「完乗は桜咲く誕生日に」。そう決めて、あれから1年。

【画像】筆者が塗りつぶした「完乗」路線地図帳

 2021年4月8日。近鉄吉野線の特急「さくらライナー」で終点の近鉄吉野駅に到着。これで私は「日本の旅客鉄道路線の全て」に乗車しました。

 本連載「月刊乗り鉄話題」では時々、旬の乗り鉄話題と絡めて個人的な旅の様子もレポートしておりました。

 個人的な理由とは「日本の旅客鉄道路線に全部乗る」という目標でした。上記各回の末尾に完乗率を記していました。

 2020年4月。いよいよ完乗率100%に達する旅を計画し、列車の指定席もホテルも全て予約したところで、まさかの緊急事態宣言(1度目)が発令。泣く泣く全ての予約をキャンセルして、悔しいからキャンセルしたネタでも1本書いたりもしました。

 乗り鉄の用語では「全線完乗」または「全線踏破」といいます。特に珍しいことではなく、達成された人は何人もいます。「鉄道ライターというくせに完乗してないの?」ってなものですが、今回は「完乗」に取り組んできた思い、そしてその魅力と楽しさを語っていきましょう。

●「ふだん行かない路線の終点に何があるんだろう」6歳の少年が目覚めたきっかけ

 「全線完乗」は乗り鉄の遊び方の1つです。

 「好きな路線に何度も乗りたい」という人もいれば、「乗っていない路線に乗りたい」という人もいます。私は後者。見ていない車窓、降りていない駅、歩いていない町に行きたい。新しい景色を見たい。そして「乗っていない路線に乗りたい」を続けていくと、いずれは「全ての路線に乗る」結果になります。

 全て乗りたいと思いついた時期は小学1年生(6歳)でした。自宅の最寄り駅、東急池上線洗足池駅です。きっぷを買うときは、きっぷ販売機の上にある路線図を見上げます。行きたい駅までのきっぷ代が書いてあって、その値段のきっぷを買います。その運賃表には東急電鉄の全ての路線が描いてありました。今も運賃表は掲示されていますけれど、IC乗車券が主ですから、運賃表を見る機会も減りましたね。

 1973(昭和48)年に6歳だった少年は、その路線図を見て「ふだん行かない路線の終点に何があるんだろう」「どんな電車が走っているんだろう」と思いました。その好奇心のまま、お小遣いをためて「小さなひとり旅」をし始めます。でも電車賃しか持ってませんから、行くだけ。行って景色を見てくるだけ。でも「行ってきた!」だけで達成感がありました。そして4年生くらいのときに東急電鉄を完乗します。大きな達成感でした。

 次は「東京の国電全てに乗ろう」と思い立ちました。しかし東急と比べて広く、お小遣いはとても足りません。そんなとき、図書館で種村直樹著「鉄道旅行術」を読みました。そこには時刻表の読み方と、おトクなきっぷ「周遊券」が紹介されていました。

 早速時刻表を買って、東京の国電区間全てに乗れる「東京ミニ周遊券」を見つけます。ただしこの周遊券のフリー区間は「旅の目的地」です。東京では買えません。最も近い売り場は静岡駅でした。そこで、親に預けていたお年玉の残りを出してもらい、静岡まで日帰り。ひとり旅で買いに行きました。帰りは急行「東海」に乗りました。こうして7日間でこの国電区間を全て乗りました。

 それからは好奇心の赴くまま。中学生時代は日帰りで行けるところまで。高校に入ってからは周遊券で東北、九州、北海道まで。その頃「青春18きっぷ」が発売されたので友人と関西にも行きました。大学時代は小休止。松本市で4年間を過ごし、この間は鉄道を忘れてクルマに夢中でした。じつはこの期間から走り屋です。就職して上京しても走り屋。仕事もやりがいがあって鉄道旅はお休み。出張のついでに気が付いた未乗路線に乗る程度でした。

 乗り鉄の本格的な再開は1996年フリーライターになってからです。そこからの旅は、コラムサイト「のらり」に書いています。多忙のため休載が多く追いついていません。ここに完乗まで書いて完結かな、と思います。

●「完乗」のルールはいろいろ 最も大切なのは……?

 「完乗」にはルールがあります。鉄道ならどこまで対象とするかです。レールがあって列車が走ればいいというわけではありません。遊園地乗り物なども対象とすればキリがありません。いや、今は情報が入手しやすいから対象にしても良いような気がしますが(笑)

 多くの乗り鉄は「鉄道事業で定められた鉄道と索道のうち、鉄道の路線」を対象としています。

 鉄道事業は国の許認可事業です。建設、運行には届出が必要です。従って国土交通省鉄道局の「鉄道要覧」という台帳に記載されています。これが根拠になります。索道はロープウェイリフトのこと。これらは対象外となります。私は乗りもの好きですから、行った先にロープウェイリフトがあれば乗りますけれど、記録はしません。

 鉄道の定義には、一般的な鉄道のほかに、モノレールケーブルカー新交通システム、磁気浮上式鉄道も含まれます。ただし私有地で完結するものは遊具または施設として対象外となります。

