毛沢東論―真理は天から降ってくる―
毛沢東論―真理は天から降ってくる―』(名古屋大学出版会)著者:中兼 和津次

毛沢東――今なお中国の社会と政治に影響を及ぼし続ける稀代の指導者は、一体どのような人物だったのでしょうか。毛の没後45年、そして中国共産党建党100年を迎える今年、中国経済研究をリードしてきた碩学による『毛沢東論』が出版されました。以下、「はじめに」全文を特別公開いたします。

その男は中国に何をもたらしたのか。大量の犠牲者を出しながら、なお英雄視されるのは何故か。冷静かつ大胆に分析。

毛沢東、と聞くと何を思い浮かべるだろうか? 中国を旅行したことのある人なら、全ての紙幣に印刷されている彼の顔、天安門広場に掲げられている彼の肖像、あるいは世界史の教科書によく載っている彼の写真を思い出すかもしれない。彼が中華人民共和国の建国の英雄であることはよく知られているし、世界を動かしてきた政治的大人物であることも知られている。

これまでエドガー・スノーの『中国の赤い星』をはじめとして、毛沢東にかんする著作(伝記、評論、研究書、等々)が世界で数多く出版されてきた。毛沢東時代の中国、とくに政治にかんする研究といえば、大部分が実質的に毛沢東研究だといっても過言ではない。なぜなら、極端にいえば中国政治=毛沢東だったからである。毛が新中国を作り、毛が中国を動かしてきた。毛は1976年9月にこの世を去り、1978年から始まる鄧小平の改革開放政策によってすっかり影が薄くなってしまったような印象があるが、いまでも彼は中国政治や社会に大きな影響を及ぼしている。

毛沢東に対する評価――悪人か、偉人か

毛沢東に対する評価は人によって大きく分かれる。ユン・チアン(張戎)から見れば、彼は昔から陰険な人物だったということになるし、彼が歩んだ解放闘争の歴史は実は嘘と誇張で脚色されたものだった。大躍進文化大革命(文革)などの悲劇を追いかけると、あまりにも犠牲者が多く、主導した彼はまさに悪魔でしかない。彼をヒトラースターリンと並ぶ20世紀における三大悪人の一人に数える人もいる。中国国内でも評価は分かれる。1980年代の中頃にわが家を訪れたある中国の先生は、玄関に掲げられていた毛の詩をあしらった刺繍を見て、「この人が中国を悪くした」と吐き捨てるように言った。日本との関係が深かったその先生は、おそらく毛が進めた1957年の「反右派闘争」という知識人弾圧政策、1966年から荒れ狂った文革の犠牲者の一人だったに違いない。

他方で毛沢東を偉人として高く評価する人は、今でも中国国内には数多い。中共中央文献研究室ほか編の公式的な『毛沢東伝』はいうまでもなく、国内で出されている『毛沢東思想研究』、『党史研究』などの雑誌に掲載されている関連論文は毛を批判的に描くことはしないし、実際そうしたことは許されない。毛が生まれた湖南省湘潭県韶山沖の家や革命根拠地だった延安の旧居に全国から「参拝」に来る人も絶えない。

毛沢東を理解せずに現代中国は分からない

好き嫌いは別にして、もっと客観的に、また十分に距離を置いて、毛沢東という人物はいったいなぜ、またどのような行動をとったのか、彼の行動の根本を決める主旋律、思想の根幹は何か、そこにいかなる問題が内在していたのか、彼は現代中国に何を遺したのか、さらにもっと大きな問題として、大躍進文化大革命に象徴されるようなすさまじい惨禍と犠牲を伴いつつも、なぜ彼が中国を統治し続けられたのか、などなど、彼の行動、政策にまつわるさまざまな問題を少々常識論的に、しかしできるだけ論理的に考え、説明してみよう、これが本書における私の主な狙いである。それは現代中国の政治や社会を理解する大きなカギにもなると思われる。端的にいって、毛沢東を理解せずに現代中国は分からないのではないか。

