車いすユーザーの伊是名夏子さんがブログで「乗車拒否問題」を発信し、大きな話題になったが、今後、バリアフリー化を進めるうえでは、人的・金銭的な現実のコストとのバランスも考える必要がある。

完全バリアフリー化によって、誰もがいつでもどこでも移動できる社会が究極の姿だ。しかし、すぐに実現は難しい。今後5年間の交通政策の方針となる「第2次交通政策基本計画」が5月にも閣議決定される見込みだが、事業者の経営環境の悪化なども現実的な問題として示されている。

各地で公共交通の課題解決に取り組む加藤博和・名古屋大学大学院教授(公共交通政策)は「コストをかける優先順位」をどこに見出すかが重要だと説く。現実を見据えて、ひとつひとつ、優先順位を考えてほしいと呼びかけた。(編集部・塚田賢慎)

●考慮すべきは「優先順位」

伊是名さんの件は、難しい問題だと思う。私自身は、できるだけ多くの人が、そんなに高くないお金で移動できる社会にしていくためにどうすればいいかということを考え、その実現に取り組んでいる。そこで大事なのは「優先順位」だ。

公共交通とは本来、高齢者、子ども、障害者、外国人など誰もが乗れるべきものだ。バリアフリー法でも、障害者差別解消法でもそう位置付けられている。しかし、実際にやろうとすると、お金も時間もかかり、一朝一夕にはできない。ではどうするか。

今年度改定される交通政策基本計画の案にはこう書かれている。

「高齢者、障害者を含む全ての利用者が安全かつ円滑に鉄道施設を利用し得るよう、都市部において利用者の薄く広い負担によりバリアフリー化を進める枠組みを構築」

基本計画の作成に、私も検討のための小委員会委員として参画した。この計画では、具体的な目標については「頑張れば達成が見込まれるもの」が書かれている。言い換えると、計画期間である5年間で交通事業者や国から見てできそうにないものは入らない。関係者が最終的に納得したうえで作られた計画になっている。

バリアフリー化は、現行制度での補助金と運賃によって進められるが、それでも足りないとなれば、交通事業者は、運賃を値上げせざるをえない。そのことに関係者が納得しているということになる。ただしもちろん、利用者が納得してるかどうかはわからない。

●「痛みを伴う値上げ」という考えは、おかしい

値上げがうれしい人はいないだろうが、「痛みを伴う値上げ」という捉え方はおかしく、ノーマライゼーションに立ち返るべきだ。みんなが同じ運賃を払って、なるべくみんなが乗れるようにするという原則に立ち戻っているだけのことだ。

一部の人が乗れないことが全体の不利益なので、乗れるようにするだけ。だから、受益者負担と称して障害者からのみ上乗せ分の運賃を取るというのは完全におかしい。また、改善によって障害者以外のかたにとっても、利便性向上となる点が少なくないと思われる。

ちゃんと計算してみないとわからないが、計画案で「広く薄く」と言っているように、上乗せ分はそれほどの金額にはならないのではないか。

バリアフリー化は元々払うべき必要コストだが、そんな駅を急に増やすことはできない。だから、順番に進めようとするのがバリアフリー法の考え。

事業者あるいは利用者が過度な負担にならないように進められていく。無理な目標も立てないし、無理なこともさせない。

●伊是名さんの訴えは順番をすっ飛ばした

その意味で、今回の、伊是名さんの訴えは、順番をすっ飛ばして先走るようなものだと感じた。

バリアフリー法では利用者の人数によって、整備をすべき施設の優先順位が決まる。来宮駅は、その優先順位がだいぶ低い。

社会は過渡期にあって、バリアフリー化は完璧ではないけど、それでも事業者ができる限りなんとかしようとするのが、法律上の「合理的配慮」である。あくまで個人的意見だが、今回、JR東日本は伊是名さんに合理的配慮をおこなったし、乗車拒否もしていないと考えている。

JR東日本は、最初はできないと言っていたが、結局、熱海駅の駅員がなんとか来宮駅に降りられるようにした。事業者は努力義務を果たすべく、あのときにできるベストを尽くしたと感じる。

この4月にバリアフリー法が改正され、これまでのバリアフリーがハードに偏っていたから、ソフトのバリアフリー化も盛り込んだ。

言い換えれば、駅にエレベーターを作ってすべてが解決するのかというと、それは違うということだ。事業者そして利用者がこの問題を理解し行動することも必要である。

ハードについては、いきなりすべては満たせず、改善に時間がかかる以上、優先順位を考えることは基本。まずは利用者が多い駅から、整備を進めるべきとされている。そこで、無人駅を槍玉にあげて、現場で努力してもらったにもかかわらず「乗車拒否だ」というのは、ちょっとひどいのではないかという気持ちがある。

●障害者から何度もクレームを受けた経験がある

私は大都市から過疎地まで様々な地域の公共交通を改善する仕事を手掛けている。なかでも過疎地では経営もサービス改善も厳しく、移動手段が必要となれば、限られた資金のなかでできる限り多くの人に利用していただける手段を選択することを迫られる。

