田代良徳は元お相撲さんである。

 玉ノ井部屋に所属し、しこ名は東桜山。幕下7枚目まで番付を上げたが、関取にはなれなかった。元大関・栃東(現玉ノ井親方)の付け人を長く務め、制限時間いっぱいで栃東が花道の奥を見遣ると、そこにはいつも田代の姿があった。

 2007年の秋場所で引退。現在は…、現在は…何て言えばいい?(全2回の1回目/#2を読む)

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怪しくて、胡散臭い…かもしれない経歴

「それが問題なんですよねえ」

 188cm、現役時代よりもなぜか15kg増えて180kg。1人で座っても2人がけソファが小さく見えてしまうほどの巨体をかがめ、田代は難しい顔をしてうなった。

「初めて会う人に『何をやってる方ですか?』と聞いた時に、こいつ怪しいな、胡散臭いなっていう奴いるじゃないですか。自分がそれになってるんじゃないかなって心配ですね」

 インドでCMや映画に出演し、世界的モデルファッション誌のグラビアを飾り、世界No.1テニスプレーヤーのぶつかり稽古の相手を務め、ウェブサイト制作会社の代表でもあったりする。

 確かに怪しくて、胡散臭い

「だから最近はわかりやすいことを言おうと思ってます。直近だと『ハリボーのコマーシャル見たことありますか?ああいうのやってます』って」

「ああいうの」の種類が多岐に渡りすぎているのだが、一介の幕下力士だった男がどうしてインドで映画に出演する(しかも作品に欠かせないメインキャストとして)までに至ったのか。

 まずは足立区スーパーからその話は始まる。

ある日届いた「力士役でCMに…」のオファー

 現役を引退した後、田代は足立区ケーブルテレビの番組制作に短期間関わってから部屋の後援会関係者の経営するスーパーで働き始めた。

「お前は体がデカいから事務所で金の管理をしろ」と最初に任されたのは金庫番だった。ただの用心棒ではない。銀行とのやり取りなどを実際に体験し、世の中の金の流れや会社経営の実務を学んでいける最高のポジションだった。次第に売り場にもあれこれとアドバイスを出しているうちに、田代は店長へと抜擢された。店長としても、鮮魚コーナーおっちゃんとの赤身中トロ大トロ論争、万引き主婦との廃棄レシートを巡る攻防などさまざまな出来事があったのだが、それはひとまず置いておく。

 ある日、知り合いから「力士役でCMに出てくれないか」と仕事の依頼が届いた。現役の力士を起用しようと思うと本場所の開催時期は難しく、演出上もいろいろな制約が出てくる。田代は下手な力士よりも力士らしい体型を維持していたからうってつけの人材だった。

「中国からの観光客の前で相撲を取ってもらいたい」

スーパーの仕事は火曜と水曜が休みだったので、そこなら行けますと言って引き受けたんです」

 断続的にCMなどの仕事をこなしていると、また毛色の違うオーダーが入ってきた。それは札幌のホテルの宴会場で中国からの観光客の前で相撲を取ってもらいたいというものだった。

「元力士で髷もついてないのに汚い裸を出してウケるわけないだろうって思いました。僕は幕下だったから、せめて十両以上の人を連れていかないと華がないと思って、元十両の先輩に『一緒に行ってくれないですか』と声をかけたんです。すすきのでタダ酒飲んで帰ってくるか、ぐらいのノリでした」

 その気恥ずかしさや気遣いは力士ならではの相撲に対する誠実さだろう。

 ただ、当日を迎えてもやはり気が乗らない。とりあえずアルコールの力を借りて恥ずかしさを振り切り、舞台の袖から飛び出した。バーンと立ち合いで当たって投げを打ち、何がいいのかもわからないまま相撲を取ってみた。

 観客の反応は田代の予想を完全に裏切るものだった。

人気のあまり、1時間ステージから降りれず…

マグロ解体ショーや忍者ショー、芸者ショーをやって、最後がお相撲さんだったらしいんです。そこまでは『へぇ〜』みたいな感じで、お客さんのノリも悪かったみたいだけど、僕らがまわし姿で出て行った瞬間、会場が総立ちになった。30分の出番の予定が、大人気すぎて写真を撮ったりして1時間ステージから降りられませんでした」