私自身、毛沢東研究をこれまで一貫して行ってきたわけではなく、スチュアート・シュラムやロデリック・マクファーカー、あるいは竹内実のように長年にわたり毛の著作を集めて研究し分析してきたわけでもない。また近現代中国史を専門とする歴史家でもない。所々でマルクスの思想や理論に言及するが、決してマルクスおよびマルクス主義の研究者でもない。「毛沢東経済学」を除けば本書で取り上げられているテーマについては素人、門外漢といっていい。しかし門外漢、素人だからこそマルクスの弟子の一人である毛沢東をこれまでにはない新しい視点から捉えられるのではないか、そういう発想から本書を書いてみた。よく「岡目八目」というではないか。

「マルクス+秦の始皇帝」

私の基本的視点の一つは、毛沢東が自らを「マルクス+秦の始皇帝」と呼んだことから、毛をマルクス毛沢東派の教祖として、しかも絶対的な教祖として捉える点にある。その思想と行動を見てみると、時には矛盾したことを述べたり、あるいはかつての自分の発言と違ったことを言っていたりして、必ずしも一貫していない。たとえば「調査なくして発言権なし」とは彼の有名な警句であるが、時には平気で調査なしに、あるいは調査を無視して発言し、行動していた。あるいは、「大いに議論し、批判・自己批判し合おう、指導者が間違っていたら部下に責任を押し付けてはいけない」と言いながら、自分自身が間違いを批判されると激怒し、自己批判することもなければ責任を取ることもなかった。よく知られているように、彼は「人の正しい思想はどこから来るか?」と問い、「天から落ちてくるのか? そうではない。自分の頭の中に固有のものか? そうではない。人の正しい思想は、社会的実践の中からだけ来る」と述べた。しかし彼の言動と思考の底流にあったものは、正しい思想、つまり真理は自分の頭にあるという強烈な自負心である。

毛沢東は単なる政治家ではなく、軍事戦略家であり、思想家であり、詩人でもあった。このように多面的性格を持つ彼を総体として捕まえることは至難の業であるし、「群盲象をなでる」の愚を犯すだけかもしれない。しかし、「生まれたばかりの子牛は虎を恐れない【初生之犢不怕虎】」ということわざが中国にある。うぶな子牛として、毛沢東という虎に立ち向かってみよう、というのが私の立場である。

なぜいま毛沢東を取り上げるのか?

なぜいま毛沢東を取り上げるのか? 一つには、中国も改革開放後、「毛主席」ではなく「毛沢東」を冷静に、客観的に見ようとする人たち、たとえばかつて毛の秘書だった李鋭や、北京大学教授だった銭理群、あるいは文革時に天津市政府幹部の一人で社会学者となった王輝等々、こうしたいわゆる改革派の知識人たちが次々と発言するようになってきたし、天安門事件以後には中国と毛にかんする「禁書(中国国内では発行販売ができない書物)」が香港や台湾で多く出版されるようになり、冷めた目で毛と近現代中国、その歴史を見つめ直そうとする動きが出てきたからである。

もう一つは、銭理群も言っているように、「毛沢東が逝った後、彼の幽霊がまだ中国の大地に漂っていて、中国社会の発展に影響を与えている」からである。改革開放後、一見すると中国は「脱毛沢東化」したような印象を受ける。たとえば毛が嫌悪した物質的刺激や、その極致である金銭崇拝はいまや人々の基本的行動原理になっている。しかし、現代中国の実像を見れば見るほど、「毛の幽霊」が中国に漂っているだけではなく、しっかり社会と政治の統治原理として中国の大地に根付いてしまっていることに気づく。その意味で、彼の影響は今に至るも巨大なものがある。また、中身はともかく、その立ち居振る舞いを見ると、習近平は第二の毛沢東になろうとしているように見える。彼は「毛沢東思想」ならぬ「習近平思想」を持ち出し、毛沢東崇拝を模した個人崇拝のための演出を行い、長期の絶対的権威を確立しようと考えているようである。ただし、どう見ても彼にはマルクスの名言が当てはまりそうである。「歴史は繰り返す。最初は悲劇として、次には茶番として」。

