(塚田俊三:立命館アジア太平洋大学客員教授)

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 4月19日付の読売新聞オンラインに、<海底ケーブル敷設、日米豪が連携・・・急速に台頭する中国に対抗>との記事が掲載された。

(外部リンク)https://www.yomiuri.co.jp/economy/20210418-OYT1T50206/

 同記事によれば、情報通信のみならず安全保障面においても重要なインフラである海底ケーブルの分野で急速に存在感を増している中国に対抗するため、アメリカ、日本、オーストラリアの3カ国は相互に連携し、太平洋地域での新たな敷設事業に対して資金協力を強化することで本年3月に合意したとする。

 触れられたグローバルに張り巡らされた海底ケーブルをめぐる覇権争いについては、今後、中国の一帯一路構想の進展とともに、さらに激しくなっていくことが予想されるところ、本稿ではこの問題の意味合いについて、太平洋諸国地域を例として、論じて行きたい。

太平洋地域を主導してきた豪・NZ・米を揺るがす事態

 広大な太平洋に点在する十数個の島嶼国からなる太平洋諸国地域は、漁業資源に恵まれサンゴ礁に浮かぶ平和で美しい地域である。その太平洋地域が、今、米中間の覇権争いの波に巻き込まれている。

 太平洋地域は、戦後永らく、豪州、ニュージーランド(NZ)の支援・庇護の下で比較的安定的に推移してきた。しかし、近年、同地域への中国の進出は目覚ましく、それは、貿易面に留まらず、インフラ投資、さらには外交の分野にも及んでいる。このような急速な中国の進出に対しては、この地域における宗主国ともいえる豪州、ニュージーランド(NZ)、そして米国は警戒を強め、対抗策に乗り出している。

 この緊張関係を象徴するような事件が昨年東ミクロネシアで起きた。

東ミクロネシアの海底ケーブル敷設事業に名乗りを上げたファーウェイ関連会社

 発端は、世界銀行、アジア開発銀行(ADB)が融資する東ミクロネシア・海底ケーブルプロジェクトの調達案件に関し米国がセキュリティー上の警告を発し、「待った」をかけたことにある。このプロジェクトは、太平洋地域の海底に既設されている光ファイバー網を一部延伸し、東ミクロネシア地域もカバーしようとするものである。

 同地域に存するミクロネシア連邦、ナウル、キリバスの3カ国はインターネットサービスの安定提供を確保するため、上記の光ファイバー網に接続する海底ケーブルを3国共同で設置することとし、世銀、ADBにその支援を求めた。両行は2018年4月この要請を受け入れ、海底ケーブルの敷設に必要な7200万ドルの資金をグラント・ベース(無償資金)で供与することとした。

 この資金援助を受け、上記3カ国からなるコンソーシアムは、2020年半ば、海底ケーブルを設置するための国際競争入札を開始した。この公募には、仏国のアルカテル・サブマリン、日本のNEC、中国のファーウェイマリーンネットワークの3社が応じた。これら3つのプロポーザルを相互に比較するとファーウェイマリーンの入札価格が一番低く、通常であれば、最も低い価格を提示したファーウェイマリーンが落札者として選ばれるはずであった。

 ところが、ここで横槍が入る。このままでは、ファーウェイマリーンへの発注が確定すると見た米国は、昨年9月関係国にサイバーセキュリティー警告を発したのだ。

安全保障に関わる海底ケーブル敷設事業

 米国国務省がこのような異例ともいえる措置に出たのは、同プロジェクトが接続しようとしている光ファイバー幹線網は、国防上の要衝であるグアムグアムには米国の海軍基地、空軍基地、高高度迎撃ミサイルシステムがある)に繋がっており、その一角に枝線とはいえ中国企業が入り込むこととなれば機密情報漏洩の恐れがあるとみたからである。加えてそこに参入しようとする中国企業は、他でもない問題の“華為技術”の子会社であるファーウェイマリーンであった。

 だが、ここで米国がファーウェイマリーンの入札に関しストップをかけたからと言って、それでスンナリと事が収まるかどうかは別の話だ。

 というのも、この国際競争入札案件は、世銀及びADBの監督の下で透明かつ公正に行われているものであり、米国の横槍が入ったからといって、その入札結果を変えられるものではない。落札業者の選定は、基本的には、当の3カ国が行うが、その決定を行うにあたっては、世銀、ADBの事前のレヴューを要し、その承認(no objection)を取り付けなければその決定は最終化されない。

 その意味で、本件の取り扱いについては、当該3カ国のみならず、世銀、ADBもその判断を迫られることとなる。開発の分野で指導的役割を果たすことが期待される世銀、ADBが、落札者の選定過程への政治的介入を認めるような判断を下せば、その信用は失墜する。この意味で、本件の取り扱いは、発注国側にとってのみならず、世銀、ADBにとっても難しい対応を迫られるものであった。案の定、本件は、通常であれば、2~3カ月もすれば、決定が出されるはずのものであったが、最終決定が出されたのは、6カ月以上たった今年3月に入ってからであった。

