
4月12日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、ロイド・オースティン米国防長官との会談後、記者団を前に「イランは核兵器獲得を諦めず、イスラエルの壊滅を求めている。イスラエルはイランが核の能力を獲得するのを許さない」と強調した。
イラン核合意が崩壊する可能性が高まる中、イスラエルのイランの核施設への軍事攻撃の可能性が高まっている。
筆者は、イスラエルがイラン核施設攻撃に踏み切る「レッドライン」は既に越えていると見ている。
なぜなら、イラクのオシラク原子炉への軍事攻撃の時は、原子力発電所の建設完成が近づいた時点でイスラエルは攻撃に踏み切っている。すなわち、いつ軍事攻撃が起きてもおかしくない情勢にある。
ロイター通信によると、国際原子力機関(IAEA)は4月17 日、イランが宣言通り、濃縮度60%の高濃縮ウラン製造を開始したことを確認したことを明らかにした。
ウラン濃縮活動は原子炉に装填する核燃料製造に必要な過程であると同時に、核兵器製造に転用可能な技術である。
平和利用の原発では核分裂をするウラン235(天然ウランには 0.7%含有)を約5%まで濃縮し核燃料棒を製造する。
核兵器に使用する場合には濃縮度を 90%以上まで高める必要がある。濃縮度 20%以上を高濃縮ウランと呼び、理論上は核兵器として使用可能とされるが、一般的には 90%以上まで濃縮する。
このため、90%以上の濃縮度は、兵器級(Weapons-grade)とも呼ばれる。
イランは、2002年に核開発が発覚して以降、ウラン最大濃縮度を、20%にとどめていた。兵器級の90%ウランに近づけば、イランの核武装を警戒するイスラエルの軍事行動を招きかねない懸念があったためである。
ちなみに、2015年にイランと、米・英・仏・独・ロ・中の主要6か国との間で結ばれた核合意では、イランでのウランの濃縮率を3.67%と定めている。
イスラエルは、敵対するイランが核能力を手に入れることを決して許さないであろう。
なぜなら、核保有国となったイランとイスラエルとの間で核戦争が起きた場合、日本の四国と同じくらいの国土面積に東京都よりもやや少ない900万人が住んでいるイスラエルは壊滅的な被害を受けるからである。
すなわち、イランの核武装は、イスラエルにとって国の存立を脅かす脅威なのである。
また、イスラエルのイラン核施設への軍事攻撃の可能性に現実味を与えているのが、過去のイスラエルによるイラクおよびシリアの核施設に対する軍事攻撃である。
以下、初めにイスラエルとイランとの歴史的な敵対関係について述べ、次にイスラエルのイラクおよびシリアの核施設への軍事攻撃等の事例について述べ、最後に、筆者が想定するイスラエルの軍事行動の態様について述べる。
1. イスラエルとイランの歴史的敵対関係
本稿は、国際政治学者・六辻彰二氏の『イランとイスラエルはなぜお互いに「敵」なのか?』ヤフーニュース(2018/7/15)を参考にしている。
パレスチナ問題などをめぐり、イスラム諸国はイスラエルと長く対立してきた。その中でもイランは、今やイスラエルの最大の敵対国である。
しかし、イランは一貫してイスラエルと敵対してきたわけではない。ペルシャ人であるイランは、ある時期まではむしろイスラエルにとって「イスラム世界における数少ない友人」であった。
イスラエルが建国を宣言した1948年、周辺のイスラム諸国はこれに反対して攻撃を開始し、第1次中東戦争が発生した。
しかし、イスラエルが独立するや、イランはトルコに続いてイスラム圏で2番目にイスラエルとの国交を樹立、第1次中東戦争には加わらなかった。
この関係の転機は、1979年2月、シーア派宗教指導者ホメイニに率いられたイスラム原理主義勢力がイランのパーレビ朝を倒し、政権を奪取、イスラム教国家を出現させた「イラン革命」である。
