フェイスブックよ、お前もか

 ドナルド・トランプ米前大統領が、独自の発信サイト「ドナルド・トランプデスクから」を始めたのは5月4日。保守系フォックスニュースがスクープした。

JBpressですべての写真や図表を見る

 大統領選時の選挙参謀のブラッド・パースケール氏が所有するデジタルサービスの「キャンペーン・ニュークロス」の協力を得て実現した。

 保守系メディアは大騒ぎしているものの、後述するが中身はお粗末なシロモノのようだ。

 トランプ氏は、大統領選中、大統領就任後、ツイッターフェイスブックの個人アカウントを使って、米朝首脳会談や閣僚更迭など重要決定の発表や反対派への攻撃手段にしてきた。

 ところが、支持者による1月6日の米議会襲撃事件後、ツイッター社はトランプ氏の投稿が「暴力行為を再現するような人たちを鼓舞する可能性が高い」と、トランプ氏へのサービスを凍結してしまった。

 ユーチューブ社も足並みを揃えた。

 フェイスブック社はトランプ氏の投稿が支持者を襲撃をそそのかしたか否かの判断に迷った。自社に設置している第三者機関に判断を仰いだ。

 投稿管理を独立した立場から監督する外部有識者からなる「監督委員会」(Oversight Board)に委ねた。

「監督委員会」は判断を下すのに6か月の執行猶予期間を定め、その間フェイスブック社はトランプ氏のアカウントを「無期限停止」、つまり凍結してきた。

 そしてその期限が5月5日だった。

 トランプ氏は「監督委員会」が凍結解除決定する――そう確信して独自の発信サイトを立ち上げた。

 ツイッターはだめでも、フェイスブックと自身の発信サイトとが共有できれば、かつて3500万人のフォロワーを誇った「武器」を手に入れられる。

 だが、その胸算用は見事に外れてしまった。

「監督委員会」の判断は、フェイスブック社が下したトランプ氏のアカウントを「無期限停止」にする措置を支持したのだ。

ノーベル平和賞受賞者ら世界の識者20人

 同委員会はむろん政府の公的機関ではない。

 フェイスブック社のマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)がフェイクニュース誹謗中傷、騒乱煽動の恐れのある投稿をシャットアウトする目的で、2018年、世界中の法律家ジャーナリストなど有識者20人を選び、設置した。

 共同委員長は、マイケル・マコンネル元米連邦高裁判事、ジャマールグリーンコロンビア大学教授、ヘレ・トーニング=シュミットデンマーク首相(社会民主党党首)ら4人。

 20人中、米国籍は6人。残りの14人にはイエメンノーベル平和賞受賞者のタワックル・カルマン氏など外国籍の人権活動家ジャーナリスト弁護士14人が名を連ねている。

 日本人はいないが、アジアからは台湾、インドパキスタンインドネシアから弁護士らが選ばれている。

 また当初メンバーだったパメラ・カーラン氏はバイデン政権の司法次官補(公民権担当)に就任したため、辞任。

 後任には非営利人権擁護団体、「ペン・アメリカ」のスーザン・ノッセルCEOが加わっている。人選にはマッキンゼー社が助言・協力したという。

https://en.wikipedia.org/wiki/Oversight_Board_(Facebook)

「監督委員会」の決定は確かにトランプ氏のアカウントを凍結したフェイスブックの措置を支持はしたのだが、フェイスブック社が「無期限停止」した点についてはその基準が不明確だとして、6カ月以内にこの措置を再検討するよう求めている。

 つまり2021年11月までアカウントを凍結するのはいいが、その後どうするか、改めて決めよ、というわけだ。

 トランプ氏は決定を受け声明を直ちに発した。

フェイスブック社をはじめとするSNSが私のアカウントを禁じたことは、我が国に対する絶対的な恥辱、困惑(a total disgrace and an embarrassent)である」

言論の自由米国大統領(The President of the United States)から奪ったのは、過激的な左翼精神異常者(the Radical Left Lunatics)が真実を怖れたからである」

「だが、真実は必ず明らかになる。今までなかったほど大きく、力強く、明らかになるだろう。我が国の人々(The People of our Country)はこんな措置を受け入れはしない」

「これらの腐敗し切ったSNS各社(These corrupt social media companies)は必ずや政治的代価(a political price)を支払わねばならない」

「米国の選挙プロセス(our Electoral Process)をぶち壊したり、息の根を止めようとするのを再び許してはならない」

 現物の英語を記したのは、トランプ氏の「時代掛かった」表現を知っていただきたかったからだ。まさに「我は大統領なり」と今なお信じ切っているのだ。

 それとともにフェイスブックSNSに対する憤りの激しさ、民主党に対する憎しみの深さをこの表現から知っていただきたかったからでもある。

政治献金集金機ダウンで党内掌握に陰り

 なぜトランプ氏は怒り心頭に発したのか。主要紙のベテラン政治記者はこう指摘している。

「このフェイスブック社の監督委員会の決定は、トランプ氏にとっては大きな政治的打撃となった」

フェイスブックは、ツイッターとともに世界最大のSNSのプラットフォームだ。何千万というユーザーへのアクセスを持つ、そのフェイスブックからシャットアウトを食らった」