JRで最初にすべての駅のホームに点字ブロックを設置したのは、JR東海だった。

JR東海の路線には、秘境駅と呼ばれる、人里から離れ利用者がゼロに近い駅がいくつかある。本数が非常に少ない上、駅の外に出れば、道路も舗装されていないし、数キロ先まで歩いても数世帯しかないところもある。そんな駅にも点字ブロックがある。

でも、資金的に余裕がない交通事業者にまでそのようなレベルを求めるのは現実的ではない。同じお金を使うなら、秘境駅バリアフリー化するより、日常的に多くの利用があるところを優先してバリアフリー化したほうが、よりたくさんの人が早期に利用できるようになる。少しずつ、必要なところにバリアフリーを実現することが大事である。

私自身は、バス路線を新設する際、バリアフリー対応の車が本当はよいけど、予算制約や道路構造の問題で、バリアフリーでない車を入れざるをえないことが何度かあった。

そのとき、障害者の当事者団体から、我々を虐げていると言われたことがある。

極端なケースでは、平等じゃないから、バスを走らせるのはやめるべきと言われ、ショックだったことをよく覚えている。

優先順位を考えなくてもすべてが一気にできるならやりたいが、いま目の前に、日常の移動ができず困っている人たちがいることに何とかして対応しようとしているところに、実際に乗ってくれるとは思えない人たちから「虐げられている」と言われると空しくなる。

私自身は、障害者を乗せられないバスを走らせるときには、タクシーや他の手法でも輸送できるかどうか必ずチェックしている。

しかし実際には、上記のような反発によって、バスの導入方法を見直さざるをえなかったということを、何回も経験している。

●利用者にその言葉を言えるの?

クレームを私に言うのはいいけど、その地域で生活して、その路線を使ってくれる人たちに対して、同じことを言えるのだろうか。

駅や施設が開業すると、車いすに乗った方々が来られて、その駅をうまく利用できるかどうかチェックされている光景を見る。

しかし開業初日は、健常者への対応も完璧ではないし、他の利用者も駅員も慣れていない人ばかりである。車いすの対応も、最初から完璧に対応できるわけはない。そんな状況で、「使いにくいじゃないか」と主張をされる光景を何回も目にしてきた。しかし、混乱している開業初日に言われても、担当者はきちんと話を聞く余裕がない。

初日はマスコミも取材に来ているから、そのクレームが報道されることもある。しかし、それはまさに今回の炎上と同じで、生まれるのは共感より反感だと思う。

現場の人間としては、本当に改善を望むなら開業初日のチェックは避けるべきだし、また報道ではなく、担当者との対話や独自の方法での情報発信をおこなうほうが明らかに早道であると考える。

●伊是名さんのありがたいところ

私は現場で公共交通の改善を進める実務者なので、文句は言っても、実際には使ってくれない人が一番困る。そういう意味で、伊是名さんのありがたいところは、駅や電車をちゃんと使ってくれていること。

利用者が動くことで、地域や沿線が潤うこともあり、使ってみて問題を指摘していただけるんだったらありがたいことこの上ない。

バリアフリー化を進めるにあたって、バリアフリーマップを全国的に作るのがよいと思う。これは、バリアフリーが必要なかたにどうすれば移動できるかを知ってもらうことが第一の意味であるが、それと同じくらい大事なのが、どこがネックになっているかを関係者皆で認識することである。

いまは利用者人数で整備の優先順位がつけられているが、これは杓子定規であり、問題を地道に可視化すれば、その順位が変わるかもしれない。

マップがなければ健常者は気付かないバリアを可視化することで、施設の整備担当者が重要な問題点に気づいて、予算が付く可能性が生まれる。

「マップを作らなければいけないことがおかしい。どこであっても、マップの必要なく自由に動けることが当然」と意見する人もいる。

そうであるべきだと思うけど、それも前向きな意見ではない。

●「やってもらうのが当たり前」と思わない未来へ

伊是名さんが発信したことで起きている炎上は、少なくとも、世の中を良くしていかないと思う。

障害者の皆さんは、虐げられた歴史があり、不信感が強くなっているのもわかる。声をあげる必然性も理解できる。

「障害者と同じ視点になって想像してください。こんな対応されたらどう思いますか」という主張も当然である。

ただ、自分と同じ状況の人が、もうちょっと近い将来に、今よりも便利な環境で生活できるようにするために、大事なことが何かを考えていただきたい。

その先にある将来では、やる方は「やってあげた」と思わないし、やってもらった方も「やってもらうのが当たり前」とは思わない。

権利意識の強い人に傷つけられて、電車やバスの乗務員が心を病むとか、辞めてしまうのが現場の現実。そんなのは不幸だ。

限られたお金を使ってより多くの人に安心して利用してもらうという目標を共有して、そのための早道を考えて行動することが何よりも大事である。

5月10日補足)見出しを修正しました。

「バリアフリー化は優先順位がある」、公共交通の現場から考える「乗車拒否問題」