 控室に戻って先輩と顔を見合わせた。

すごいね、こんなに喜んでくれるの!?」

 それまで相撲ショーといえば、ただ太った人同士がもちゃもちゃ絡み合うだけの代物だった。衝突時の衝撃が数100kgにもなるという本物の立ち合いを素人が再現できるはずもない。四つ相撲の技術も見様見真似では人様に見せられるものにはならない。

 かといって外国人観光客が本場所を見にいこうとすれば、開催時期が限られる上にチケットも手に入れにくい。日本文化の象徴的存在としての「相撲」、自分たちが毎日当たり前のようにその一部を担っていた「相撲」。それにこれほどの価値と需要があることに気づき、田代は驚いたのだった。

 そして相撲を取る日々が再び戻ってきた。インバウンドの伸びとともに「相撲」の需要はどんどん高まっていった。

人気爆発…売れっ子芸人顔負けのスケジュール

 忙しい時には朝の6時にスーパーに出勤し、仕入れなどをして18時過ぎに退勤。そのまま都内の宴会場に出向いて相撲ショー20時半から午前0時まで浅草のちゃんこ店を手伝って家に帰るという、1日3役をこなした。そのあと付き合いで飲みに行けば帰宅はさらに遅くなった。「さすがにスーパーの店長をやりながらじゃ無理だ」と、そっちはそっちで楽しかった店長業に踏ん切りをつけた。

 どんどんお呼びがかかり、田代らが設立した『お相撲さんドットコム』に所属する元力士の人数も少しずつ増えていったが、それでも手が回らないぐらいだった。2019年のピーク時にはまわしを締めたまま浴衣を羽織った姿で都内を駆け回り、分刻みでニューオータニやヒルトンの宴会場をハシゴした。スケジュールのタイトさは売れっ子芸人顔負けだった。

 次第にインバウンドの言葉では片付けられない仕事も舞い込んでくるようになる。2019年の秋、田代はベトナムハノイで日本をテーマにしたマンションの販売PRイベントに呼ばれていた。

ベトナム随一の財閥グループのマンションで、敷地内には日本庭園があって、そこで3000、4000人を集めてライブをやってマンションを売る。そこに土俵も作って相撲を取るんです。だから毎週末ハノイまで通っていました」

 その出張中に日本から電話がかかってきた。

月曜日に成田に着いたら、とにかく早く両国まで来い! ちょっと大変なゲストが来るから」

来日していた“超大物ゲスト”の正体

 ベトナムから戻り、慌てて駆けつけると、待っていたのは男子テニス世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチだった。東京開催の大会に出場中だったが、短い空き時間を使ってわざわざ相撲を体験しにきたのだった。田代も世界的アスリートとの対面を喜んだかといえば、案外そうではなかったらしい。

「とにかく怪我させちゃいけないと思って気が気じゃなかったですね。怪我させたら何億円の賠償問題になるんだろうって。だから相撲取ってるフリはしてるんだけど、とりあえず押されて下がるだけ(笑)

 その時の様子はジョコビッチSNSツアーの公式サイトによって世界中に広まった。

 世界のセレブリティとの出会いは大抵がそんな風に唐突だった。スーパーモデルカーリークロスとはVOGUEグラビア撮影で共演し、ハリウッド界隈では『カーズ』などの監督を務めたジョン・ラセターやジェフゴールドブラム、ケイトハドソンとも交流が生まれた。仕事が終わってみて「あの外国人、そんな有名人だったんだ」と気づくことも多かった。

「相撲というか、力士というか、我々が思う以上に海外においては価値があって、きっと人気があるものなんですよね」

突然の下着CMオファー。その現場は…インド

 やがて田代のフィールドは13億人の巨大マーケットをもつインドへと広がっていった。例のごとくオファーは突然だった。事務所に下着CMへの出演依頼が届き、「インドの有名人とやるらしいよ」「とりあえずやってみるか」の軽い流れで単身インドに向かうことになった。

