(廣末登・ノンフィクション作家)

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 今回は、福岡市における更生保護のリアルな現場をお伝えしたい。

 筆者は、2018年度から2019年度にかけて、福岡県更生保護就労支援事業所長を務めた。当時は、少年院仮退院者や保護観察所の人などを、その事情を分かった上で雇用してくれる協力雇用主の開拓も行っていたため、今回は、その時に知り合った雇用主にご協力を仰いだ次第である。

 実はこの雇用主さんに協力いただいた取材は、大阪・朝日放送テレビABCテレビ)からの「元半グレを雇用し、更生に尽力している雇用主さんを紹介して欲しい」という要請に応えてのものでもある。それが今回、ドキュメンタリー番組として結実した。地上波放送は近畿2府4県で5月9日(日)、午後4時25分~午後5時25分。他県の放送は近畿圏放送後の予定である。

仕事だけではなく社会的居場所を与えてくれる「協力雇用主」

 反社への風当たりが強い現代社会の中で、一度道を踏み外した者が更生することは容易ではない。ややもすると、家庭、近隣社会や職場にも居場所がなく、再び悪の道に戻る者も少なくない。そうした中で、悪い仲間から足を洗って更生を志す者に、住むところ、仕事、そして社会的居場所を与えてくれる「協力雇用主」の存在は貴重である。

 協力雇用主になるには、所轄の保護観察所に登録することが必要である。その上で、紹介されて雇用した刑務所出所者等の対象者に、様々な支援を行う。支援には、社会で働くための諸ルールの教示から、生活習慣の指導をも含むものであり、その苦労は並大抵のものではない。

 今回、取材に協力してくれた雇用主さんは、博多・中洲で、貸しビル業とビル管理を営んでいる。そこで、元半グレの若者を雇用してくれたのだが、一度、彼を説諭したところ「キレさせて」辞められてしまった。だが、彼がSOSの電話をしてくるや、快く再雇用してくれた。そんな経験を持っている。

 雇用主さんが元半グレの若者を「キレさせた」エピソードには、若者特有の文化が背景にあった。これは読者の皆様にも参考になるケースであると考え、記事として紹介させて頂くに至った。

 前編では、青年の話を、後編では雇用主である社長の話をご紹介する。半グレの構成員であった青年は、アングラ社会に慣れ親しんだ筆者からみると、まだあどけなさが残る若者だ。彼らが再び悪事に手を染めないために、本記事が少しでも参考になれば、嬉しい限りである。

「しょうもない犯罪やってナカ戻ろうか」

 今回紹介する大阪ABCテレビドキュメンタリー番組は、協力雇用主に雇用されたA氏(23歳)の就労を通した更生への日常に密着するという内容だ。

 このA氏は、2020年11月まで少年刑務所に入っていた。その後、実家が引き受けを拒否したため、更生保護施設に入所しつつ、ビル管理の会社に就職した。

 筆者は、入社当初のA氏と話す機会があり、その時の心境を尋ねてみた。すると、意外な言葉が返ってきたため、非常なショックを受けたことを覚えている。

「(少年刑務所を)出る時って、すごく嬉しかった。でも、その嬉しさは一週間も続かなかったんですよ。何というか、孤独。昔つるんでいた連中が、相手にしてくれないんですよね。仕事しているやつは忙しいし、家庭持っているやつは、そんな暇ない。何か、すべてが変わったという感じで、寂しかった。これなら、もう一遍、しょうもない犯罪やってナカ(少年刑務所)に戻ろうか・・・って考えたんです」

 筆者も、保護観察が終わった途端に再犯に走り、刑務所に逆戻りした人を複数知っている。だが、そういう人の大半は年配の人であったから、20代前半の青年の口から「ナカの方が良かった」という話をされた時は、正直、戸惑いを隠せなかった。

 A氏は、特殊詐欺――いわゆる「オレオレ詐欺」で逮捕されている。だから、「元反社会的集団加入者」とラベリングされ、銀行口座なども持てない。若者でも、やり直しに苦労する厳し過ぎる排除社会の現実を垣間見た気がした。

 今回のABCテレビドキュメンタリーでは、リポーターがA氏の過去を時系列に尋ねてゆく。以下では、その一部を紹介する(なお、発言を文章化するにあたって、A氏の話を筆者が簡潔にまとめ編集している)。

手っ取り早く金を手にしようとオレオレに

リポーター:オレオレ詐欺やったんですよね。大体、いつ頃から手を染めました?

