(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授

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 夕暮れ時の「二二八和平紀念公園」を訪れたことのある人はいるでしょうか? 一体どんな場所なのか、わかる人にはわかると思います。

 今回は、普段のメディアであまり語られない台湾のもう1つの顔についてお話しましょう。

 トランスジェンダーとして閣僚となり、IT政策やコロナ対策で手腕を発揮するオードリー・タンさんが、どうして台湾に出現したのか。それを考えるきっかけになるはずです。

ゲイの存在が日常の一コマに

 二二八和平紀念公園は、台湾台北市にある公園です。

 この公園は、夕暮れ時ともなると、男性カップルだらけになります。2人で1台のスマホを覗き込んで、ポケモンGOをしながら微笑み合っています。

 私の住む韓国ではゲイとかレズは暮らしにくいので、そんな公園はたぶんないはず。日本では新宿2丁目にありますが、地図で検索しても出てこないくらい小さく、ほとんど知られていません。

 それと比べるとこの公園は、台北駅から南に1キロほどのところにあり、日本統治時代に建てられた国立台湾博物館もあります。だだっ広くはありませんが、有名な観光名所の1つに数えられています。

 夕暮れ時の公園の入口付近にはゲイのカップルだけでなく、男女の恋人たちや親子連れもやってきます。ゲイの存在が日常の一コマになっている。それが、台湾のもう1つの顔というわけですね。

 そこから西に1キロ、西門を出たところにある繁華街の一角は同性愛者たちのメッカ。1階はオープンバーが軒を連ね、同性愛者に開かれていることを示すレインボーの大きな旗が掛けられています。でも、そこはゲイやレズだけでなく、若者たちや家族連れも夕べのひと時を楽しんでいます。

 2階はスタンドバーやショップが半々くらい。ショップでは、局部が強調されたカラフルでセクシーな男性用下着がずらり。ゲイ好みなのかと思いきや、男女のカップルも店内で品定めをしています。値段は500~800台湾ドルだから、1500~2400円くらい。中国産のナイロン製がほとんどでした。

政治家もLGBTイベントに「関心」

 台湾がこうなったのは、同性愛者たちの努力があったからです。

 同性愛者たちの大規模なイベントが開かれる国が世界で増えています。台湾では2003年から年に1回開かれています。イベントの名前は、「台灣同志遊行」。日本では、「台湾LGBTプライド」と呼ばれています。

 歴史の長さは日本や韓国のそうしたイベントと大差ないのですが、台湾では早くから政治家に注目されました。1990年代、当時台北市長だった民進党の陳水扁さんが「関心がある」ことを表明し、そのあと市長になった中国国民党馬英九さんもイベント会場を訪れ、それが台湾社会に大きなインパクトを与えたのだとか。

 でも、民進党中国国民党は対立する政党です。そのせいなのか、2000年から5年間総統をしていた陳水扁さんは、結局足を運んでくれませんでした。

 台灣同志遊行の運営スタッフの気持ちは複雑です。リーダーに話を聞いたところ、「政治家の方々のお越しは歓迎しますが・・・」と前置きしたうえで、こう答えてくれました。

「私たちのことを理解していると表明する政治家の多くは、結局は性的少数者から票を獲得できると思ってるんですよ。でもそうなると、私たちの活動が政治に束縛されるかもしれない。それは私たちが望むことではありません」

保健局内にある同性愛者支援団体の事務所

 それでも、台湾社会は、同性愛者に、かなり本気で向き合っています。

 台南市内の中心部から離れた静かな住宅地に、同性愛者を支援する団体の事務所があります。日本のとあるゲイの方がブログで書いているのを見つけて、訪ねてみました。

 そこは台南市役所の分署の2階にある保健局の一角。行ってみてまず驚いたのは、台南保健局傘下の団体だということ。カウンターにはゲイの男性が座っていて、笑顔で迎えてくれました。

 書棚には同性愛をテーマにした文学作品、学術書がずらりと並んでいます。カウンターの彼は、私のことをゲイだと思って気を利かせたのか、男性のヌード写真集を何冊か持ってきてくれました。台湾や日本だけでなく、中国や東南アジアのモデルが美しく撮られていました。受付の人には申し訳ないのですが、残念ながら私のテンションはまったく上がりませんでした。前出のブログを書かれた日本の方は、写真集を見てハイテンションになったそうですが。

 この事務所を出るときに、1冊のパンフレットとコンドームをいただきました。パンフレットには、同性愛者として愛の契りを結ぶときには必ずコンドームを使用する、といった作法や、性病の怖さに関する記事などが載っていました。

 最近は日本でも、同性愛者の人たちに社会で活躍してもらいましょうという声が聞かれます。でも、台湾の本気度は、今の日本では真似できないでしょう。保健所に支援団体の事務所を置くことはできても、完全露出のヌード写真集を置いたり、コンドームを配ることには、相当高いハードルがあるはずです。

問われる社会の包容力

 先ほど、台湾ではゲイの暮らしが日常の1コマになっていると話しました。それでもやはり、同性愛者とそうでない人たちが完全に馴染めているわけではありません。

 何が言いたいのかと言うと、これだけ同性愛者に開かれた台湾なのに、同性愛者は、場所によっては今なお、いたたまれなさや息苦しさを感じます。たとえばレインボーマークのカフェに行くと、同性カップルが数多く集まっています。つまり、街中にある一般的なカフェよりも、同性愛者のためのカフェの方が彼らには気楽なのです。それに、同性愛者とはあまりお近づきになりたくないという台湾人も少なくありません。

「多様性を認める」というのは、美しく、わかりやすい言葉です。でも、それによって見るべきものを見えなくしてしまうことだって、あるはずです。同性婚を認めるなど社会制度を整えれば良いというものではありません。“同性愛者にしかわからないこと”や“同性愛者の気持ち”を、社会がどこまでそのまま受け入れられるのか、そうした包容力が問われるのだと、台湾を見ていて思います。

 台湾LGBTプライドに実際に足を運んでみたところ、「同性愛者の権利を保障せよ」というデモ行進に見えました。そうした“政治的”なデモ行進が本当に良いやり方なのか、私にはわかりません。

 ただ思うのは、日本や韓国で、男女問わず私にカミングアウトしてくれた同性愛の友人や教え子たちの話を聞いていると、台湾とはまた別に、社会のなかで認めてもらうための方法はあるのではないかという気がします。それぞれのやり方を模索すべきなのでしょう。

 以前、台湾LGBTプライドの会場を歩いていたら、日本から来た“おなべ”さん(男性のように振る舞う女性の同性愛者)たちの話が聞こえてきました。

「なんかギスギスしてて、これは違うでしょって思うわ。おなべも、そうじゃない人も、みんな仲良く過ごしましょう、ってならなくちゃ、つまんないわよ」

 同性愛者の取材をしてきて、これが今までで一番刺さった言葉でした。

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(写真はイメージです/Pixabay)