2021年4月16日、崔泰源(チェ・テウォン1960年生)大韓商工会議所会長(SKグループ会長)など韓国の経済5団体のトップが洪南基(ホン・ナムギ=1960年生)経済副首相と会った。

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 この席で、経済団体トップから、収監中の李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)サムスン電子副会長に対する赦免を求める意見が相次いだ。

 直接関係があるとは思わないが、「あれ?」と思わざるを得なかった。

7キロ痩せて拘置所復帰

 経済団体のトップと経済副首相の懇談会の前の日、こんなニュースが主要メディアに一斉に流れた。

「迷惑をかけたくない。7キロ体重が減った李在鎔氏、拘置所復帰」

「毎日経済新聞」の見出しだ。

 収監中の李在鎔氏は、3月半ば、猛烈な腹痛に見舞われ拘置所から病院に緊急搬送された。虫垂炎だった。サムスンソウル病院で手術を受けていた。

 当初は3週間で拘置所に戻る予定だったが健康回復が遅れていた。

 報道によると、病院側はさらに様子を見てはどうかと言ったが、本人が「これ以上迷惑をかけたくない」といって拘置所に戻ったという。体重が7キロ減ったともいう。

 こんな話が報じられた翌日、「赦免」の話が経済団体トップから出てきたのだ。

 この日、経済副首相と会ったのは、大韓商工会議所会長のほか、韓国貿易協会会長、韓国経営者総協会会長など。

CJ会長、「李在鎔氏が必要だ」

 新型コロナウイルス感染症の流行が長期化するなかで政府に経済対策などを求めた。そのなかで、李在鎔氏の赦免を求める発言があった。

 韓国紙デスクによると、発言をリードしたのは、孫京植(ソン・ギョンシク=1939年生)韓国経営者総協会会長だ。

 孫京植氏はCJグループの会長で、産業界の長老だ。ちなみにCJグループは、サムスングループから分離独立した財閥で、孫京植氏の姉は、サムスン創業者の長男と結婚している。

 CJグループにはもう1人、オーナー会長である李在鉉(イ・ジェヒョン=1960年生)氏がいる。サムスン創業者の孫だ。

 この孫京植氏は、副首相との懇談会の後、記者団にこう話した。

「米国では、大統領が半導体産業を立ち直らせると言っている。わが国でも空白があってはいけない。副首相に赦免を正式に要請し、他の団体のトップもこれに合意してくれた」

 孫京植氏はこの数日前に、韓国メディアとのインタビューで「韓国経済は危機だ。どの時期よりも今、李在鎔氏が必要だ」とも述べている。

特赦は大統領固有の権限

 李在鎔氏は、2021年1月、ソウル高裁の差し戻し審で、朴槿恵パク・クネ1952年生)前大統領と長年の知人が絡んだ一連のスキャンダルに関連して、贈賄などで懲役2年6カ月の実刑判決を受け収監されていた。

 李在鎔氏は、約1年間、拘置所に入っており、2022年7月までが刑期になる。

 経済団体が求めたのは、赦免のうち「特別赦免(特赦)」だ。韓国の現行法によると、特赦は「大統領の固有の権限」だ。

 保守系メディアの一部などもこれに同調している。

 今の時期に経済5団体のトップがそろって副首相に正式に要請したのはなぜか。

 1つは、大韓商工会議所と韓国貿易協会の会長が最近、交代したことだ。

 大韓商工会議所の会長には、韓国財閥3位であるSKグループの崔泰源(チェ・テウォン1960年生)会長が、韓国貿易協会会長にはLGグループから分離独立したLSグループの具滋烈(ク・ジャヨル=1953年生)会長が就任した。

 韓国を代表する財閥トップが相次いで経済団体のトップに就任したのだ。企業人は、様々な理由があるが、とにかく同じ企業人が収監されていることを何とか終わらせたいとの立場だ。

 崔泰源氏は、自らが過去に「特赦」を受けたことがある。

 2つ目は、新型コロナの流行の長期化や世界的な半導体不足という問題が起きたことから「経済活性化のために、財閥総帥に機会を」という主張に理解が得られやすいとの判断があるようだ。