 その決定は、入札に応じたすべての企業の応札を無効とするものであった。これは、特定企業を排除するものではないという意味では公平な取り扱いと言えるが、実質それはファーウェイマリーンを排除するものであり、また、将来本件が再入札に掛けられたとしても、それは、何らかの形で中国企業を排除するものになるであろうとみられていた。

ファーウェイ側の出方次第では大きな摩擦の元に

 いずれにせよ、本案件に対しては、上記のような判定が下され、世銀、ADBもこれを承認したのであるから、今回の決定はこれをもって最終化されたように見える。だが、果たして、本件、一件落着と言い切ることができるだろうか。

 筆者から見れば、そのように結論付けることは、やや早計にすぎるように思われる。なんとなれば、本件については、再審査請求の道がまだ残されているからである。ファーウェイマリーンにしてみれば、そのプロポーザルは、他の2社より2割も低く、高い技術力に裏打ちされたものであることから、もしも判定が公正かつ中立的に行われたのであれば、明らかファーウェイマリーンが選ばれたはずであった。にもかかわらず、本件の選定結果が上記のようになったのは、特定国の政治的介入によって歪められたからであり、同社としては、到底これを受け入れることができないとして、世銀、ADBに対し、再審査請求を提出することは十分に考えられる。特に、ファーウェイマリーンにとっては、今回の異議申し立ての機会を逃せば、次回再入札の機会はないからである。

 他方、世銀、ADBにとっては、もしもこのような異議申し立てが行われたとすれば、これへの反論は決して容易ではなく、難しい対応を迫られることになる。入札を無効とできるのは、すべての入札がその予定価格を上まっている場合か、入札内容に虚偽の申告があった場合等、極めて限られた場合にしか認められず、今回の事案はこのような場合に該当するとは言い難いからである。

 機構的には、世銀、ADBに対しこのような異議申し立てがなされた場合、世銀であれば査閲パネル(Inspection Panel)に、ADBであればコンプライアンスレビュー・パネルにかけられることになるが、これらの審査機関は、世銀、ADB内に設置されているとはいえ、独立した機関であり、世銀、ADBの立場を忖度してくれるようなところではない。

 そこでは、ファーウェイマリーンの言い分が通る可能性は十分にある。また、世銀、ADBの有力な出資者の一つである中国の理事が黙っているとは考え難い(もちろん、中国理事に対する事前の根回しが十分に行われていた場合は別であるが)。本件は、一件落着どころか、まだまだ尾を引く可能性がある。

情報通信分野での米中覇権争いの最前線となりつつある海底ケーブル敷設事業

 冒頭、本件の背景には海底ケーブルを巡る米中間の覇権争いがあると述べたが、それはどのような争いなのか、ここで少し詳しく見ていきたい。

 現在、世界の国際通信の99%は海底ケーブル、残りの1%は人工衛星経由によるものだ。その割合を見ると一目瞭然だが海底ケーブルの重要性が圧倒的に高い。そしてその海底ケーブル敷設では、米国のサブコム、日本のNECフランスアルカテル・サブマリンネットワークスで世界の9割のシェアを握っている。

 ところが近年、そこに急速に食い込んできたのが、中国・ファーウェイの関連会社であるファーウェイマリーンである。中国は、陸路と海路による一帯一路構想の一環として、サイバースペースにおいて中国を中心とした「デジタルシルクロード」を構築しようとしており、海底ケーブルはその戦略的インフラの一つである。ファーウェイマリーンはさながらその先兵と言えるだろう。2018年にはファーウェイマリーンは、アフリカと南米の二つの大陸を結ぶ6000キロもの海底ケーブルを(具体的には、カメルーンブラジルとの間で)敷設するとして世界を驚かせた。

 このような情報通信の分野での中国企業の躍進を見て、米国は大いに警戒感を強め、昨年8月、当時のポンペオ長官は中国企業に狙いを定めたクリーンネットワークなる構想をぶち上げた。これは、スマホアプリ、通信キャリア、海底ケーブルなど5分野において中国企業を徹底的に排除し、同盟国やその企業だけでネットワークを構築するという構想だ。東ミクロネシアの海底ケーブルプロジェクトに米国が「待った」をかけたのも、このスタンスに基づくものだ。ただ、ここで留意すべきは、クリーンネットワーク構想は、情報漏洩に敏感な先進国間では受け入れられるかもしれないが、そう言った問題よりも、如何にして安価に、且つ迅速に情報システムを導入できるかに関心のある途上国ではこのような構想が受け入れられる可能性は低い、といえよう。如何に米国が躍起になって、中国企業を世界の情報システムから排除しようとしても、その範囲は極めて限定的であると言わざるを得ない。

アジアにおける地域におけるインフラ融資体制への影響

 以上、情報システムの構築に当たっての先進国と途上国とのアプローチの違いに言及したが、この違いは、アジア地域における公的金融機関の選択に、特に、ADBAIIBとの競争関係に、微妙な影響を及ぼす可能性がある。

