(姫田 小夏:ジャーナリスト

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 日本以外のアジア諸国は、世界を巻き込む米中の覇権争いをどう受け止めているのだろうか。日本で長年東南アジア研究に携わってきたバングラデシュ出身の社会学者・倉沢宰氏が、アジアの視点で中国一極体制となるリスクや日本の存在感、近未来のアジアの秩序を展望した。

中国がリードするアジアの時代に

――米中の覇権争いがますます熾烈さを増していますが、近未来はどうなると予想されますか。

倉沢 私は「アジアの時代になる」と感じています。振り返れば米国の覇権が形成する「パクスアメリカーナ」の前には「パクスブリタニア」がありました。大英帝国に日没はないと言われましたが、第2次世界大戦で完全に米国に取って代わられ、冷戦後は米国のスタンダードによるグローバル化が進みました。今後米中両陣営がヘゲモニーを争う中で、中国が世界的パワーとして米国を追い抜くことが考えられます。

アジアの時代」の到来を予感する見解は20世紀末ごろから存在しましたが、「一体どうなるのか」という明確なことはわかりませんでした。当時日本は欧米社会でも大いに注目されており、先進国の日本と発展の真っただ中にある東南アジアや中国が、アジア価値観を形作りながら秩序を生み出していくのだろうというイメージおぼろげにありましたが、そもそも「アジア価値観」が何なのかが曖昧でした。

 それから20年が経ちました。人口大国の中国がGDPでも日本を追い越し、外交的にも発展、一帯一路、中国版ADBアジア開発銀行)のAIIBアジアインフラ投資銀行)、FOCAC(中国・アフリカ協力フォーラム)などの枠組みを打ち出し、世界の中心になりつつあります。あるとすれば“中国がリードするアジアの時代” になる可能性が高い。

――中国が覇権国家になった場合、アジアの国々はどのような問題を懸念するでしょうか。

倉沢 中国は果たして多様な世界と付き合うことができるのか、という点です。現在の中国の体制には、多様主義型が実践されていません。これを見る限り、どういったスタンスで世界の中心的役割を果たしていくのかが見えないのです。チベットウイグルなどの少数民族問題を見ると、独自の文化がつぶされてしまうのではないかと警戒感すら抱くような状況です。そんな中国に、多様な世界や価値観を受け入れることなどできるのでしょうか。

 インドは多様な民族、多様な言語、多様な宗教を民主主義がまとめています。人口が多い国家は民主主義ではまとまらないという考えもありますが、インドはかつてのパキスタンのような独裁ではなく、1947年の独立以降、議会制民主主義を続け、国民に議会での提言の場を与えてきました。議会が提供してきたのは、「庶民が自分の主張を述べることができる」という議論と不満のはけ口の場です。その「うっぷん晴らし」の機会が、一見混沌のなかにあるインドを1つにまとめていると言っても過言ではありません。インドではヒンディー語公用語ですが国語ではありません。ヒンディー語を母語とするのは人口の4割、それ以外にもベンガル語タミル語など地域によって使う言語が異なるように、民族のアイデンティティを尊重した政策を採っています。

欧米社会の行き過ぎた自由主義

――世界では民主主義や自由主義の限界を唱える学者も出てきました。

倉沢 私が問題意識を持っているのは「行き過ぎた自由」です。これは特にコロナ禍ではっきりしました。マスクをめぐっても、欧米社会では「俺はつけない」など勝手気ままな態度が浮き彫りになりました。こういう状況は「ノン・レスポンシブル(無責任)な自由主義」であり、自由主義の行き過ぎを感じます。

 例えば、フランスイスラム教預言者ムハンマドの風刺画をめぐって殺害テロが起こったことは記憶に新しいですが、このときマクロン仏大統領は「わが国には、信仰の自由とともに冒涜する自由がある」と主張しました。これに対し、バングラデシュパキスタンなどイスラム世界では「“あなたの自由”は“私の自由”を侵害するものであってはならない」「ムハンマドは私たちが尊敬する対象」だと反発しました。フランスではヒジャブを被ってはいけないといいますが、被りたいと思う人の自由を侵害していいのでしょうか。日本ではあまり関心を集めませんでしたが、これは「表現の自由」と「信仰の自由」という対立を浮かび上がらせた問題でした。一方、コロナ禍ではトランプ氏のマスクの着用を勧めない態度がむしろ問題となりましたが、バイデン政権がマスク着用を勧めようとしても「個人の自由だ」という主張が強く、「行き過ぎ」を制御することはできませんでした。