 半導体は韓国の産業界で最大の牽引役だ。

 韓国の経済紙では、ジョー・バイデン大統領も出席した米政府による「半導体会議」にサムスン電子も参加を要請された際にも「副会長の不在」への懸念の記事が相次いで載った。

 韓国メディアによると、サムスン電子は近く、50兆ウォン(1円=11ウォン)もの半導体新規投資計画を発表する。過去最大級の投資を実現させるために李在鎔氏のリーダーシップが必要だというのだ。

 3つ目は、最近実施されたソウルや釜山市長選挙で与党が惨敗したことで、財閥や大企業に厳しい政策が軌道修正になるのではないかという期待感からだ。

歴代政府と特赦

 歴代政府は、財閥総帥に対する特赦を繰り返してきた。

 李明博(イ・ミョンパク=1941年生)政権では、2008年8月15日の光復節(独立記念日)に鄭夢九(チョン・モング=1938年生)現代自動車グループ名誉会長、崔在勲SKグループ会長のほかハンファグループ会長などがまず特赦を受けた。

 さらに2009年12月29日サムスングループの李健熙会長(当時)が1人だけ特赦を受けた。

 朴槿恵政権でも、李在鉉CJグループ会長が特赦を受けた。

 特赦を実施する際の理由はだいたいが「国の経済発展に寄与する機会を与える」だ。李健熙氏の場合は、平昌(ピョンチャン)冬季五輪誘致という名分もあった。

 これまでの歴史を見ると、社会の綱紀粛正や正義の実現のために財閥総帥が捜査対象になることが少なくなかった。

「懲役3年、執行猶予5年」という判決が多く、企業人はすぐにこれを受け入れる。執行猶予がつけば、実務に支障がない。

 実刑判決が出た場合は、大法院まで争い、時に収監される場合もある。

 どちらの例でも、しばらくすると「特赦」になる。犯罪そのものが「なかったこと」になるのだ。こういうことを繰り返してきた。

 時代が変わり、過去のこうした例に対する否定的な見方も増えてはいる。

 特に、「公正」「平等」という価値観に対する敏感な若者が増えており、社会有力者に対する特赦を歓迎する雰囲気ではない。

オーナー総帥のリーダーシップ」とは何か?という根源的な問題に疑問を投げかけて特赦に反対する意見もある。

公平か、経済活性化か?

 一方で、「韓国経済は財閥が主導している。総帥のリーダーシップが必要だ」という声も根強い。

 また、「総帥に対する捜査自体が、政治的だ。捜査も公正であるべきだ。早く特赦をして正常化させるべきだ」という財閥幹部もいる。

 李在鎔氏に対する特赦論議が難しいのは、単なる「企業人への特赦問題」では終わらないからだ。

 李在鎔氏の罪状は、朴槿恵政権時代の「国政壟断」事件だ。

 李在鎔氏に対する特赦を論議すれば、朴槿恵氏についてはどうするのか、との声が出る。さらにその前任の李明博氏の特赦問題も議論せざるを得なくなる可能性があるのだ。

 文在寅ムン・ジェイン1953年生)政権は発足以来、「積弊清算」を掲げてきた。

 李明博朴槿恵という元・前大統領は権力型犯罪で実刑判決を受け、収監されているが、「任期中に国民的和合の姿勢を見せるために特赦をすべきだ」という意見も出ている。

 韓国紙デスクは「特赦問題は難しい。李洛淵(イ・ナギョン=1952年生)前与党代表が年明けに、元・前大統領の特赦に言及したが支持世論は広がらなかった。李在鎔氏への特赦についても、賛否が分かれる」

「経済活性化という名分で、李在鎔氏など企業人だけを特赦する可能性はあるが、世論はどう見るか。難しい場合、刑期の3分の2近くを服役したことになる秋以降に仮釈放の議論が出るだろう」と読む。

 残り任期1年となった文在寅にとって、「特赦」という難題が浮上してきた。

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サムスン電子の李在鎔副会長(創業50周年を迎えた2019年11月1日、AP/アフロ)