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(写真:時事通信

菅首相は4月13日福島第一原発で増え続ける“処理水”を海に流して捨てることについて、閣議決定。環境や人体への影響を懸念する地元住民や専門家からは、反対の声が上がっているーー。

福島第一原発では、現在も溶け落ちた核燃料を冷やすため、炉内に水を注ぎ続けている。それにより生じた汚染水をALPSという放射能除去装置で処理しているが残留も多く、汚染水に含まれる放射性物質「トリチウム」は、ALPSで除去できない。そのため、トリチウムを含んだ水を“処理水”として、タンクで保管してきた。

現在、処理水が入ったタンクは、福島第一原発構内に、約1,000基(約125万トンを保管)あり、東電は「’22年秋ごろにはタンクが満水になる」として、処分を急いでいた。しかし、原子力市民委員会の座長で、龍谷大学教授の大島堅一さんは、政治の決定をこう断じる。

「菅首相は、海に流す処理水の濃度について《国内のトリチウム排出基準の40分の1に、WHOが定める飲料水基準の7分の1に薄めて排出する》ため、環境や健康への影響はないと言っています。しかし、この説明は誤り。将来の世代へのリスクを考えていない、軽率な判断です」

そこで、大島さんや原子力市民委員会の座長代理で国際環境NGOFoEジャパンの満田かんなさんに、処理水の海洋放出が抱える問題を解説してもらった。

【問題1】“長期保管プラン”がじゅうぶん検討されていない

経産省’13年から委員会を設置し、汚染水の処分方法などを議論してきたが、「はじめから“海洋放出ありき”で議論が進んでいた」と大島さんは指摘する。

「私たち原子力市民委員会は、海外で導入実績もあり、コストも比較的安価な大型タンクで長期保管する案などを提案したのですが、東電は〈雨水が入る〉〈漏えいリスクがある〉などという理由で検討しようともしませんでした。管轄の経産省も、東電の意見をそのまま受け入れ議論すらしない。トリチウム半減期(放射性物質のエネルギーが半分になるまでの時間)は12〜13年。100年かけて保管すれば安全に処理できるようになるにもかかわらず、です」

100年という期間は長すぎるようにも思えるが、チェルノブイリ原発事故の廃炉作業は、事故から35年たった現在も続いている。

「東電は、30年で廃炉作業を終了するというロードマップに合わせて汚染水タンクを撤去しなくてはならないと焦っています。しかし、東電の試算では処理水を流しきるだけでも30年かかる。無謀な廃炉工程は、作業員に無用な被ばくを強いるだけなのです」

【問題2】地元住民への“約束”が守られていない

大島さん、満田さんがもっとも懸念するのは、「国民の声が政策に反映されないこと」だと語る。

福島県漁連は’15年に、〈関係者の理解を得られるまで海洋放出しない〉という約束を東電と結んでいたのに、政府はそれをほごにしたんです」(満田さん)

こうした状況に対し、福島県民からは憤りの声も聞こえてくる。いわき市の主婦、千葉由美さん(51)は、こう怒りをあらわにする。

「“風評”じゃなく“実害”です。’18年に試験操業中のヒラメから基準値超えの放射性セシウム137が検出されたことが判明し、出荷がストップしたこともありましたから。いわきでは、市場で売れない魚が学校給食に使われ子どもたちが食べています。健康影響がわからないからこそ、できるかぎり安全な環境を守ることが大人の責任ではないですか」

政府はなぜ、地元住民との約束を無視してまで、海洋放出という決断を強行したのか。大島さんは、国民の命を“軽視”しているともいえるその思惑について見解を述べる。

タンクが満水になる、という問題はあくまで建て前のように感じてしまいます。いまこの判断を下したのは、秋の衆院選とぶつからないためでしょう。選挙ぎりぎりになってこの決定が公表されれば、支持が得られなくなるのは、間違いありませんから」

今回本誌は、「長期保管プランはなぜじゅうぶんに検討されなかったか」という質問状を東電と経産省に送った。

東電からは《地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設の5つの処分方法について評価され、水蒸気放出および海洋放出が現実的な選択肢とされたものと認識しております》《今秋、政府より、福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針が示されたことにつきまして、当社として、たいへん重く受けとめております》と回答が返ってきた。(回答より一部抜粋、経産省からは期日までに回答得られず)

決断に踏み切った菅首相に、市民の声に耳を傾ける姿勢はないのだろうかーー。

「女性自身」2021年5月4日号 掲載