 通訳はなし。セリフは3つだけ。インド式の眉毛や目を大きく動かす演技指導は現場で授かり、「本当にすぐ撮ってすぐ帰ってきた」。自分のしたことの手応えも何もないまま日本に戻った田代は、近所にあるインド料理屋でランチを食べながら店員に聞いてみた。

「サルマン・カーンって知ってる?」

 鼻で笑われた。

 知ってるに決まってるだろう。何言ってんだ、お前は、というような。田代はCM撮影の現場で共演者と撮った2ショット写真を見せてみた。うわっ! 大きな声を挙げ、店員の顔色が変わった。どうしたどうした? 厨房や事務所から店中のスタッフが集まってくる。田代の携帯の画面をみた瞬間、誰もが目を丸くした。CMで共演したサルマン・カーンはボリウッドの生きる伝説とも呼べるような人物だったのだ。

「こいつ、すごいの?」

すごいよ! スーパースターだよ! だから、お前もスーパースターだ!」

ついにやってきた映画出演という大仕事

 インド三段論法によって祭り上げられた田代は、店中のスタッフセルフィーを撮って帰るハメになった。

「そこで初めてサルマン・カーンすごいやつだったんだなと分かって、調べていったら本当にすごい人だった(笑)

 テレビCMだけでなくデリーの街中にはサルマン・カーンと田代のラッピングバスが走った。そして今度は映画出演のチャンスが巡ってきた。タイトルは「SUMO」。インドに漂着した記憶喪失の大男が実は力士で、彼が日本に戻り(なぜかヤクザとも戦いながら)再び土俵に戻るまでを描く物語だ。つまり、田代はちょい役どころかメインキャストで、ポスターにもデカデカと描かれた。

共演相手は「インド松本人志

 今回の共演者のシヴァもインドの人気コメディアンで、スタッフからは「インド松本人志」と説明されたという。確かにシヴァが東京を歩けばインド人からは握手や写真を求められ、現地での撮影もたくさんの野次馬が詰めかけた。

 富山などでの撮影を経てすでに作品は完成しているが、新型コロナウイルスの影響もあってまだ公開の見込みが立っていない。それでもポスターやティーザーは公開され、田代のSNSではインドからのフォロワーがじわじわ増えつつある現状だ。3月には政府観光局JNTOのインド向け日本キャラクターにも就任。足立区スーパー店長だった男は、今やインドで名を上げつつある。

 人口世界2位のインドの次はどこへ? と考えたら1位に行くしかない。インド映画に続いて田代が出演を果たしたのは中国映画だった。

 探偵コンビが世界各地で難事件を解決する人気シリーズ『唐人街探案』。シリーズ第3作の舞台は日本で、妻夫木聡長澤まさみ三浦友和、鈴木保奈美、浅野忠信染谷将太といった日本の人気俳優たちも出演している。中国では今年2月に公開されると興行収入はすでに750億円を突破。『鬼滅の刃』の興行収入が日本で約400億円であることを考えると、同作品のスケールが窺い知れる。

 田代は錚々たる顔ぶれとともにキャストに名を連ね、探偵コンビの前に立ちはだかる強敵の力士としてアクションシーンを演じた。こちらもいくつかあるポスタービジュアルの1つにデカデカと登場している(後ろ姿ではあるが)。そのうち日本の映画館でもその役者っぷりを目にする機会が訪れるかもしれない。

頼まれた仕事はどんなものでも。…でも、譲れない一線も!

 一見、頼まれた仕事はどんなものでも…と見えなくもないが、田代たちには譲れない一線がある。以前、日本のある有名ドラマから出演の依頼があったが、それは断った。登場人物が殺人鬼の力士という設定だったからだ。

「もしそのドラマに出たらネームバリューとしては素晴らしかったと思います。でも、僕らがお相撲さんのイメージを傷つけたり、貶めるようなことはやっちゃいけない。相撲に恩返しできるように、相撲のイメージを上げていこうというポリシーは持っています。『唐人街探案3』も“お相撲さんは強いもの”という彼らのリスペクトが見えたからこそ依頼を受けたんです」

 常に根っこには相撲への愛情がある。そして、その愛情の奥底には、田代が現役時代に果たせなかった相撲へのある思いも隠されているのだった。(#2へ続く)

写真撮影=文藝春秋/今井知佑

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