ロシア反政府運動家、アレクセイ・ナワリヌイ(本文中の表記はナヴァーリヌィー)氏の釈放を求めて抗議集会が続くロシア。だが、拷問を受けていると獄中から訴えるナワリヌイ氏は容態が急速に悪化しており、面会を求めた医師も拘束された。ロシア全土で見ても、1万人以上ものデモ参加者が拘束、モスクワで野党勢力のパーティに参加した政治家200人も身柄を押さえられた。ロシアの強権政治はますます激しさを増している。

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 日常の出来事ともいえるほど頻繁な反体制派の暗殺、現在のプーチン大統領は偽者(にせもの)という「偽プーチン」説の真相、ロシア北朝鮮の浅からぬ関係、そして日本や米国はロシアとどう向き合うべきか──。今年2月に『ロシアを決して信じるな』(新潮新書)を上梓した中村逸郎氏(筑波大学人文社会系教授)は長年、第一線でロシアを研究している。現に毎年、現地を旅し、多くのロシア人と対話を重ねてきた。そんな中村氏にロシアの現在について話を聞いた。(聞き手:長野光 シード・プランニング研究員)

(※記事中に中村逸郎氏の動画インタビューが掲載されているので是非ご覧ください)

──ロシアに関しては、プーチン政権に反発する運動家やジャーナリスト、政治関係者に対する暗殺や毒殺がしばしば報じられていますが、本書を読むと、日本人が報道を通して見聞きしているよりもはるかに頻繁であることに驚かされます。毒物による攻撃は見せしめの要素が強く、どれも痛々しく残虐ですが、ロシア国民は恐怖政治に怯えつつも、裏切り者の暗殺は一部のロシア国民の愛国心を鼓舞するとも本書には書かれています。これはどういうことでしょうか。

中村逸郎氏(以下、中村):プーチン政権発足以降、毒物の使用が疑われている殺人事件として、元情報将校だったリトビネンコ氏の毒殺や、プーチン政権によるチェチェン戦争を批判したポリトコフスカヤ氏の暗殺未遂事件(その後射殺)など数多くあります。

 ロシアには「裏切り者は絶対に許さない」「復讐は名誉ある戦い」という伝統的な掟があります。ロシアは13世紀のモンゴルの襲来や1812年のナポレオンの侵攻、1941年ドイツ軍による攻撃など外敵の侵入に何度も脅かされてきました。ですから、ロシアで「裏切り者」といえば「外国の手先」と見なされるのです。

 決して今のロシアがいいとは思わないけれども、周りはみんな敵だし、いつ侵略してくるかわからない。バイデン大統領が誕生し、欧米諸国が反ロシア網を構築しようとして北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)が結束しているのも、ロシアにとっては脅威に感じるのです。

 ロシアでは国内の反政府勢力=外国という構図なので、反体制派は民主化を目指して祖国を良くしようと運動している人たちではなく、外国の勢力と手を組んで祖国を潰そうとしている人たち、と捉えられます。だから「外国の手先になっている裏切り者たち」が殺されると、普通のロシア人たちは愛国心を高揚させるのです。

ナワリヌイ氏を見せしめに警告したロシア

──ソ連の崩壊も、現在のロシアの性格を形作る上で重要な出来事だったのでしょうか。

中村:ソ連崩壊は、特にプーチン大統領にとって、とても屈辱な出来事でした。

 ソ連崩壊の2年前の1989年12月5日、彼が勤務していた旧東ドイツドレスデンKGB支部の周りを大勢の東ドイツの人が囲み、建物内の秘密資料を奪い取ろうとしました。プーチン氏は堪能なドイツ語で「建物はソ連軍の所有物だ」と懸命に訴えて難を逃れました。その時の恐怖心と屈辱感、つまり欧米に対して仕返しをしてやるという復讐心に燃えたのでしょう。プーチン大統領を支持する人たちは、この彼が抱いている復讐心に共鳴しているんです。ロシアの政治を動かしているのは「復讐心」だといえます。

──近年、プーチン大統領に逆らう運動家の代表といえば、アレクセイ・ナヴァーリヌィー氏です。彼は最近、二度にわたり逮捕され、最新の報道では刑務所内で激しい心身の痛みを感じることや拷問に近い扱いを受けていると弁護士を通じて訴えています。そんな中、バイデン大統領プーチン大統領を人殺し呼ばわりし、プーチン大統領は「毎年大統領が健康であり続けることを祈る」という不気味な声明を発表しました。世界がロシアの常軌を逸した振る舞いを注視している中でも、プーチン政権はこれまでと同じように恐怖政治を続けていくのでしょうか。