 中国包囲網は、自由や民主が大義名分に掲げられていますが、本質的に米国のヘゲモニーを維持できるかどうかのパワーゲームに過ぎず、必ずしも自分の国でこの価値観が守られているかというと、そうではありません。

 とはいえ、中国がアフリカ太平洋の小さい国々に圧力をかけ、それらの国々が警戒しているということは軽視できません。かつては米国もまた中南米に勝手に乗り込み、小国を圧力でもって自らが望む方向に向かわせるということをやってきました。バナナなど米国への輸出依存を高くさせ、これらの国々の政治を牛耳ったことが、政治学の用語としての「バナナ共和国」に証跡されています。この、米国の価値観を広め、従わない国には制裁を与える、というパターンを中国も繰り返すでしょう。

 とにかく、展望を持てるとしたら中国がオープンな社会になることでしょうが、今の段階ではほど遠いと言わざるを得ません。どこに行っても監視下にあり、行ってはいけない土地があるというのもおかしな話です。少なくともバングラデシュには「行ってはいけない土地」などありません。なぜ中国は規制でがんじがらめにするのか。それは中国に「常に何かが怖い」というメンタリティがあるからでしょう。私の大先輩の大学教授に中国出身者がいて「むしろ外敵をいつも恐れてきた」と繰り返していましたが、こうした「恐れ」が中国を「守り」にとどめ、規制を含む防御態勢を強めさせているのではないでしょうか。

米国に追従して機会を逃した日本

――「アジアの時代」になったとき、日本はどのような役割を果たせるでしょうか。

倉沢 アジアの時代を迎えたとき、中国が中心になるのは間違いないでしょうが、このとき日本はどういう存在感となるのかのイメージはまだ浮かんできません。日本は、かつてアジアの中でうねりを作ることができるチャンスがあったにもかかわらず、それを逃してしまった経緯があります。

 中国が今日のように巨大化していない30年ほど前は、日本は中国よりASEAN東南アジア諸国連合)とのつながりが強かった時代でした。ビジネスのボリュームも米国に次いでASEANが多く、ASEANも日本に強い期待感を持っていました。かつてマレーシアのマハティール元首相が「東アジアには独自のブロックが必要だ」という理由から、1990年に「東アジア経済グループ(EAEG)」という構想を提案したことがありました。日本が主導し、NAFTAやEUなどの地域ブロックに対するカウンターウェイトとして機能させるもので、当初日本は前向きな姿勢を示しました。ところが、米国はこれに「APECがあるのになぜ必要か」と苦言を呈したため、日本はこの枠組みに本腰を入れることはなかったのです。

 もしこの枠組みが当初思われたように実現していたら、日本はアジア太平洋地域のリーダーシップとまとめ役を担うなかで、今の中国の動きを牽制できたかもしれないし、アジアアイデンティティを共有し、日本はもう少しものが言える国になっていたかもしれません。結局ここでも、自由国家でありながらも身動きが取れず、米国に従う国に過ぎないことを露呈させてしまいました。

 もちろんASEANは今でも日本抜きにものごとを考えてはいませんが、これをきっかけにASEANの中での日本の立場が弱体化してしまったことは否めません。残念なのは、日本は生産の多様化における選択の1つとしてしかASEANを見てこなかったということです。

「アジアの価値観」は何か?

――今の日本や米国に欠けている視点は何でしょうか。

倉沢 米国のヘゲモニーは衰え、今世紀半ばごろには中国が台頭するだろうと見ています。その米国における問題は「中国を阻止するだけでは済まない」ということを自覚していないことにあります。ちなみに、日米豪印戦略対話(クアッド)は中国の台頭を阻止するために生まれた枠組みに過ぎません。

 一方でバングラデシュは中国に対して強い警戒心を抱いてはいません。そもそもバングラデシュには親日派が多かったのですが、ここ10年でだいぶ変わってしまいました。バングラデシュにおいても今は中国が最大の開発援助パートナーになっており、国民が受ける恩恵もあるのです。バングラデシュインド、西洋諸国、日本とバランスを保ちつつ中国との関係構築を考えています。

 阻止するだけではなく中国とどう共存するのか。ヘゲモニーの交代を前提に、私たちが思考し、模索しなければならないのは「アジア価値観」です。世界の秩序は、民主や自由などいくつかのはっきりした価値観によって維持されてきましたが、これに代わる価値は何なのでしょうか。太平洋アジアで共通する価値観とは何か、それは東南アジア南アジアでも共有できるものなのか。簡単なことではありませんが、私たちは中国も巻き込みつつ、アジア共通の価値観に思考を巡らせるときがきていると思います。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  米国の衰退を決め込む中国の見立ては誤り

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バングラデシュの首都ダッカ(撮影:姫田 小夏)