※本コンテンツは、2021年3月16日に開催されたJBpress主催「第8回 DXフォーラム」の特別講演「DXによるマーケティング経営」の内容を採録したものです。

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イアンカンパニー株式会社
代表取締役
高岡 浩三氏

イノベーションは「認識されていない、解決を諦めている問題」の中から生まれる

 デジタルトランスフォーメーションをはじめ、ビジネストランスフォーメーションやコーポレートトランスフォーメーションなど、変革を意味する言葉が花盛りの時代になりました。

 なぜ今、私たちは変革しなければならないのでしょうか。
 日本のGDPは30年間成長していません。停滞の最も大きな要因は、先進国の中で最も急速に人口が減少し、最も高齢化が進んでいることだと考えられます。日本企業には、人口減少と高齢化により縮小するマーケットにおいて、持続的に売り上げと利益を向上させる「先進国型の利益ある成長モデル」が求められているのです。

 この世界有数の難しいマーケットで生き残るには、21世紀型の新たなマーケティングとイノベーションが不可欠と言えるでしょう。
 私は外資系飲料・食品メーカーであるネスレの日本法人で10年以上にわたり企業経営を担ってきました。海外進出や輸出で成長する選択肢がない環境で、私が考え、実践してきたマーケティングとイノベーションについてご紹介します。

 初めに、私が考えるマーケティングとイノベーションの言葉の意味について定義します。マーケティングとは、顧客の問題を解決することで付加価値をつくるプロセスと行動です。顧客の問題には2種類あります。「認識された問題」と「認識されていない、もしくは解決を諦めている問題」です。

 イノベーションは「認識されていない、もしくは解決を諦めている問題」から生まれます。つまり、市場調査で分かるような「認識された問題」の中には、イノベーションの種はないということになります。

 この前提を踏まえ、イノベーションについて少し具体的に考えてみます。例えば、人類には歴史的に「部屋の中が暑苦しい」という問題がありました。長い間、うちわや扇子のようなもので暑さをしのいでいたと考えられます。

 20世紀に入ると電気や石油が発明・発見され、扇風機が発明されました。もし扇風機の発明にあたり、市場調査を行っていたとしたら「扇風機(のようなもの)がほしい」という声があったでしょうか。おそらくないでしょう。

 また、扇風機の発明から数十年後には、エアコンが誕生しています。このときも消費者の声が反映されたわけではありません。暑さの原因は湿度にあると考えた科学者が発明したのです。イノベーションは「認識された問題」から生まれるわけではないということがよく分かる例です。

 扇風機やエアコンに限らず、イノベーションの歴史を振り返っていくと、別の事実も見えてきます。イノベーションは、人類が石炭や電気、石油のような新しいエネルギーを手にした時期に特に集中しているということです。

 1980年代から普及し始めたデジタルや人工知能も新しいエネルギーと言えます。この新しいエネルギーを使い、イノベーションを起こして成長してきたのが、GAFAやBATHのような企業ということになります。20世紀のイノベーションが製品中心であったのに対して21世紀のイノベーションがビジネスモデル中心であるという違いも特筆すべき点です。

独自手法のNRPSで、市場調査で見つけられない問題を見つける

 デジタルや人工知能のような新しいエネルギーが普及し始めた段階の現代は、比較的イノベーションを起こしやすい時代であると言えます。「認識されていない、もしくは解決を諦めている問題」を発見できるかどうかにかかっている。しかし、その問題を発見するだけでも容易ではないというのが実態です。

 問題を発見して適切なソリューションに結び付けるにあたり、私はネスレに在籍していた当時、「New Reality Problem Solution(NRPS)method」という手法を考え、社員に共有していました。

 誰が顧客かが決まったら、まずは「新しい現実(NR)」を見ます。新しい現実からは必ず「新しい顧客の問題(P)」が生まれています。新しい問題をいち早く見つけ「問題のソリューション(S)」につなげていくことで、ビジネスチャンスが広がっていきます。