中村:バイデン氏が米大統領になったことは、プーチン大統領にとってプラスに作用します。ナヴァーリヌィー氏は当初、刑務所で結構いい生活をしているよ、と弁護士に話していました。

 ところが、プーチン大統領の「バイデン大統領の健康をお祈りします」という発言後に、ナヴァーリヌィー氏は背中の痛みを訴え、右足が動かなくなった、真夜中に8回点呼されるから寝られない、などと訴えるようになりました。医者の診察を受けたい、痛み止めの薬をくれと言っても一切要求を撥ね除けられてしまう、と。(4月19日、ナヴァ―リヌィー氏は病院に移送されたという報道があった)

──バイデン大統領プーチン大統領を「人殺し」呼ばわりしたから、ナヴァーリヌィー氏を見せしめにして世界に警告した、ということですか。

中村:そうです。バイデン大統領が人権擁護発言をすればするほど、欧米の価値観をぶつければぶつけるほど、反体制派のナヴァーリヌィー氏たちがひどい目に遭うということなんです。

プーチン政権の犠牲者を減らす最善の方法

中村:これに最初に気づいたのはアムネスティ・インターナショナルです。アムネスティはナヴァーリヌィー氏が今年1月にドイツからロシアに帰国し、モスクワのシェレメーチエヴォ国際空港で身柄を拘束されるとすぐに、彼を「良心の囚人」に指定しました。しかし、その1カ月後にはそれを解除しました。自分たちが「良心の囚人」だと救出を訴えれば訴えるほど、ロシアでナヴァーリヌィー氏たちがひどい目に遭うということがわかったからです。それほどにロシアでは、反体制派の活動家たちは危険に晒されるのです。

──プレッシャーにはならないんですね。

中村:全然なりません。むしろ欧米諸国がプーチン政権にプレッシャーをかければかけるほど、反体制派を利用して欧米に仕返しするのです。世界にはいわゆるリベラルデモクラシーの国よりも独裁政権や軍事政権の方が圧倒的に多い。きちんと選挙を行っている国は世界で二十数カ国しかありません。現にミャンマーが軍事クーデタを支援してほしいとロシアに申し出ています。そういう国々にとって、プーチン大統領のこのような振る舞いは、強権政治を正当化する後ろ盾になるんです。

──米国や日本はそのようなロシアの残虐な振る舞いに対して、どのように対処すべきだとお考えになりますか。

中村:この答えを一番知っているのは、ドイツのメルケル首相です。メルケル首相は「プーチン大統領は、私たちと全く異次元の世界に住んでいる人だから放っておきましょう」と言っています。つまり刺激もしないし、取り込もうともしないし、関わらないのがよい、と。

──欧米諸国が関わらなければ、ロシアの中でそれほどひどいことは起きないということですか。

中村:そうです。欧米がプーチン政権を批判すれば、反体制派の活動家が犠牲者になります。外からの圧力を利用して、ロシアは愛国心を高揚させる。外国が毒殺や暗殺はいけないと訴えると、より一層問題が深刻化します。私たちがプーチン政権と関わらないのは、プーチン政権による犠牲者を少しでも少なくする、現時点では最良の方法です。

──先日フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏にインタビューをしました(当該記事)。トッド氏は「米国は中国と対抗していくためにロシアと組まなければならない。日本はその仲介役を担う必要がある」と語りました。この提案をどう思われますか。

3代目といわれる今のプーチン大統領

中村:無理どころかか、日本にとっては危険です。日本が米露の仲介役をはたそうとすると、米国からだけではなく、ロシアからも厳しい見返りを要求されることになります。タダで仲介役をまかせるわけがありません。

 ロシアについて言えば、日本の提案を受ける代わりに、日本に大規模な経済協力を突きつけたり、北方領土返還要求を完全に取り下げるように求めたり、沖縄からの米軍基地の撤去を要求するかもしれません。

 それに、ロシアは大国だという自負心が高い。国連でどんなに非難受けようと自分の思ったことは絶対に貫き通す。周りの国のアドバイスを受けることは一切ない。米露の間に日本が入っても、逆に日本の無力さが露わになるだけです。米露を相手に、日本が仲介役を担うには、軍事力も経済力も不足しています。

──どんどん大きくなっていく中国に対して、ロシアも恐怖を感じているはずです。今後中国に対抗していくために、米国とロシアが自分たちの意思で歩み寄る可能性はあると思いますか。

