注目の判決がソウル中央地裁で下された。元慰安婦の20人の原告が日本政府を相手取り30億ウォン(日本円で約2億9000万円)の損害賠償の支払いを求める訴訟を起こした裁判で、4月21日ソウル中央地裁は原告の訴えを退ける判決を言い渡した。これに先立つ今年1月に実施された別の原告団の慰安婦裁判では、日本政府に支払いを命じる判決が出され、原告が勝訴となっていた。

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 同じ訴訟内容でありながら判断が二分された形となった今回の判決は韓国、日本にも波紋を与えている。今回の判決を巡る韓国内での報道や反応、判決が示したものについて伝える。

 4月21日午前11時過ぎに判決が出されると、韓国内の報道各社は一斉に原告側敗訴を速報した。判決を下した背景について、判決文の中で「韓国内法院(裁判所)において海外国家に対する訴訟については裁判権を持っておらず、国際慣習法の主権免除を適用する」という旨を示した。

 文政権は慰安婦問題を前面に出し、政治的に利用していたという側面がある。また、3カ月前の判決で原告側が勝訴したという結果も踏まえて、今回も同様の判決が出されるのではないかという見方が出ていた。その中で、これまでの判決を覆すような判断が下されたことは驚きでもあるとともに、文政権にとっても打撃になった。今後は慰安婦問題を積極的に利用していくことが難しくなったという専門家の指摘もある。

 筆者の韓国人の知人に判決について感想を聞いてみたところ、「国際情勢を踏まえた上で、慰安婦問題であまりにも世論を煽りすぎたことに司法側が危機感を持っていたのかもしれない。2020年に(慰安婦支援団体の)正義連の疑惑が発覚した時点で『慰安婦問題と言えば尹美香(ユン・ミヒャン)と李容洙(イ・ヨンジュ)』という二人の強烈なイメージができ上がってしまっていることも心象が悪かったのだろう」とのことだった。

原告の元慰安婦に注がれる冷ややかな視線

 実際に、今回の裁判の原告の中には元慰安婦の李容洙氏が含まれている。判決に対して、李容洙氏は「滑稽無糖だ。国際司法裁判所(ICJ)へ行く」と怒りをあらわにした。李容洙氏と言えば、元は「慰安婦問題の象徴」とも言われ、尹美香氏とともに二人三脚で日本に対する抗議活動や裁判を行ってきた人物である。その李容洙氏が2020年5月に、突如として尹美香氏の一連の疑惑を告発したことに韓国内では波紋が広がった。

 もっとも、彼女自身の慰安婦時代とされる証言に曖昧さがあるという指摘がある。年齢など出自を疑問視する声も上がっている。また、「慰安婦問題を利用した」と尹美香氏を批判し、「今後は日本大使館前の抗議活動からは身を引く」と語るなど、李容洙氏は正義連の活動や尹美香氏と距離を置く姿勢を取っている。ただ、今回自ら原告団として裁判に加わったのを見て、「あれほど騒いだのは何だったのか」という冷ややかな見方をする韓国人がいるのも事実である。

 ネットにあふれるコメントを見ても、判決を非難し、日本に対する恨み節や慰安婦の女性たちに同情するコメントは数多く上げられてているが、それ以上に目立つのは冷静な意見である。

朴槿恵パク・クネ)政権下で日本との取り決めがされたはずなのに、現政府はそれを守らず、与党が慰安婦問題を政治的に利用したということが明白だ」「いつまでもこんな無駄な争いをするべきではない」といったコメントの他、「文政権は反日を利用して票を集め、慰安婦問題も国民を煽って利用した」「やはり朴槿恵の方が正しかった」「文大統領の反日政策も遂に白旗だ」という文在寅政権の反日政策を批判したコメントも少なからずあった。

 さらに、「慰安婦問題の裁判をするよりもまず尹美香の疑惑を明らかにして裁くべきだ」「議員を続けていることが不快だ」「今回の判決について尹美香はコメントを出して、何故負けたかを考えろ」と韓国内で慰安婦問題を盾に活動を続け、国会議員にまでなった尹美香氏に対する厳しい声も目立った。

 やはり、2015年の「日韓合意」という国家間の約束を国が根底から覆すという暴挙に出て国民を煽ったこと、さらにその背景に尹美香氏が率いる正義連という一市民団体の存在と影響力があり、それらが疑惑にまみれていたことなどが国民の強い失望と不信感につながったと言える。

文在寅政権に忖度がなかった今回の司法判断

 当の尹美香氏は疑惑発覚以降も議員の座に納まり続けている。2020年12月には「慰安婦おばあさんの誕生日」と称して、本人がいない中、5人以上でマスクなしの会食を行った写真がSNSで拡散され非難の的となった。

 また、この誕生日の主役とされていた吉元玉(キル・ウォノク)氏の家族から、過去に吉元玉氏の体調が思わしくないにも関わらず欧州訪問に連れ回し、滞在中に肋骨を骨折していたという疑惑を告発されるなど、相変わらず問題が絶えないようだ。

 先のニュースコメントにもあったように、真っ当なものは期待できないにせよ、尹美香氏が今回の判決に対して、何らかの発言を出すとすればどのようなコメントになるのかは興味深いところである。ちなみに、判決について文大統領からの正式なコメントは発表されていない。どのような発言をするのかも注目される。

 文政権下にあった日本関連の裁判は、慰安婦や徴用工などことごとく国際的な条約を無視した韓国政府に忖度するような判決ばかりだった。政府も、判決に対して「司法の判断を尊重すべき」というスタンスを一貫してきた。今回の判決で文政権に対する忖度がなかったということについて、最近の文大統領の支持率や求心力の低下を指摘する声、あるいは前回と今回の判決を担当した判事たちの顔ぶれが2月の人事異動によって変わっていたことなど様々な見方が出ている。

 判決と同日同時間帯に行われていた討論会では、外交部長官(外相に相当)の鄭義溶(チョン・ウィヨン)氏が2015年の日韓合意について、判決を意識したものと思われるが、「韓国が合意を守らないと支離滅裂な主張をしている」と日本を批判する発言をしていた。しかし、判決後の外交部側は「判決の内容を精査中」とし、具体的な言及を避けるにとどまった。このコメントからは、政府側にとって判決は厳しいものであったという受け止め方がされているものと思われる。

外交的に八方塞がりな文在寅政権

 文政権下で日本との外交関係は破壊的に傷ついた。積極的に推し進めた北朝鮮との融和政策も現在では頓挫した状態である。最近では中国との関係も冷え込んでいる。これに加えて、2020年の「国別人権報告書」の中で曹国(チョ・グク)氏の不正や汚職問題、前述の尹氏の慰安婦問題を巡る不正疑惑、セクハラ問題の発覚で自殺したとされるソウル市前市長、朴元淳(パク・ウォンスン)氏の事例を挙げ、腐敗と人権軽視を批判されている。まさに八方塞がりな状況とも言える。

 米国に指摘された人物たちがすべて文在寅大統領と近いし関係にあるということも致命的である。このような背景が今回の判決に少なからず影響を与えたという見方もできるかもしれない。

 今回の判決が文政権にどれだけのダメージを与えるかは不透明だが、1月の判決とまったく異なる判断がされたことで、収拾をつけることは容易ではない。日本にとっても日韓関係改善の期待などは時期尚早であると言える。

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