A氏:19歳くらいから齧りました。少年院出てから、引き受け先(協力雇用主)で仕事しましたけど、「お金欲しい、早い金欲しくて」オレオレに走りました。

リポーター:その後のことを考えずにやってしまった?

A氏:働き出したら、アタマ真っ白。いまの生活を何とかしたいとしか考えなかったです。友達にイイ顔したいというチンケなプライドもあったかもしれません。

リポーター:逮捕されるとか考えなかった?

A氏:逮捕された後も、「どうにかなるだろう」くらいの考えでした。

リポーター:刑務所に入って変わった?

A氏:最初、逮捕された時は反省しましたが、刑務所って、長く生活していたら、その生活が当たり前になるんです。「いま、どうやって楽しようか」「どうやってお金稼ごうか」ってことばっか考えるようになって、段々と被害者の名前なんかも忘れてしまう。

リポーター:反省しきれない理由は。

A氏:刑務所って悪い人の集まり。その人たちから、いい話(稼げるネタ)流れてくるんです。(一緒に生活していると)「こいつのためなら、一緒に犯罪やって、一緒に捕まってもいいかな」などと思うようになります。

なかなか更生できない負の思考回路

リポーター:刑務所から出た時、どう思った?

A氏:最初は、保護会(更生保護寮)に入った時、そこちゃんとすれば、仮釈も切れるし(満期になる)、また悪い事できるとか、考えていました。

リポーター:どんな悪い事考えた?

A氏:薬物関係ですね。これから先、カネになるなって。ずっと考えて、腹計算していました。自分は、刑務所の中では真面目にしようと考えていましたが、ナカ(刑務所内)で仲間ができて、シノギの話になるんです。周りとの関係良くするには、真面目なこと言ってられません。

 とにかく、ここ出たら、いろんな人が面倒見てくれて、カネが入ってきて自由になれると思っていた。でも、実際に出たら、そうした希望は打ち砕かれました。周りが自分を理解してくれない。世間はメチャクチャ冷たいです。だから、ここの社長にも、「(刑務所に)戻った方が楽かもしれない」って話したんです。

 なぜかって、(刑務所の)ナカは、みんな一緒の飯食って、一緒に笑って楽しくやってた。でも、シャバに出たら、周りに誰もいない。何かしても冷たい目で見られるし、知人も、自分が刑務所に入ったら離れていった。

 世間の人は相手にしてくれない。「犯罪者やんか」って目線が常にある。これは、自分が思っていた社会とは違う。うまく生きていけないんじゃないかって、不安に駆られました。だから、ナカの生活がよほど楽に思えたんです。

一番欲しいのは「人とのつながり」

 でも、ある種の人は寄ってきます。自分を利用したい人たちですね。分かっているけど、一番欲しいのは、人とのつながり――温かみなんです。だから、利用されても、自分のこと分かってくれる、理解してくれるから、付き合ってしまう。

 最近まで、友達が一番だと考えていました。それは、温かみを求めていたからです。ムショ帰りの自分を相手してくれるのは、悪い人間。真面目な友人は、離れていく。だから、ナカで一緒だった人に会いに行きたいと思う。確かに、ナカはシンドイけど、同じ釜の飯食って、同じ部屋で寝る。一緒に盛り上がり、喜怒哀楽も共有できるんです。

リポーター:でも、今は悪い仲間と一緒じゃなく、踏みとどまっていますよね。

A氏:出所して1カ月くらい経ったころ、(現在の勤務先の)社長と出会った。踏みとどまれている理由は、社長が自分の思いを理解してくれたことが大きいです。周りにそういう人、あまり居なかった。社長も過去に世間の冷たさを感じた経験があります。だから、社長の言葉は胸に刺さります。

 この社長についていけば、自分もこの社会で生きていける気がしました。相談もめっちゃします。でも、この会社、一度辞めたんです。

社長の助言に「カチン」と

リポーター:なぜ、辞めたの?