中村:トランプ大統領の時にはチャンスがありました。トランプ大統領は反中国でしたし、プーチン大統領を尊敬しているとか、ハッカー攻撃の時も「プーチン大統領がやってないって言っているんだからやってない」とプーチン大統領を立てていました。だから「対中国」で結束できる可能性はありましたが、もう終わりです。バイデン大統領が発言すればするほど、ロシアと中国が急接近している状況です。世界は「欧米」対「中露」に分断される第2次冷戦の時代に突入しようとしています。

──2008年に大統領から首相に転じてロシアの政治の表舞台から消え、2012年に再び大統領職に戻ると、プーチン氏の人格が様変わりし、このあたりから「偽プーチン大統領」説が語られるようになったと本書に書かれています。まさかと思いましたが、本書で紹介されているエピソードを辿っていくとリアリティを感じます。ロシアでは「偽プーチン大統領」説はかなり真剣に議論されているのでしょうか。

中村:ロシアではすでに皆知っていることです。今のプーチン大統領は3代目だと言われています。実際、インターネット上でプーチン氏の顔の変化が話題になっています。

 プーチン大統領は2013年に、当時の妻リュドミーラさんと離婚を発表しましたが、夫の変化に敏感に気づくのは妻でしょう。2015年、ドイツの新聞にリュドミーラさんのインタビューが掲載されました。夫が姿を消したこと、その後、外見は夫にそっくりの人物が帰宅したこと、見知らぬ男の相手をするのは絶対に嫌だったこと、現在は外国に住んでいること、などです。リュドミーラさんは夫が別人になったから別れたんです。

 そうして別人に入れ替わったプーチン大統領が愛したのは、元新体操選手のアリーナ・カバエワさんです。しかし、カバエワさんは2018年以降、姿を現していないし、同年10月11日を最後に、ホームページを更新していません。ソチにあるプーチン大統領の別邸の地下で清掃員が黒い大きなビニール袋を見つけ、その中を見たらカバエワさんの遺体だった、という話もあります。「2代目プーチン」が暗殺されて、一緒に消されたのではないか、とも言われています。

初代プーチンと2代目プーチンで違うドイツ語アクセント

中村:最近でもプーチン大統領の身の回りで不審な出来事がありました。2020年11月30日、クレムリンの中で、プーチン大統領のベテラン警護隊だったザハーロフ氏が不審死をとげています。20年近く仕えてきた人物です。

 大統領府は自殺だと発表しましたが、警護隊は3カ月に1回、身体検査と精神鑑定を受けるので、自殺するような精神状態だったとは考えにくい。「初代プーチン」から「2代目プーチン」への代替わりは見て見ぬふりをしたものの、「3代目プーチン」については何かトラブルになって暗殺されたのではないか、という推測が出ています。

──一人の人間を他の人間に入れ替えるというのは、まるでフィクションの世界の出来事のように思えますが、プーチン大統領を別人にすり替えているのはずばり誰なのでしょうか。

中村:プーチン大統領が姿を消してしまうと、とても困る勢力がいます。かつてプーチン大統領KGBで働いていた時の仲間たちと、若い頃からの友達10人です。彼らは政治家ではなく、天然ガスや石油、建設会社などのいわゆる旧国営企業のトップです。

 その代表が、世界最大級のロシア石油会社「ロスネフチ」会長のセチン氏です。プーチン氏の「家政婦」とも「ロシア第2の大統領」とも言われています。彼らは指導者が替われば利権がすべてなくなってしまうから、プーチン大統領に権力の中枢にいてもらわなくてはならないと考えています。

 プーチン大統領は現在68歳ですが、ロシアの男性の平均寿命は65歳です。それなのに、彼は顔にしわが全くないんですよ。普通のロシア人の68歳の男性と比べると全然違います。

「偽プーチン大統領」ついて一番わかっているのは、やはりメルケル首相です。プーチン大統領ドイツスパイ活動をしていたのでドイツ語を完璧に話します。メルケル首相との会談において、「初代プーチン」はドイツ語で話していました。しかし、「2代目プーチン」になったらドイツ語のアクセントが全然違う。どんなに「偽プーチン」を養成しても、ドイツ語のアクセントまでは変えることができなかったんですね。

──本書には、ロシアにいる北朝鮮労働者が住んでいる町や北朝鮮ロシアのパイプ役になっているパク氏という人物が出てきます。北朝鮮ロシアの繋がりについて教えてください。