パーレビ朝は米国資本と結んで石油資源の開発などを進め、その利益を独占する開発独裁の体制を続けていた。
皇帝パーレビ2世の強行した「白色革命」(強制的な西欧化政策)以来、政治、文化、日常生活などあらゆる面で西欧化を進めていたが、国民生活は向上せず、対米従属の度合いを増していた。
それに対して16世紀以来のイランの国教であったイスラム教(イランのシーア派)の信仰に立ち返ることを求める民衆の反発が強まった。
収拾をつけられなくなったパーレビ2世はイランを離れ、皇帝政治が倒された。代わって亡命先のパリから戻ったシーア派最高指導者のホメイニ師が、1979年2月、政権を掌握した。
革命では、シャー(皇帝)と結託して石油利権を握り、軍事援助でその独裁体制を支えた米国も敵意の的となった。
そのため、1979年11月にテヘランにあった米国大使館が群衆に占拠された際、革命政府はこれを制止しなかった。
これを受けて1980年、米国はイランと断交した。これに先立ち、イスラム革命発生直後の1979年2月にイランはイスラエルと断交した。
革命政府は米国を「大悪魔」と呼ぶ一方、イスラエルを「小悪魔」と呼び、「イスラムの敵」と糾弾したのである。
イスラム革命後のイランは、イスラム諸国の中でも率先してイスラエルと対決するようになった。
一方、4次の中東戦争を経て、サウジアラビアをはじめスンニ派諸国は、パレスチナ問題をイスラム圏共通の課題と位置づけながらも、実際にはイスラエルとの対決を避け始めている。
そのため、現在、イスラエルが実際に戦火を交えているのは、レバノンのシーア派武装集団ヒズボラとパレスチナのガザ地区を拠点とするスンニ派武装組織ハマスにほぼ限られている。
このように、イスラエルの占領下にあるパレスチナを支援しようという「アラブの大義」は、完全に形骸化していると言える。
イスラム世界の中の対立関係には、ペルシャ人とアラブ人の間のライバル関係とイスラム教のシーア派とスンニ派の宗派対立が複雑に絡み合っている。
中東のアラブ国家はイランからの「革命の輸出」に神経を尖らせているとの指摘もある。
昨年、米国のドナルド・トランプ米政権はアラブ諸国とイスラエルとの国交正常化の仲介を進めた。
アラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンは外交関係を樹立し、スーダンとモロッコは、国交樹立で合意した。
これで、イスラエルにとって、自国を承認するアラブ国家が2カ国(エジプト、ヨルダン)から6カ国に増大したことになる。
そして、現在、イスラム国の中で唯一イランが、レバノンのヒズボラやガザのハマスとともに、イスラエル国家の存在を否定し、イスラエルに対する敵対的姿勢を維持しているのである。
2.イスラエルの核施設等への軍事攻撃事例
以下、イラクのオシラク原子炉空爆(1981年)、シリアのアルキバル原子炉空爆(2007年)およびイランのウラン濃縮用遠心分離機に対するサイバー攻撃(2010年)について順次述べる。
(1)イラクのオシラク原子炉に対する航空攻撃
イスラエルは、イラクの核兵器製造を妨害する目的で、イラクのバグダッド近郊で建設中だったオシラク原子炉に対し、航空攻撃作戦(バビロン作戦)を実施した。
1981年6月7日午後4時、2000ポンド(908kg)の「Mk-84」爆弾を2発ずつ搭載したイスラエル空軍の「F-16」戦闘爆撃機8機が、護衛の「F-15」戦闘機6機を伴いシナイ半島東部のエツィオン空軍基地から飛び立った。
当時のF-16にはレーザーを照射する機能が備わっておらず、レーザー誘導爆弾を使用することができなかったため無誘導爆弾が使用された。