 アジアにおけるインフラ金融体制については、従来ADBが、高いシェアを占めてきたが、その運用は数十年に亘り日本・米国の主導の下に行われてきた。中国はこの長年続いた体制を良しとせず、これに楔を打つべく、自らの主導の下、新たな地域金融機関を設置することとし、アジア途上国と連携し、更に欧州諸国の支持も取り付けた上、2015年アジアインフラストラクチャー・投資銀行(AIIB)を北京に設置し、その初代総裁として金立群氏を選んだ。

 AIIBの設立当初は、専門家の確保が難しく、事業運営体制もまだ脆弱であったことから、世銀、ADBが開発したプロジェクトに相乗りする形で、言い換えれば、協調融資機関として、その融資活動を小規模に開始した。しかし、その後融資事業は、独自に開発したプロジェクトへの融資も含め、徐々に増大し、今では、その融資額は、ADBのほぼ3分の1程度にまで拡大し 、事案によってはADBと競合するまでに至った。

ADBの年間融資金額はコミットメントベース300億ドル前後で推移するが、AIIBのそれは2020年度において100億ドルに達した。

 運営開始後4年を経過し、第二期(2020-2023)に入った今、AIIBは更なる事業の拡大を目指しており、昨年12月に10年後を見据えた Corporate Strategy (企業戦略)を策定した。そこでは、デジタルテクノロジーを戦略的優先分野として位置づけるとともに、民間企業への貸し付けをその融資額全体の3分の1まで持っていくとした。

 ここで指摘したいのは、先に述べた東ミクロネシア海底ケーブルプロジェクトの取り扱いの余波が、まわりまわって、AIIBの将来戦略の実現に寄与する可能性があるということである。

 というのは、アジアの途上国は、いずれも、インターネットサービスを強化したいと考えているが、これをできるだけ効率的に、低いコストで実現するためには、どうしても国内サービス網に既に深く浸透している中国のシステムを活用せざるを得ない。そのための資金が必要となれば、従来であれば、ADBから資金を借りることが多かったが、今回の米国のアクションを見ていた途上国は、ADBから融資を受けることに躊躇する可能性があると言うことである。なんとなれば、ADBから資金を借りた場合、その望む中国企業が一番札を取ったとしても、米国から待ったをかけられ、よりコストの高い企業に発注せざるを得なく可能性があるからである。

 先に述べた東ミクロネシアケーブルプロジェクトに米国が突然の介入をなし得たのは、米国がADBの最大の出資国であったからこそであるが、これがもしもAIIBであれば米国はこのような介入をなしえなかったはずだ。米国は、AIIBメンバー国ではないし、またそのメンバーである豪州やNZが中国企業の選定に反対したとしても、圧倒的議決権を有する中国はそれを押し切ることができるからである。

羊の仮面を脱ぎ始めるAIIB

 このように見てくるならば、アジアにおける融資の勢力図は、情報システムの分野においては大きく変わる可能性があり、ADBからAIIBへのシフトが加速化する恐れがある。もちろん、このADBからAIIBへのシフトは情報通信の分野においてのみであって、すべての分野においてではないということである。ADBは今後も地域で最も信頼のおける援助機関として融資活動を続けていくであろうし、AIIBがこれに追いつくことは並大抵のことではない。

 ただ、このような情報システムの分野におけるADBからAIIBへのシフトは、中国が、その一帯一路を推進していく上で、戦略的に好ましい変化であるということである。中国の一帯一路構想は、ここ2、3年、その重点を、かつての鉄道、道路、港湾といったハードインフラから、デジタル技術、スマートシティといった、ソフトの面に移しつつあり、また、この分野の方が、途上国への浸透という意味では、より有効であることから、積極的に進めようとしている。

 その先兵となるのが、先に述べた華為技術であり、また、アリババであるが、これら二社は、民間企業であり、一帯一路がその主な担い手として想定している国営企業ではない。だが、AIIBもしも民間企業にも融資するとなれば、中国としてはこれら企業への支援をAIIBに委ねることができるようになる。もちろん中国の銀行も民間企業に融資することはできなくはないが、AIIBを通じて行った方が、国際社会からの批判をかわしながら比較的スムーズにことを進めることができる。

 従来であれば、AIIBは中国企業に偏った露骨な融資を進めることは控えてきたが、第二期(2020-2023)に入り、国際機関としての確固たる地位を確保した今となっては、国際社会からの批判をあまり気にすることなく、中国色の強い路線を打ち出すことができるようになるであろう。AIIBは、その設立当初の4年間(第一期、2016-2019)は、新たな国際機関として国際社会の認証を受けることに重点を置き、金総裁もその点に特段の注意を払いながら事業を運営してきたが、今回、第二期の総裁として金氏が再任されたことから、同総裁はより鮮明に中国寄りの政策を打ち出してくるものと考えられる。そうとなれば、AIIBは、中国の一帯一路推進においてより重要な役割を果たすことができる機関として映り、以前にもまして重宝されることになるであろう。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  資金力だけじゃない、途上国がインフラ整備で中国になびく理由

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フランステレコムの海底ケーブル敷設船(David Monniaux, CC BY-SA 3.0 , ウィキメディア・コモンズ経由で)