「ミシ…ミシ…」

静まり返った空間に、建物がきしむような怪音が響き渡る。

ここは、東京・霞が関にある東京地方裁判所。この建物には東京地裁以外にも、東京高等裁判所や東京簡易裁判所(刑事部)が入る巨大な合同庁舎である。

地上19階、地下3階建てで、150を超える法廷を持つ。1日の訪問者数が多いときで1万人を超える日本最大級の裁判所であり、「裁判沙汰」になるほどこじれた人々の怨念が吹き溜まる場所ともいえる。

そんな東京地裁で最近、「ラップ音」や「家鳴り」が聞こえるという噂がまことしやかに流れている。厳粛な法廷で起こる「怪奇現象」とは一体、どのようなものなのか。

その謎を解明すべく、われわれ弁護士ドットコムニュース編集部は霞が関の奥地へと旅立った——。(編集部・猪谷千香)

●弁護士ドットコムニュース編集部記者の体験

その日、編集部のY記者は、ある事件の裁判を傍聴していた。いつものように筆記用具を用意して、裁判官が開廷を告げるのを傍聴席で静かに待つ。

そのときだった。「ミシ…ミシ…」という聞きなれない音が、天井から聞こえてきたのだ。

「初めは地震が発生したのかと思ったのですが、まったく建物が揺れてなくて。別の法廷でも同じような音が聞こえたとき、事件が事件だったので、すごく不気味な感じがしました」

筆者もまた、Y記者同様、怪異を体験した一人だ。選択的夫婦別姓訴訟や同性婚訴訟など、国賠訴訟を中心に担当しているが、やはり法廷で「ミシミシ」という音を何度も聞いていた。

静粛な裁判所で、階上の人がここまで大きな音を立てて歩く可能性は少ない。不気味な怪音が響く間は、ひたすら息を潜めて止むのを待つしかなかった。

●「傍聴のプロ」阿曽山大噴火さんも聞いていた!

編集部内でもこの怪音を聞いたという声が増えてきた頃、ある弁護士のツイートを発見した。

「東京地裁の法廷でいつも天井からミシミシ音が聞こえるやつ、理由を聞かれたときには「敗訴した弁護士の霊がラップ音を立てている」とか適当に説明してるんだけど、本当は何なんだろう」( https://twitter.com/stdaux/status/1387265444894048256?s=20 )

新説である。やはり、裁判所には「敗訴した弁護士の霊」が多いのだろうか。これは有力な手がかりになりそうだ。

われわれは、さらなる手がかりを求めて、「法廷で見ない日はない」と編集部でも言われている「傍聴のプロ」阿曽山大噴火さんに話を聞いてみた。

「法廷内でミシッという音がするのは気付いてます」

やはり!阿曽山さんも体験していた。

「エレベーター工事をしてる日に限って多いのかなぁと勝手に結論着けてましたが。何か関係あるんですかね。かなり古い建物で現在もロビー改修中ですし、今は音がしやすい時期かも知れません。

振り返ってみると、2011年の東日本大震災の日に揺れと共に何か大きな柱がきしむようなギギギーッという音がして、余震の度に似た様な音がするようになった記憶です。その頃から家鳴りが増えてきたのではないかと」

大変、具体的かつ冷静な視点である。

たしかに東京地裁の建物は1983年完成で古い。頻繁にメンテナンスのための工事がおこなわれ、現在も阿曽山さんのご指摘通り、玄関ホールの天井改修工事が秋までの予定でおこなわれているが、何か関係しているのだろうか。

●建築の専門家はどうみる?

われわれが東京地裁の広報に確認してみたところ、「そういった音については把握していません。工事などに原因があるということも特に聞いておりません」という非常にさっぱりした回答を得た。

がっかりしていたところ、建築の専門家たちから耳寄りな情報を聞くことができた。建築構造の専門家である都内の男性は、音が鳴る現象について、こう説明する。

「住宅などの家鳴りは、温度や湿度の変化によって、木材や鉄骨が膨張収縮をしてなる場合や、新築した場合に建材が新しいため乾燥収縮する過程で音が鳴るとされています」

では、東京地裁のような巨大なビルは?

「ビルの場合でも、日差しのあたる内装材や、湿度変化の大きい仕上げ材などが同様の現象を起こす可能性がありますね。また、設備機器(空調やエレベーター)のオンオフ時の振動などで音が鳴ることも考えられると思います。

あってほしくはないですが、古い部材が壊れたりするときにも同様に音がなります。天井をつっているボルトが緩んではずれてしまったりとか……怖いですね。あるいは、交通振動や風などで建物が揺れる影響もあります」

また、オフィスビルなどの建築を手がける都内の女性もこう指摘する。

「空調スタート時に天井内が負圧になって天井材などがミシミシいうことはあります」

他にも、ネズミなどの小動物が音を立てている可能性もあるようだが、あまり想像したくない。なお、2人からは、「音が鳴るときの状況、場所、時間、季節など記録をとってみると原因が特定できるかもしれません」とのアドバイスがあった。

もし、東京地裁の法廷に出向く機会があったら、ぜひあなたも耳をすませてほしい。もしかしたら、その原因が突き止められるかもしれない。

東京地裁の怪異「天井から響くラップ音」、敗訴した弁護士の「霊」のしわざ?