また「F-16」の航続距離では標的までの余裕がなく、かつ空中給油機を保有していなかったため、滑走路端でアイドリングする離陸直前の機体に給油をするという危険な手段が取られた。
イスラエルからイラクへ飛ぶには、他国の領空を通らなくてはならない。イスラエル軍のパイロットたちは、サウジアラビアの領空を通過する際に、サウジ空軍の無線の周波数を使いアラビア語で交信して、航空管制官や防空部隊に正体を察知されるのを避けた。
攻撃部隊は離陸から約3時間後に、バグダッドの南東17キロメートルにあるアル・トゥワイタ原子力センターの上空に到達した。
ここでイラクはフランスの協力を得て、「オシラク」という軽水炉を建設していた。
イスラエル機は、18時35分にオシラク原子炉への攻撃を開始。8機のF-16は、合計16発の爆弾を投下し、その内8発を格納容器がある建物に命中させた。
この攻撃によって原子炉周辺にいたイラク兵士10人とフランス人技術者1人が死亡した。だが原子炉の中にまだ核燃料がなかったため、放射性物質が外部にまき散らされてイラク市民に被害が及ぶ事態は起きなかった。
爆撃はわずか2分間で終了した。イラク軍は奇襲攻撃に反撃することができず、戦闘機のパイロットたちは全員が無事に帰投した。
イラクは当初どこから攻撃を受けたか特定できず、当時イラン・イラク戦争(1980~1988年)で交戦中のイランからの攻撃も疑ったとされる。
イスラエルのメナヘム・ベギン首相は爆撃の2日後の記者会見で、イラクが建設中の原子炉を攻撃したことを認め、この攻撃を「自衛手段」として正当化した。
彼は、「将来も自国を核攻撃から守るために敵の核武装を未然に防ぐという先制的自衛(pre-emptive self-defence)戦略を言明した。この戦略はしばしば「ベギン・ドクトリン」とも呼ばれる。
(2)シリアのアルキバル原子炉に対する航空攻撃(2007年)
「バビロン作戦」から26年後、2007年9月6日にイスラエルは、シリア東部にあったアルキバル原子炉を航空攻撃し、ほぼ完全に破壊した。
イスラエルのエフード・オルメルト首相は、諜報機関モサドの情報から、シリア政府が北朝鮮の援助を受けて核兵器開発を進めているという疑いを強めた。
オルメルトは米国のジョージ・W・ブッシュ大統領にこの情報を伝えてシリアの核開発計画を武力を使ってでも阻止するよう求めた。
しかし、米国は当時イラクおよびアフガニスタンと戦争を続けていたために、シリアへの軍事攻撃に難色を示した。
このためイスラエルは単独でアルキバル原子炉爆撃に踏み切った。
「オーチャード(果樹)作戦」と呼ばれたこの奇襲航空攻撃には、4機のF-15と4機のF-16の合計8機の戦闘機の他電子戦機が参加した。
シリア軍の防空部隊に気付かれないように、電子戦機がシリア軍のレーダーに偽の画像を送り続けた。
攻撃部隊は、米国製の空対地ミサイル「AGM-65 (マーベリック)」を使用した。
前もってシリアに侵入したイスラエル軍特殊部隊の兵士たちが、地上から原子炉のある建物にレーザーを照射して、ミサイルを誘導し命中させた。
ちなみに、2007年9月、アビエーション・ウイーク紙は、ある米国の情報専門家の話として、イスラエルがシリアの核施設を攻撃する際に、サイバー攻撃が行われたと報じた。
また、米国の元サイバー担当大統領特別顧問リチャード・クラーク氏は、その著書『世界サイバー戦争(CYBERWAR)』(原書の出版は2010年4月)の中でイスラエル空軍のシリア核関連施設への空爆時のサイバー攻撃が行われたと述べている。
さて、当時、欧米メディアは、この爆撃について「イスラエルによる攻撃か」という報道を行ったが、一方、イスラエル政府は、26年前の「バビロン作戦」とは異なり沈黙を守った。
このため国連安全保障理事会も原子炉攻撃を非難する決議を行わなかった。シリア政府もこの攻撃を黙殺してイスラエルに対する報復を行わなかった。
