって感じた「ここから這い上がっていこう!」という熱い想い。その2つがリンクすることによって、本作の持つメッセージ性は、世の中により大きな力を放つことになったのだ。

作中、28歳の未央は、高校を卒業する18歳の時に自分が歌った歌によって勇気づけられる。「映画だからわかりやすく過去に自分が歌っていた歌になっているけど、そういう経験って誰もがあるんじゃないかと思う。僕も『やってやるぞ』と意気込んだはいいものの、結局いろんな現実があって諦めたり挫折した時には、若いころに自分が言ってたことが一番刺さるんだよね」と振り返る品川監督。

そんな思いから監督が書いたというのが、『リスタート』のハイライトとも言うべき、100人を超える下川町民がエキストラとして参加した、下川産業組合農業倉庫でのライブシーンだ。未央が、いまの自分の気持ちをすべて歌にぶつけるこのシーンでは、ライブ感を出すために、EMILYの相方、HONEBONEのKAWAGUCHIもこっそりギターで参加。撮影を振り返って「夢を見させてもらった」と語ったEMILYだが、実はライブシーンではついミュージシャンとしての自分に戻ってしまい、「目の前にいる人たちを楽しませなきゃ」という気持ちで精一杯だったという。

しかし、結果的には彼女の嘘のない“本気の歌声”が、町民たちからの割れんばかり拍手で、監督の「カット!」の声がかき消されてしまうほどの盛り上がりを生んだのだ。その現場の熱気は、本編の映像でも感じることができる。音楽ものの映画にしばしば見られる、どこか気恥ずかしくなってしまうようなライブシーンなどではなく、そこには間違いなく本物の歌声と、その歌声に圧倒された観客の感動が存在していた。

■ドン底に落ちた未央を温かく見守る家族の存在にも注目

また、本作に欠かせないもう一つの大事な要素と言えるのが、未央を温かく見守る家族の存在である。疲れ果て、故郷に帰る決心をしたものの、母親(黒沢あすか)と義理の父親(中野英雄)、そして異父姉妹の妹、夏帆(朝倉ゆり)の3人が住む実家には、なんとなく自分の居場所がないように感じていた未央にとって、実家はあまり居心地のいい場所とは言えない。そんな未央が、ギクシャクしている父親との心の距離を、不器用に、しかしゆっくりと少しずつ縮めていくさまには、観ていて思わずジンとさせられた。

そんな父親役を演じた中野英雄は「EMILYの頑張りはすばらしく、悩み苦しむ主人公を見事に演じていました」とEMILYを絶賛。同じく、母親役の黒沢あすかも「吐きだしきれない未央の心情を歌声にのせ、昇華させていく姿は圧巻でした。気取らない仲間、家族との絆、大自然のなかで透明度を上げていく心。感動しました」とコメントを寄せている。

■小さな一歩を踏みだす未央の姿に勇気づけられる

本作で、「初めてクランクアップ泣いた」という品川監督。EMILYの悔しさや怒りを脚本に落とし込んだと言いつつ、実は自分の思いも込もっていると話す監督は、劇中で大輝が未央に言う「28歳ぐらいで人生終わったみたいな顔すんな」というセリフについて「それは僕が20代の子たちに思うところでもあるし、同時に、自分自身にも『48歳ぐらいで人生終わったような顔すんな』って思うところでもある」と自戒を込めて明かす。

大きな夢を叶えたわけでも、現状が劇的に変わったわけでもないけれど、確実に一歩前に進むことができた未央。そんな未央を変わらず温かく見守る家族や友人たち、そして下川町の雄大な大自然に包まれた本作は、コロナ禍における一服の清涼剤であるとともに、いまの世の中のカンフル剤となり得るのかもしれない。

<キャストコメント>

EMILY (HONEBONE)

「どん底から這い上がろうとする人たちがそこにいました。なにか大きなことを成し遂げられなくても、一歩ずつ、歩もうとする気持ちをいつも心に置いておいていたい。時には立ち止まってもいいから、一歩ずつ歩きたいと思った。

いま、みんながまるでどん底にいるような空気です。私たちも2年待ちました。どんな場所でも、どんな状態でも望めばきっといつだって“リスタート”はできます。私の、あなたの、リスタートになればいいな!」

●SWAY

「撮影からかなり時間が空いて、初めて観させてもらいました!すごく恥ずかしい気持ちで観始めて、気づけばどっぷり物語に入り込んでました。この作品を観て、それぞれの“リスタート”になにかを感じて、皆さんのリスタートへのきっかけになってくれたらうれしいです」

●黒沢あすか 

「吐きだしきれない未央の心情を歌声にのせ、昇華させていく姿は圧巻でした。気取らない仲間、家族との絆、大自然の中で透明度を上げていく心。感動しました。

私の“リスタート”は39才。長年演じ続けてきたエキセントリックな女性のイメージを払拭するにはどうしたらいいか思案していた時『冷たい熱帯魚』への出演が決まりました。“愛子”を集大成と位置づけ、それからは人間味ある役柄と向き合う機会を増やす努力を重ねていきました」

●中野英雄 

「品川監督の作品は2作目です。爽やかな作品に呼んで頂き、うれしかったです。撮影スタッフも出演者も下川町も、作品に対する情熱が凄かったです。若いころに青春ドラマに出ていた私は、父親役としての“リスタート”でした。

EMILYの頑張りはすばらしく、悩み苦しむ主人公を見事に演じていました。SWAYの安定感や個性的な共演者や、大自然の力も味方に付けた力作でした!良かったです」

取材・文/落合由希

北海道下川町の雄大な自然の中で這い上がっていく女性の姿を描く/[c]吉本興業