トランプ氏が『闇将軍』として君臨するには、思ったことを書き込めるプラットフォームが不可欠だ」

5月4日トランプ氏は自身の送信サイトを新設したが、SNSに比べるとその送信力は月とすっぽん

「しかも送信するだけが精一杯で、受け手一人ひとりとのコミュニケーションはほとんどできない。ブログに毛の生えたようなものだ」

「自身の送信サイトは、SNSと共有することで初めてトランプ氏が望んでいた威力を発揮できるのだ。それが不可能になった」

トランプ氏は『パーラー』(Parler)とか『クラブハウス』(Clubhouse)といった中小のSNSへのアクセスはもっているが、フェイスブックなどの足元にも及ばない」

トランプ氏の狙いは、SNSと共有できることで巨大な人の群れにメッセージを送り、支持者をつなぎとめる一方、政治献金集金のベースを保ち、2024年大統領選はともかくとして、とりあえず来年の中間選挙に向けての共和党候補者選びや選挙運動へのテコ入れを図ろうとしていた」

「それが今回のフェイスブックの『監督委員会』の判断でフイになってしまったのだ」

 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のラメシュ・スリニバサン教授(政治学)は、解説する。

SNSの存在はトランプ氏に限らず、政治家にとって活動の中心的なものになっている」

SNSは現代の米国政治では(新聞やラジオテレビなどよりも)最も有力なアクター(行為者)になっている」

 同教授はその背景を徹底分析した著書、『Beyond the Valley: How Innovators Around the World Are Overcoming Inequality and Creating the Technologies of Tomorrow』を2019年に上梓している。

左派ウォーレン上院議員もFB規制に賛成

 今回のフェイスブックの「監督委員会」決定に民主党支持者たちは、まるで鬼の首でもとったような喜びようだ。

 だが、少し冷静に考えれば、これは極めて危険な決定という面がある。

 巨大なSNS政治家の「言論の自由」を独断と偏見で奪いかねない危険性があるからだ。

 保守派政策集団「共和党スタディグループ委員長のジム・バンク下院議員(インディアナ州選出)はこうツイッターに投稿している。

「これは危険で、向こう見ずな決定だ。SNSを使っている保守派に対して『君は歓迎されない輩だ』という明々白々のメッセージを送り付けたようなものだ」

フェイスブック社は巨大すぎる。何でもできると思っている。選挙で選ばれた政治家でお気に召さないものは黙らせられると考えている」

「保守派勢力は(フェイスブック社のようなSNSを規制するための)独占禁止法案を用意する時が来た」

 危険視するのは保守派だけではない。

 2020年大統領選の民主党予備選に出馬したリベラル左派のエリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州選出)はこう述べている。

 ウォールストリートはじめとする大企業SNSなど「ビッグ・テク」(Big Tech)に常に厳しい目を向けてきた政治家だ。

フェイスブック社は逆情報、偽情報を流す利益追求主義のマシーンだ。民主主義や国民の安全を守ることに関しては一切の責任を取ろうとしない」

トランプ氏がアカウントを拒否されたことはよかった。だがフェイスブック社は米議会がビッグ・テクに対する独占禁止法が成立するまで大人しくしていた方がいい」

https://www.latimes.com/politics/story/2021-05-05/facebook-upholds-suspension-on-trump-on-the-premier-social-media-platform

 もっとも「イケイケどんどん」の超保守派、ニュート・ギングリッチ元下院議長は、「今回の決定はトランプ氏を偉大な勝利者にした」とこう述べている。

トランプ氏はこれでSNSの権力亡者から攻撃を受けた殉教者になった。国民の76%はSNSを規制せよと言っている。68%は言論の自由を保障せよと主張している」

 政治専門サイト「ポリティコ」のジャック・シャーファー記者は、5月5月現在のトランプ氏を評している。

ホワイトハウスを去って以後のドナルド・トランプ氏は、まるで寂しげな年老いたエルビス・プレスリーのようだ」

「(「大統領選は盗まれた」と)同じことばかり繰り返している(動物の動きを電子工学を用いて縫いぐるみで再現する)アニマトロニックキャラクターだ」

https://www.politico.com/news/magazine/2021/05/04/facebook-cant-cure-trumps-chronic-low-energy-485282

 トランプ氏が「寂しげなエルビス」か、あるいは「仮眠をとるゴジラ」(保守派政治記者)と見るか――。

 それはトランプ支持派、反対派それぞれの政治志向に任せるとして、客観的に見てトランプ氏に巨大なフェイスブックに挑む余力が残っているのか、どうか。

 フェイスブックという最後の望みだった「武器」を取り上げられたあと、どうするのか。

 日本のメディアにとっても決して無関心ではいられない国民とSNSとの関係。

SNSから言論の自由を守る」と自負する「殉教者」の今後の動向に注目したい。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  米国の新北朝鮮政策が決定、現実的核廃棄案の中身はこれだ

[関連記事]

ハリス副大統領に“セクハラ攻撃”、米共和党の時代錯誤ぶり

バイデン大統領に合格点つけた米国、その驚くべき理由

自前の発信サイトをオープンさせたトランプ氏だったが・・・