イスラエルは、攻撃から11年後の2018年3月22日に、アルキバル原子炉爆撃を正式に認めた。
国際原子力機関(IAEA)は、破壊された原子炉跡を視察した結果、周辺地域でウランを検出した。
IAEAは、シリア政府がIAEAに報告せずに、この場所で原子炉を建設していた疑いが強いとする報告書を発表した。
(3)イランのウラン濃縮用遠心分離機に対するサイバー攻撃(2010年)
2010年9月に、イランのナタンズにある核燃料施設内のウラン濃縮用遠心分離機を標的とするサイバー攻撃が行われた。
スタックスネット(Stuxnet) と呼ばれるマルウエアが、何らかの方法で核燃料施設に持ち込まれ、マルウエアに感染させられたコンピューターによって、遠心分離機を制御するプログラマブル・ロジック・コントローラ(PLC)の設定ロジックが改竄された。
周波数変換器が攻撃されたことにより、約8400台の遠心分離機のうち約1000 台が稼働不能に陥り、操業が一時停止する事態となった。
一般に、民間の重要インフラの制御系システムは、インターネットなど外部のネットワークに接続していないクローズ系コンピュータネットワークである。
クローズ系はインターネットに接続されていないので安全であると思われがちであるが、今回のサイバー攻撃では、核施設で働く従業員の家にスパイが忍び込み、パソコンにマルウエアを挿入したと言われている。
スタックスネットは、その高度な攻撃手法から、高コストな開発体制が必要であり、国家主導のプロジェクトとして開発が行われていたのではないかと見られていた。
ところが、2012年6月1日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、イランの核開発計画に対するサイバー攻撃は、ブッシュ政権下で開始され、バラク・オバマ大統領によって継続された米国とイスラエルの共同作戦(オリンピック作戦と呼ばれる)であり、米・国家安全保障局 (NSA) とイスラエル軍情報機関8200部隊がこのマルウエアをイランの核施設攻撃用に作成した、と報じた。
3.想定されるイスラエルの軍事行動態様
以下は、筆者が想定するイスラエルのイランの核施設への軍事行動の態様などである。
(1)行動方針
イスラエルの行動方針として、次の2つが考えられる。
1つ目は、少数のステルス機による隠密奇襲攻撃により、核施設を爆撃・破壊し、イランの核保有を数年遅らせる。
2つ目は、戦爆連合による強力な航空攻撃により核製造施設(地下施設を含む)を完全に破壊し、イランの核保有意思を破砕する。
1つ目の作戦方針は、米軍が黙認すれば、イスラエル単独でも実行可能であり、成功の確率も高い。
2つ目の作戦方針は、米軍の協力がなければ実行不可能である。
また、イランの弾道ミサイルによるイスラエル本国への軍事報復が予想される。それは、中東全体を巻き込んだ地域紛争に発展する恐れがある。
イランの核施設を軍事攻撃で破壊しても、イランの核開発努力を数年停止させるにすぎないとの指摘もある。
それでも、イスラエルは軍事攻撃を行うであろうと筆者は見ている。
イランの核保有は、イスラエルにとって国の存立にかかわる差し迫った脅威である。イランの核保有を遅らせるだけ遅らせるというのも一つの選択肢であろう。
(2)攻撃目標
イランは、自国の軽水炉の稼働に必要な低濃縮ウランの製造のためとして自国内でのウラン濃縮技術の確立を目指しているが、2002年まで、ウラン濃縮が国際原子力機関(IAEA)に未申告のまま実施されていたことから、ウラン型核兵器開発の疑惑が持たれている。
また、イランは重水炉を建設中であるが、軽水炉に加えて重水炉も必要な理由が明確でないこと、重水炉は黒鉛減速炉と同様、軽水炉よりもプルトニウムの生産に適しているとされることから、プルトニウム型核兵器開発の疑惑も持たれている。