北朝鮮を裏で支えるロシアの実態

中村:2018年9月にウラジオストク市を訪問した際、朝鮮系ロシア国籍のパク氏と面会しました。沿海地方を統括する「朝鮮協会」会長で、プーチン政権に通じ、ロシア北朝鮮のパイプ役を担っている人物です。

 ハサンという村が北朝鮮との国境のロシア側にあります。外国人は入ることができないし、ロシア人でも特別な入域許可書が必要な場所です。しかも、半年ぐらい前に申請しないと許可が下りないようです。

 ウラジオストク市に滞在中の私は、パク氏に「あなたと一緒に行くんだったら大丈夫でしょう」と言って、「明日の朝7時半までにロシアの連邦保安庁に問い合わせてほしい」と頼みました。そうしたら翌朝、「あなたが北朝鮮との国境に行くことは望ましいことではない」という回答でした。私はこの返事ならば行けると思いました。「望ましいことではない」ということは禁止されているわけではなく、ロシアではOKということです。そして、北朝鮮の国境まで片道4時間くらいかけて車で行きました。

 ロシア北朝鮮の国境にあるハサン駅についてびっくりしたのは、駅構内には7本くらいのレールが延びていて1編成、20両ほどの貨物列車が停車していました。国連安全保障理事会は北朝鮮に厳しい経済制裁を何度も採択していますが、ロシアが経済制裁に賛成に回っても、実際にはロシア北朝鮮の経済、食糧支援をしている現実がそこにありました。

 ロシア北朝鮮の関係は、実は非常に深い。北朝鮮があれだけ正確に大陸間弾道ミサイルを日本の排他的経済水域に落とすというのは、相当な技術がないとできません。北朝鮮は地下核実験も実施していますが、その際に一番難しいのは山中の穴の掘り方なんです。山の中を人間の腸のようにグルグル掘って実験しないと放射性物質が漏れてしまう。しかも、核爆発でもって山が崩れないようにしないといけない。北朝鮮だけの技術でできることではありません。

 2017年7月に弾道ミサイルを飛ばしましたが、その2日前に日本海で操業していたロシア漁船がすべて姿を消しました。さらに、同年9月初めに水爆実験を強行したその10日前、先ほどお話ししたハサン村に住む約800人が全員ウラジオストクに避難させられました。それほど北朝鮮の情報はロシアに流れているということなのでしょう。

──軍事支援を含めてなぜロシアは北朝鮮を支援するのでしょうか。

中村:天然ガスを巡るエネルギー利権のためです。ロシアにとって、北朝鮮や韓国と友好関係を結ぶ大きなメリットがあるんです。

 サハリン北部で採掘されている天然ガスのパイプラインは、ウラジオストクまできています。ロシアはこの天然ガスを東南アジア諸国に輸出していますが、問題があります。一つはコストです。パイプラインがウラジオストクで止まっているので、天然ガスを-162度まで冷やして液化してタンカーで輸送しなければいけない。

 それからもう一つの問題は、冬場になるとウラジオストクの港が凍っちゃう。つまり、タンカーが出航できないんです。だからロシアは、今はウラジオストクで止まっている天然ガスのパイプラインを、北朝鮮を経由して韓国・釜山まで延ばして、一年中輸出できるようにしたい、というわけです。

天然ガスパイプラインが揺るがす朝鮮半島

中村:北朝鮮にとってのメリットは、天然ガスが手に入ることと、通過料を得られることです。中国の東北部にもパイプラインを伸ばそうという話があります。北朝鮮は慢性的な電力不足ですので、この問題を解消できます。加えて、パイプラインを通して天然ガスが通過すれば、その分だけ外貨で通過料を得ることができます。韓国は天然ガスを100%輸入しています。韓国にロシアからパイプラインが延びてくると、現在の電気料金が4割安くなるというメリットがあります。

 このロシア北朝鮮、韓国を結ぶ天然ガスのパイプラインを、プーチン大統領は10年前からやりたくて、やりたくて仕方がない。今年3月ラブロフ外相が中国と韓国を訪問した時にも、やはりこのパイプライン敷設と朝鮮半島の非核化、相互の経済交流を活発化させたいという話をしました。

 そのためにラブロフ外相は、北朝鮮と韓国が友好関係を再スタートするためのサポートをロシアがする、そしてプーチン大統領が韓国を訪問すると明言しました。韓国の文在寅ムン・ジェイン大統領は政権発足当初から北朝鮮との友好関係樹立を掲げていましたが、トランプ元米大統領が余計なことをした。そこにロシアが入ってきて、今、日米韓の関係を切り崩そうとしています。(構成:添田愛沙)

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