本書で引用し、参考にした文献と資料は多いが、中国語や英語文献も使っているものの、大部分は日本語の既刊書である。私が独自に入手した資料があるわけでもなく、また新たな事実を発見したというわけでもない。あくまでも私自身の視点から解釈し、さまざまな疑問を提示することに主眼を置いている。しかし本書を通じて毛沢東の思想と行動の一端を知ることができるだろうし、また彼を通じて現代中国の歴史とその特質に迫る、あるいは少なくともそのことを理解したり考えたりするための材料が得られると私は確信している。

理想(モデル)と現実(マドル)

使用した資料について少しばかりコメントしておくと、かつてのソ連がそうだったように、中国共産党や政府の情報は理想(モデル)を語るものが多く、生々しい現実(マドル)は往々にして地下出版か海外発信された文献に暴露されている。ソ連時代、膨大な政治犯を収容した「収容所群島」については、ソ連共産党の機関紙『プラウダ(真理)』ではなく、地下出版したソルジェニーツィンによって明らかにされた。同様に、中国が公式出版する『毛沢東伝』や『周恩来伝』などは、理想的指導者像、いわば表の顔を描いているだけで、裏の顔は書かないか、書けないのである。本書で公式文献とともに、海外で出版された資料を比較的多く使用するのも、モデルとマドルの両方から毛沢東と中国の現実を探りたいためである。

社会や歴史現象というものはきわめて複雑なもので、一般には一つの事実や視点だけで全てを説明することは難しい。それを説明しようとする理論とか枠組みというものは全部「仮説」だといってもいい。統計学経済学の領域では、最近社会現象にかんする因果性の検定の研究が進んできた。とはいえ、ある原因がある特定の結果をもたらすという厳密な検証、それを「科学」と呼ぶとすれば、そうした「科学的」検証は強い条件を入れない限り不可能である。「科学的」なる社会科学理論も、「これまでの経験からいって比較的説明力の高い」と見なされる理論的仮説以上のものではない。同じように、マルクス以来よく使われている「科学的社会主義」なる概念も、「科学」を自然科学と同義に捉えるなら、まさに形容矛盾そのものといっていい。歴史が教えるところ、ある理論を「科学である」といった瞬間からその理論が絶対的な真理になり、歴史法則になり、さらに宗教的な教義になり、ついには人々を無理やりそれに従わせる暴力的装置になったのではないか。これも本書を貫く私の仮説であり、基本的視点でもある。

「科学的に」毛と現代中国を捉え直す

よく「毛沢東は所詮皇帝だった」といわれてきた。しかし、上述したように、毛は秦の始皇帝の権力(政治的権力)と併せてマルクスの権威(思想的権威)を持とうとしていたし、前者は後者によって補強されていたのではないか。その上、秦の始皇帝そっくりの専制・暴力論と、マルクスの暴力革命論に由来する暴力肯定のイデオロギー、この二つを彼は併せ持っていたのではないか。これもやはり私の仮説であるし、また基本的視点である。

こうした仮説に果たしてどれだけ現実説明力があるのか、読者の判断を仰ぎたいと思う。ともかく、毛沢東だけではなく、現代中国の政治社会の本質、あるいは指導者たちの言動や行動様式、そうしたものを観察する上で、本書ならびに私の視点・仮説が少しでも役に立つなら、と願っている。反発、批判は大いに歓迎したい。ともかく毛や中国や共産党を賛美したり、逆に嫌悪したりするだけでは何も生まれてこない。とくに感情的に中国を見る風潮が昨今わが国では強いだけに、(反証可能な、ないしは仮説的に、という意味で)「科学的に」毛と現代中国を捉え直すことが必要だと考えている。

[書き手]中兼和津次(1942年北海道生まれ。現在、東京大学名誉教授)

【書誌情報】

毛沢東論―真理は天から降ってくる―

著者:中兼 和津次
出版社:名古屋大学出版会
装丁:単行本(438ページ)
発売日:2021-05-10
ISBN-10:4815810230
ISBN-13:978-4815810238
毛沢東論―真理は天から降ってくる― / 中兼 和津次
毛沢東は中国に何をもたらしたのか。大量の犠牲者を出しながら、なお英雄視されるのは何故か