さて、イランの核関連施設は図1のとおりである。ナタンズ(ウラン濃縮施設)、アラク(重水炉建設中および将来のプルトニウム生産拠点)、イスファハン(ウラン転換施設)(注1)の 3か所が主要な攻撃目標となるであろう。
この中でも、ウラン濃縮のための遠心分離装置があるナタンズが最も重要な攻撃目標である。
ナタンズだけを攻撃目標とすることで、イランの核開発を一定程度停止させることは可能だと見られている。
図1 イランの核関連施設
(注1)ウラン転換施設とは、天然ウラン精鉱(イエローケーキ)を六フッ化ウランに精錬する施設である。
(3)攻撃部隊、兵装および攻撃ルート
「F-35A」ステルス戦闘爆撃機による隠密奇襲攻撃が想定される。
イスラエルはF-35A 2個飛行隊約50機を運用している。F-35Aの高ステルス性能を維持するためには、ミサイルや爆弾を機外搭載でなく胴体内兵器倉(ウエポンベイ)の中に搭載する必要がある。
F-35Aのウエポンベイは内部天井と内側扉裏側に1か所ずつ、左右合わせて4か所のハードポイントを備えており、空対地ミッションでは2000lb JDAM(注2)2発と中距離空対空ミサイル(AIM-120)2発を搭載可能である。
ちなみに、地下施設の破壊に使用される地中貫徹爆弾(バンカーバスター)は、F-35Aには搭載できない。
イスラエルが保有しているF-15E(ストライクイーグル)ならば搭載可能である。
さて、話は変わるが、イスラエルのF-35Aは、すでにイランの核関連施設を偵察しているという報道がある。
米外交専門誌「ナショナル・インタレスト」などによると、イスラエル空軍の2機のF-35は、2018年2月、イランの首都テヘランをはじめホルムズ海峡の要衝バンダレ・アバス港やカラジラーク、イスファハンといった主要都市の上空を偵察したとされる。
この飛行直後に日刊紙「アル・ジャリーダ」は、「イラン空軍はこの侵入を全く探知できず、領空に入られたことさえ気づかなかった」と報じた。
「ナショナル・インタレスト」などは、「アルジャジーラの報道の直後にイラン最高指導者のハメネイ師が革命防衛隊などに調査を指示した。その調査によれば、イランの上空を守るはずの防空システム、中でも最新鋭とされるロシア製地対空ミサイル「S300」 のレーダーは、ステルス機を全く探知できていなかった。またイラン空軍司令官のファザド・イスマイリ准将は、この失態をハメネイ師ら上層部に隠していたことも明らかになった。結果、准将は罷免された」と、報じた。(出典:sankei.com 2019.8.6)
ところで、攻撃部隊の飛行経路は、ヨルダンからイラク北部を通過し、イラン領空に侵入するルートが想定される。
飛行距離は最短で片道1500~1700キロ。F-35Aの機内燃料のみの戦闘行動半径は1093キロである。飛行距離は長いが、イスラエルは空中給油機を保有しているため飛行距離は制約とならない。
(注2)JDAM(Joint-Direct-Attack-Munition)は通常爆弾にキットを装着することで精密誘導爆弾に変えたものであり、誘導方式にはINSとGPSを併用している。また、現在ではさらにレーザー誘導を併用できるLJDAMも登場している。
(3)航空攻撃に伴うリスクや問題点
作戦上のリスクや問題点としては次のようなものが考えられる。
ア.領空通過許可
現在、シリア、イランを除くほとんどの中東の国に米軍が配備されている(図2参照)。
よって、これらの国の防空は、米軍が管轄していると見られるので、攻撃部隊は領空通過許可を得ることなくヨルダン、イラク上空を飛行することができる。
また、ステルス機であるので、近隣諸国の防空システムによって察知される可能性は極めて小さいであろう。