 例えば、ディズニーリゾートラインは鉄道事業ですが、園内のウエスタンリバー鉄道は遊具です。大井川鐵道のSL・きかんしゃトーマス号は鉄道ですが、富士急ハイランドトーマスパーシーわくわくライドは遊具です。鉄道好きとして乗りに行きましたけれど記録しません。

 それから、貨物専用線、車庫との出入りに使う線路など、旅客列車が走らない路線も乗れないので対象としません。「日本の鉄道旅客路線を全線」という書き方なのはそれが理由です。最近は貨物線に乗れるツアーもあり、もちろん興味深くて乗りに行きますけれど、乗車路線としては記録しません。

 逆に、旅客路線でも乗りにくい区間があります。津軽線新中小国信号場海峡線大平分岐部は、北海道新幹線開業前は特急「白鳥」、寝台特急北斗星」、寝台特急カシオペア」が走っていました。2021年現在はカシオペアの団体列車ツアー、豪華クルーズトレインTRAIN SUITE 四季島」しか通りません。

 ここから先はルールが個々異なります。私は「地図の路線を塗りつぶすだけ」という、もっともハードルの低いルールです。当初は「乗っていれば寝ていてもいいや」でした。寝台特急では眠ったまま乗車する区間も長距離を塗れます。でも最近は「なるべく景色を見たい」と思っていて、日の出から日没までと心掛けています。寝台特急で寝ていた区間も、旅を続けるうちに昼間に乗る機会があります。いまも暗くなって景色を見ていない路線は乗り直そうかなと思っています。

 さらに上級ルールは「全ての駅で下車する」「複線では上り線と下り線の両方乗る」「運行会社が変わったら乗り直す」などがあります。なかなか大変ですね。私とは違う考え方です。当人は楽しんでいるはずです。

 乗ったことは個々で記録し、誰かが証明してくれるものではありません。決められたスコアブックなどもありません。「自分で記録する」だけです。「自分が満足できる」が一番大事です。他人に証明する必要もありません。ウソをついて完乗したと言ってみても、自分が虚しいだけです(笑)

●「完乗」の旅で良かったこと、役立ったこと

 完乗を目ざす旅は趣味です。遊びです。自己満足が大事です。実用面に期待してはいけません。

 しかし、旅を続けて良かったなと思うことはいくつもあります。旅先には発見が多く、未知の経験がたくさんあります。

 北海道の空の広さ、日本にも地平線があること。峠を越える列車に乗れば、分水嶺を通ると川の流れの向きが変わります。伊予灘の夕陽、肱川の雄大さはドイツの絶景、ローレライに通じます。桜島の噴煙に大地のチカラを感じ、開聞岳の美しい山の形に魅了されました。

 食べ物も行く先々で変わります。もっとも驚いた経験は北海道のお新香巻き。ほとんどの地域ではお新香巻きというと黄色いタクアンですよね。でも北海道は茶色のキュウリの古漬けです。カンピョウ巻きか、具が腐ってのるかと思ってしまいました。古漬けお新香巻き、おいしい。

 日常生活でも旅した経験は役に立っています。ほとんどの人とちょっとだけ地元会話ができます。出身地や最寄り駅を聞けば、大抵近くで列車に乗っているわけですからね。完乗率が50%くらいの会社員のころ、営業トークに役立ちました。景色や食べ物の話をして「自分のふるさとを知っている人、好感を持ってくれた人」には、誰しも親近感が沸くもの。営業マン的には「ツカミはOK」です。今は……そうですね、ゲームタイトル桃太郎電鉄」などがちょっと有利かも。行先も名産も道順も見当が付きますからね。

 ずっと後で気が付いたんですけれど、これって趣味の本能「全て集めたい」なんです。

 地図を広げて、乗った路線を黒ペンで塗りつぶしていきます。トレーディンカードをコレクションブックに収録していく快感に似ています。アイテムを収めるRPGアドベンチャーゲームのようでもあります。全部集めたい。全部乗りたい。「乗車路線のコレクション」です。意地の悪い人に出会うかもしれませんが、鉄道にモンスターはいません(笑)。どの路線も楽しい旅でした。

●全線完乗したら、「乗り鉄」として次はどうするのか

 全線完乗して、次はどうするか。まず、新路線が開業したら乗りに行きます。完乗達成者の称号は防衛しなくちゃいけません。

 2021年度はなさそうですけれど、2022年度は長崎新幹線福岡市営地下鉄七隈線宇都宮ライトレール、東急/相鉄新横浜線の開業を控えています。

 その次は、人それぞれ。乗る前に廃止されてしまった路線を訪ねる「廃線探訪」派、「高速バス路線完乗」や「全空港訪問」も楽しそうです。

 海外の鉄道へ乗りに行く「海外鉄」もいいですね。感染症の流行が落ち着いたら、失効したパスポートを再取得して行ってみようかな。海外の鉄道路線を完乗するには人生が1回では足りないでしょうが。鉄道のある国の中には国交がない国、紛争当事者国など危険なエリアもあります。さし当たり全大陸横断を目標にしましょうか。

 それまでは、いままで未乗路線にとらわれて立ち寄れなかった観光地に行こうかな。完乗したことで、むしろ自由な旅をできるようになったと言えそうです。

(杉山淳一/乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。日本旅客鉄道全路線の完乗率は100%2021年4月時点 )

50年かけてついに達成した鉄道旅客路線「完乗」、その思いとは……