A氏:ある時、社長から「現在の交友関係を、一度清算して、誰が本当の友達かよく考えてみろ」って言われました。これでカチンときたんですよ。何で社長に俺の友達関係のことまで言われんといかんのやって思って。

 だから、「俺、明日から来ません」って言って辞めました。そして、放浪して、先輩の働いている会社に入ったんです。そうしたら、直ぐに社長の言ってたことが分かった。

 自分の思い違いがわかりました。本当に仲間、友達と思っていた人を頼ったけど、裏切られちゃった。結果的に、全部無くなりました。

 外と揉めたらケツ持っちゃるとか言いながら、実際は助けてくれない。金は無心される。自分は友達と思っていたけど、相手は友人とは思っていなかったんです。利用されているだけだった。

 この会社辞めて、友人の働いている会社で働きました。そこで、自分が友達と思っていた人から、ガチャガチャにされた――飲み会の席で、バチバチいかれた(殴られた)。その会社に入ってすぐに手のひら返されて、殴られたり、暴言吐かれたりの日々でした。

 最初は社長の言ったこと――交友関係を一度清算してみて、よく考えろということが分からなかったけど、転職して、ものの3日くらいで、身をもって分かりました。こういうことかと。社長は、経験しているから、そんなアドバイスくれたんやって理解できました。だから、あの社長の会社で、もう一遍頑張らせてもらえないかなって思ったんです。

再び受け入れてくれた社長

 で、先生(保護司)に電話して、社長に謝ってもらいました。そしたら、直ぐに社長から電話きて「今、どこに居るんか。食事はしたか」と心配してくれた。名古屋の知り合いの家に居ますと言うと、「交通費送るから、直ぐに帰って来い」と言われ、胸が熱くなりました。

リポーター:ちゃんとした仕事で、お金を稼ぐのはどんな感じですか。

A氏:仕事していない自分がヤバいと思いました。仕事していないから、楽なはずですけど、本当は楽じゃない。だんだんと、自分が追いつめられる気がします。

 働き出して、今月で2カ月くらいになります。何か、充実感がありますね。昔(反グレ時代)は、シノギして飲み行って朝帰りとか、そんな生活が楽しかったけど、現在は、仕事をしていると充実しています。逆に、休みの日はどうしていいかわからない。とにかく、仕事はキツいけど、充実感がありますね。

自分で汗かいて稼いだ金だから大事にする

 お金に関しては、同じお金を稼ぐにしても、確かにオレオレの方が多く稼げます。でも、楽して稼いだ金って大事にしない。自分で汗かいて稼いだ金は大事にする。たとえば、昔は、歩くのダルいから、直ぐにタクシー乗ってたけど、いまは、少しくらいなら歩きます。

 悪い事していたら、それが当たり前になる。「楽してこんだけ儲かった」って考えるけど、そもそも自分の金じゃないですよね。それは人の金。仕事していたら、こんだけ頑張って、こんだけ貰えた。だから、自分の金に思える。すると、節約するようになりました。

 最近、実感していますけど、楽な仕事ってないですね。何かしらキツいことあると思う。でも、仕事していることが大事です。仕事を通していろんな人との付き合いもできました。真面目に仕事していると、いい方向に向いてくる気がします。自分を理解してくれる社長や仲間のもとで働きたいですね――。

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 以上、更生まで紆余曲折するA氏の姿をご紹介した。読者の皆さんは、自業自得だと断罪する方もおられると思う。しかし、この青年は、実家が本人の身柄引き受けを拒否している。実父と義母の家庭であるが、家庭にすら居場所がなかったA氏が、良くも悪くも「友達」を求め、そこに仮染めの居場所を求めざるを得なかった背景には、筆者は同情を禁じ得ない。

 次回は、A氏の更生を見守り、「キレられて」辞めたにも関わらず、友人に裏切られ、不案内な土地で窮地に陥った若者に救いの手を差し伸べ、彼に仕事と社会的居場所を与えた雇用主さんの本音をリポートする。

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