図2 中東における米軍の駐留状況
イランは、ロシアから購入した防空用の地対空ミサイルシステム「S-300」を配備している。
「S-300」は、日本が配備している地対空ミサイルシステム「ペトリオット」と同程度の能力を有するとされる。攻撃部隊にとっては大きな脅威である。
しかし、前述したように、イスラエルのF-35が、「S-300」のレーダーに探知されずに、イランの首都テヘラン上空に侵入したという報道が事実ならば、攻撃部隊の脅威とならないであろう。
また、2020年1月8日、イランのテヘラン発、キエフ行きのウクライナ国際航空752便(ボーイング「737-800」型機)が、離陸直後にイスラム革命防衛隊の地対空ミサイル「トール」(SA-15)により誤って撃墜され乗員乗客176人全員が死亡した。
「トール」はロシアが開発した自走式短距離防空ミサイルシステムで、射程は10キロ、無線指令誘導方式である。
自衛隊の短SAMと同程度の能力を有すると見られる。ステルス性に優れたF-35であれば、SA-15の捜索レーダーによる探知を回避することは可能であろう。
ウ.米国の協力
攻撃部隊にとって必須のものは、攻撃目標の画像と対空脅威情報である。
イスラエルは、自国の軍事偵察衛星を運用している。とは言え、軍事偵察衛星分野では、運用する軍事衛星の数と種類においても他国を圧倒する米国との情報交換が不可欠であろう。
また、米軍がイラク空域をコントロールしていることなど、イスラエルの軍事行動の成功には米軍との協力が必須である。
さらに、イスラエルが単独で軍事攻撃を実行したとしてもイランが中東の米軍基地などに対しても報復を行う可能性は極めて高い。
このため、イスラエルの軍事行動に対する米国の「了解」は不可欠である。
エ.イランの軍事的報復
イランの報復としては、弾道ミサイルその他の軍事的な手段によるイスラエルへの報復攻撃、ヒズボラやハマスを使った代理攻撃などが想定される。
イスラム世界がイランを支持した場合は、中東全体を巻き込んだ地域紛争に発展することが危惧される。
おわりに
イスラエルは、核保有について肯定も否定もしていない。また、NPTにも参加していない。
しかし、イスラエルが核兵器を保有していることは、公然の秘密である。
そして、イスラエルの「ホロコースト」という歴史やイスラエルの置かれた安全保障環境などからイスラエルが、核についての曖昧政策をとることを国際社会は黙認してきた。
一つはイスラエルの軍事攻撃を誘発する恐れであり、もう一つは周辺国への「核のドミノ」が広がる恐れである。
サウジアラビアは、イスラム教スンニ派の盟主を自任し、シーア派の大国イランと中東の覇権を争っている。
ムハンマド皇太子は2018年、「イランが核爆弾を開発したら、サウジアラビアもすぐ後を追う」と明言した。
サウジアラビアの核武装は、エジプトとトルコの核保有の野心を刺激するであろう。
エジプトは、ナセルの時代に核武装を考えたことがある。トルコのエルドアン大統領は、2019年9月の与党の会合で、「トルコには核武装する権利がある」という趣旨の発言をしている。
そして、中東に核武装する国が増えれば、将来、中東の地域紛争が核戦争に発展する可能性が高くなる。ゆえに、イラン核合意を再建することが中東のみならず、世界の平和と安定にとって極めて重要となる。
筆者は、米・中・ロの三大大国が協力してイラン核合意の再建に努力するしかないと見ている。
イスラエルの同盟国である米国は、イスラエルに対して、軍事攻撃を自制するよう説得し続けること、イラン核合意の当事国の中・ロは、イランに対して、ウランの濃縮率を、核合意の3.67%に戻すよう説得し続けること、を筆者は期待している。
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