 具体例として、私がネスレに在籍していた当時のコーヒーのビジネスにNRPSを当てはめてみます。日本の人口は右肩下がりが続いています。しかし、その実態を細かく分析してみると、高齢者の1人または2人世帯の増加を主として世帯数は右肩上がりに増え続けていました。あるいは、共働きが増えて外食が増えているという実態もありました。

 ここでの新しい現実は「コーヒーの家庭での個人消費の増加」「共働きによるコーヒーの家庭外消費の増加」です。新しい問題は「家庭で1杯ずつコーヒーを入れる面倒さ」「職場でおいしいコーヒーを簡単に安価で飲むことができない」となります。そして、これらの問題に対するソリューションとして誕生したのが、シングルポーションコーヒーマシンシステムと事業主向けのコーヒーマシン無料レンタルプログラム「ネスカフェ・アンバサダー」です。

 ポイントは「家庭で1杯ずつコーヒーを入れる面倒さ」といった問題は、市場調査で得た情報から見つかったわけではないということです。当時、コーヒーは1人で飲むものではなく、3~4杯を一遍に入れるのが当たり前でした。つまり「家庭で1杯ずつコーヒーを入れる面倒さ」は「認識されていない問題」であったと言えます。

 問題点を見つけるには、新しい現実は必ず新しい問題を連れてくると考え、新しい現実を丁寧に分析していくことが重要になります。

 こうした新しい現実を分析していくマーケティングは、社内の間接部門にとっても重要です。例えば人事部門においては、デジタル化のような新しい現実を見れば、ホワイトカラーリモートワークが実現可能であることは何年も前に分かっていたはずです。ネスレでは、コロナ禍以前の6年前から既にホワイトカラーリモートワーク化を実践しています。

 ネスレの日本法人では、社内のあらゆる部門で新しい現実を見据え、マーケティングを行い、時にイノベーションを起こすことで、業績が大幅に改善しています。日本法人の成長率は、2001年~2010年の間、右肩下がりで平均が-3.2%だったのに対し、2011年~2019年では+2.6%となっています。ネスレのグローバルでの業績と比較しても、2011年~2019年の間の先進国での成長率の平均は+1.6%であり、日本法人の成長率はこれを大きく上回っています。

 間接部門に由来する成果も大きく、2010年と2019年の比較で、オフィスのスペースは1/3の縮小に成功しています。ホワイトカラーの残業時間は92%減少してほぼゼロに近い状態になりました。従業員1人当たりの営業利益率は102%の上昇と、生産性も劇的に向上しています。

Eプレイヤーとの競合は不可避、その前提でイノベーションの追求を

 デジタル化のような新しい現実に基づきリモートワーク化を進めるような取り組みは、数年前であればイノベーションと言えるものだったかもしれません。一方でコロナ禍に入って以降、リモートワークは当たり前になりました。誰でも分かっていることに取り組むのはイノベーションではありません。もちろん、認識された問題を解決していくリノベーションも大切です。変化の激しい現代においては、リノベーションとイノベーションの両方に取り組んでいかなければならないということかもしれません。

 新しいことに取り組む際、念頭に置くべきことを1つ付け加えておきます。それは、現代のプレイヤーは例外なくEプレイヤーとの競合が避けられないということです。製造・小売業の雄であるユニクロであっても、フリマアプリのメルカリと競合しています。コンビニで言えば、主力商品であった弁当がウーバーイーツと競合するようになりました。かつてのように、同業他社を意識すれば良い時代ではなくなっているという理解が必要です。

 新しい現実について今一度よく考えてみてください。新しい現実が自社にどのような新しい問題を連れてくるのか。そして、その問題を解決するにあたり、今活用すべきはデジタルや人工知能です。

 大きな売り上げや利益を上げるにはイノベーションが不可欠でしょう。ビジネスモデルを21世紀型に変革していくためにもイノベーションを追求していかなければならないでしょう。その過程でNRPSが少しでもお役に立てば幸いです。

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